もう、ここにはいられない
その後も、コルネリア先生の厳しい指導は続いた。
「エリシア様、もう一度です」
「……はい」
何度失敗しても、できるまで繰り返さなければならない。
時には、手を上げられることもあった。
「痛い……」
思わずそう呟いても、
「これくらいで弱音を吐いてはいけません。お父様から、厳しく指導するように言われているのですから」
そう言われるだけだった。
先生が来る時間が、だんだん苦痛になっていった。
**********
もともと食の細かった私は、この頃になると、ますます食事の量が減っていた。
特に嫌だったのは、食堂での食事だった。
食堂へ行けば、お父様とお義母様、それにカイル兄さんがいる。
三人は楽しそうに話をしながら食事をしている。
けれど、私はいつも一人だった。
「……」
会話に入ることもできず、黙々と料理を口に運ぶ。
お母様がいた頃は、食事の時間が大好きだった。
「エリシア、今日は学校で何をしたの?」
「今日はね、お母様――」
お母様に今日あったことを話すのが楽しみだった。
お父様も、お母様の話を聞きながら笑っていた。
あの頃は――。
家族で食卓を囲むことが、とても幸せだった。
「……お母様」
思わず、心の中で呟く。
もう一度、あの頃に戻れたらいいのに。
そんなことを考えながら、私は目の前の料理を少しずつ食べていた。
すると、お父様の声が飛んできた。
「エリシア。残さず食べなさい」
「……お父様、もう食べられません」
「何を言っているんだ。まだ残っているだろう」
「でも……本当に、もう食べられません」
「全部食べるまで、席を立つことは許さない」
私は仕方なく、無理やり料理を口に運んだ。
けれど、身体はもう限界だった。
「……うっ」
次の瞬間、私は食べたものをすべて吐いてしまった。
「お嬢様!」
ミリアが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい……」
ミリアはすぐに私の背中をさすりながら、汚れた場所を片付け始めた。
けれど、お父様は険しい顔をしていた。
「エリシア! 食事の席でなんということをするんだ!」
「……ごめんなさい」
「みっともない。まだマナーが身についていないようだな」
「あなた……」
ソフィアが心配そうに口を挟んだ。
「エリシアちゃんは、わざとしたわけではないと思います。顔色もよくないようですし、今日はもう休ませてあげたほうが――」
「いや、甘やかすわけにはいかない」
お父様は首を横に振った。
「このままでは、いつまで経っても淑女として恥ずかしくない振る舞いができるようにならない」
「でも、父上……」
今度はカイルが口を開いた。
「エリシアは本当に苦しそうだよ。今日はもう食べられないんじゃないかな」
「カイル、お前まで口を出すのか?」
「だって……」
カイルは困ったように私を見る。
「無理に食べさせたら、また具合が悪くなるかもしれないよ」
「……」
私は黙って二人の会話を聞いていた。
お義母様もカイル兄さまも、私を責めているわけではない。
むしろ、私のことを心配してくれている。
それなのに――。
私は、二人に心を開くことができなかった。
「……お父様」
私は小さな声で言った。
「明日から……私、自分の部屋で食事をしてもいいですか?」
「何?」
「食堂で食事をすると……苦しくて……」
「だめだ」
お父様の声が、すぐに返ってきた。
「家族で食事をするのは当たり前だ。お前だけ別の場所で食べるなど、わがままを言うな!」
「でも……」
「もういい!」
お父様の顔が、みるみる赤くなる。
「お前は何でも自分の思い通りにしようとする!」
「違います……私は……」
「あなた、もうやめてください」
ソフィアが静かに言った。
「エリシアちゃんは、今とてもつらそうです」
「ソフィア……」
「少し落ち着いて話しましょう」
けれど、お父様の怒りは収まらなかった。
「エリシアのために言っているんだ! いつまでもこんな調子では、この先困るのはこの子なんだぞ!」
「……」
私は俯いた。
私のため。
お父様は、いつもそう言う。
でも――。
私の気持ちは、誰も分かってくれない。
「……もう、食べられません」
「エリシア!」
「ごめんなさい……」
私は涙をこらえながら立ち上がった。
「私、部屋に戻ります」
「待ちなさい!」
お父様が声を荒らげる。
私はびくっと身体を震わせた。
そして――。
パシンッ!
乾いた音が、食堂に響いた。
「……え?」
頬に熱い痛みが走った。
私は何が起きたのか分からず、お父様を見つめる。
「あなた!」
ソフィアが驚いた声を上げた。
「父上……!」
カイルも椅子から立ち上がった。
「何をしているんだよ!」
けれど私は、二人の声を聞く余裕もなかった。
お父様に――。
叩かれた。
その事実だけが、頭の中をぐるぐると回っていた。
私はその場から逃げるように、食堂を飛び出した。
「エリシアちゃん!」
「エリシア!」
背後からソフィアとカイルの声が聞こえた。
けれど私は振り返らなかった。
「お嬢様!」
後ろからミリアの声が聞こえた。
それでも私は止まれなかった。
**********
部屋に戻ると、私は扉を閉めた。
その場に座り込み、頬を押さえる。
「……痛い」
頬の痛みよりも、胸の奥のほうがずっと痛かった。
お母様が亡くなってから、私はずっと寂しかった。
お父様なら、私の気持ちを分かってくれると思っていた。
でも――。
もう、分かってもらえない。
お父様には、新しい家族がいる。
ソフィア。
カイル。
三人で楽しそうに笑っている。
そこに私はいない。
「……私なんて」
涙が頬を伝う。
「私なんて、この家に必要ないのかな……」
口にした言葉が、胸の奥に重く沈んでいく。
「お母様がいなくなったら……私は、一人なんだ」
私はベッドに顔を埋めた。
声を押し殺して泣きながら、何度もお母様の名前を呼んだ。
「お母様……」
返事は、どこからも返ってこなかった。




