食事の時間
「お嬢様、夕食のお時間ですよ」
侍女のミリアが、私の部屋へ呼びに来た。
「……はぁ」
思わず、大きなため息がこぼれる。
「お嬢様ったら、大きなため息ですね」
ミリアが心配そうに私を見る。
「皆様とお食事をするのは……気が重いですか?」
「ええ……正直に言うと、あそこで食事をすると、喉を通らないの」
「そうなんですね……」
ミリアは少し困ったような顔をした。
「新しいご家族になったばかりですから、きっとそのうち慣れますよ」
「……」
私は何も答えなかった。
慣れる。
本当に、そんな日が来るのだろうか。
お母様がいなくなった家で。
お父様と、新しいお母様と、カイルと一緒に食事をする。
私には、それがどうしても苦しかった。
「さあ、お嬢様。参りましょう」
「……うん」
私は重い足取りで食堂へ向かった。
**********
食堂の扉を開けると、すでに三人が席についていた。
「エリシア、遅いぞ!」
お父様が私を見るなり、厳しい声を上げた。
「ちゃんと時間を守りなさい!」
「……ごめんなさい」
私は小さく謝って、自分の席についた。
向かいでは、お父様とソフィア、それにカイルが楽しそうに話をしている。
「それでね、カイルったら――」
「父さん、それは違うよ」
「ははは、そうだったか?」
三人の笑い声が食堂に響く。
私は黙ったまま、目の前の料理を見つめた。
以前なら、お父様とお母様と三人で、今日あったことを話しながら食事をしていた。
「お母様、今日はね……」
「まあ、それは素敵ね」
そんな会話が、今でも鮮明に思い出される。
でも、今は――。
「……」
胸が苦しい。
食事を口に入れてみる。
けれど、ほんの少し食べただけで、喉が詰まるような感覚がした。
これ以上、食べられそうにない。
私はぼんやりと考え事をしていた。
お母様がいた頃のことを思い出していると――。
手から力が抜けた。
「カラン……」
持っていたスプーンが、床へ落ちた。
「エリシア!」
突然、お父様の怒鳴り声が響いた。
「お前は食事のマナーも守れないのか!」
「……ごめんなさい」
「まったく……淑女としての教育ができていないようだな」
「……」
私は俯いた。
怒らせてしまった。
でも、本当にわざとではなかった。
「ごめんなさい……私、気分が悪いので、お部屋に戻ります」
立ち上がろうとすると、お父様が言った。
「待ちなさい!」
「……」
「まだほとんど食べていないじゃないか!」
「……もう、喉を通らないのです」
「何を言っているんだ!」
お父様の声がさらに大きくなる。
「わがままを言わずに、全部食べなさい!」
「でも……」
「好き嫌いをしている場合ではないだろう!」
私は唇を噛んだ。
「……もう、食べられません」
「エリシア!」
「……ごめんなさい」
私はそれ以上何も言えず、食堂を出た。
「もういい! 勝手にしなさい!」
背中に、お父様の怒鳴り声が聞こえた。
**********
部屋に戻ると、私はベッドの端に腰を下ろした。
「……」
何もしたくなかった。
食堂でのことを思い出すと、胸が苦しくなる。
お父様は、どうして分かってくれないのだろう。
私はわがままを言っているわけではない。
食べたくないわけでもない。
ただ――。
お母様がいないことが悲しいだけなのに。
「……お母様」
私は膝を抱えた。
「私……どうしたらいいの?」
返事はない。
静まり返った部屋の中で、私は小さく泣いた。
そしてその日から――。
食事の時間が来るたびに、私の胸は重くなっていった。




