心安らぐ場所
「エリシアちゃん! 久しぶりね。よく来てくれたわ」
馬車から降りた私を、クラリッサ叔母様が優しい笑顔で迎えてくれた。
「叔母様……」
「まあ……」
叔母様は私の顔を見つめると、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「すっかり痩せてしまったわね。ちゃんと食べているの?」
「……はい」
私は小さく頷いた。
そのとき――。
「エリ!」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ると、エドワードがこちらへ走ってくる。
「エリ、久しぶりだ! 元気だったか?」
「……」
私は答えることができなかった。
久しぶりに会えたことが嬉しい。
それなのに、言葉がうまく出てこない。
そんな私の様子を見た叔母様が、そっと微笑んだ。
「エド、まずは落ち着いて。向こうでゆっくりお話ししましょう」
「うん」
私たちは庭にあるガゼボへ向かった。
そこは、以前お母様と一緒に来たこともある場所だった。
でも、ここにいると不思議と心が落ち着いた。
しばらくして、叔母様が優しく尋ねた。
「エリシアちゃん。新しい義母様と義兄様を迎えたと聞いたわ」
「……はい」
「義母様は、あなたに優しくしてくれているの?」
「はい……優しくしてくれます」
私は少し間を置いてから、小さな声で続けた。
「でも……私は、新しいお母様なんて欲しくなかったんです」
叔母様は何も言わず、私の言葉を聞いてくれた。
「私のお母様は……亡くなったお母様だけです」
「……そうね」
叔母様は静かに頷いた。
「私も、こんなに早くお父様が再婚するなんて思っていなかったわ」
「……」
「お母様が亡くなって、まだ半年でしょう? エリシアちゃんが心の整理をできないのは当然のことよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「……私、おかしくないんでしょうか?」
「ええ。少しもおかしくないわ」
叔母様は、優しく私の手を握ってくれた。
「大切な人を失った悲しみは、そんなに簡単に消えるものではないもの。無理に忘れる必要なんてないのよ」
「……叔母様」
「あなたがエレノアを大切に思う気持ちは、そのままでいいの」
私は俯いた。
目の奥が熱くなる。
「……ありがとうございます」
すると、隣で話を聞いていたエドワードが口を開いた。
「なあ、エリ」
「……なに?」
「もし家にいるのがつらいなら、僕の家にいればいい」
「えっ……?」
突然の言葉に、私は顔を上げた。
エドワードは真剣な顔をしていた。
「ねえ、母上!」
「ふふっ。そうね」
叔母様は少し困ったように笑った。
「エリシアちゃん。もしも家でつらいことが多いのなら、私の家にいてもいいのよ」
「でも……」
「遠慮しなくていいの」
叔母様は優しく続けた。
「あなたが苦しんでいる姿を見たら、きっとエレノアも悲しむと思うわ」
「……お母様が?」
「ええ。エレノアは、あなたが笑顔で幸せに暮らすことを何より願っていたもの」
その言葉を聞いて、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……叔母様、ありがとうございます」
涙を拭いながら、私は微笑んだ。
「そう言ってもらえると……心強いです」
「いつでも頼ってちょうだい」
「はい!」
久しぶりに、心から笑えた気がした。
**********
それから私たちは、たくさん話をした。
お母様のこと。
昔のこと。
エドワードが最近何をしているのか。
アリスがどんなことをしているのか。
くだらない話まで、何時間も話していた。
気がつけば、もう帰る時間になっていた。
「今日はありがとうございました、叔母様」
「またいつでもいらっしゃいね、エリシアちゃん」
「はい!」
「エリ、また遊びに来てくれよ!」
「ええ。約束するわ、エド」
私は手を振りながら、馬車へ乗り込んだ。
馬車がゆっくり走り出す。
窓から見えるヴィクトール侯爵家が、少しずつ遠ざかっていく。
私は今日一日を思い返した。
叔母様に優しく話を聞いてもらえた。
エドワードにも会えた。
「……今日は、おば様やエドに会えてよかった」
胸の奥にあった重苦しいものが、少しだけ軽くなっている。
「少し……気が晴れたわ」
私は窓の外を眺めながら、久しぶりに穏やかな笑顔を浮かべていた。
けれど――。
屋敷に戻れば、またあの場所で暮らさなければならない。
そのことを、まだ幼い私は深く考えてはいなかった。




