突然の新しい家族
アルファポリス様で20話完結しております。
「ふぅ……」
エリシアは窓辺の椅子に座り、小さくため息をついた。
今日も、一人。
母が亡くなってから、半年が過ぎていた。
最初の頃は、父もできるだけエリシアのそばにいてくれた。
けれど、時間が経つにつれて、父――アーヴィンは以前にも増して仕事に追われるようになった。
朝早く屋敷を出て、夜遅くに帰ってくる。
時には、屋敷に帰ってこない日さえあった。
以前は母と三人で食卓を囲んでいた。
庭で母と花を眺めることもあった。
そして、ヴィクトール侯爵家へ遊びに行けば、エドワードやアリスと一緒に笑うことができた。
けれど最近は、そこへ行くことも少なくなった。
「お嬢様……」
扉のそばに立っていた侍女のミリアが、心配そうに声をかける。
「はい?」
「いつもお部屋にこもってばかりでは、お身体によくありませんよ」
「……そうね」
「たまにはお出かけしてみませんか? お庭を散歩するだけでも――」
「いいえ」
エリシアは首を横に振った。
「どこにも出かけたくないの」
「お嬢様……」
「ここで静かにしているわ」
「……分かりました」
ミリアはそれ以上何も言えず、静かに頭を下げて部屋を出ていった。
扉が閉まる。
エリシアは再び窓の外を見る。
青い空。
風に揺れる木々。
母が生きていた頃と、何も変わらない景色。
なのに――。
自分の周りだけが、すっかり変わってしまったように感じた。
「お母様……」
小さく呟く。
返事をしてくれる人は、もういない。
***
使用人たちの部屋へ戻ったミリアは、仲間たちに囲まれた。
「お嬢様のご様子はどうだった?」
「……」
ミリアは静かに首を横に振った。
「やっぱり、まだおつらいのね」
「ええ。以前よりずっと、お部屋にこもられるようになったわ」
一人の使用人が悲しそうに呟く。
「奥様が亡くなってから、このお屋敷も変わったわよね」
「そうね……」
「旦那様も、エリシア様に前ほど構わなくなってしまって……」
「お嬢様、お寂しそうだわ」
「旦那様があんなに忙しくしているのは、奥様のことを忘れるためなのかしら?」
「そうかもしれないわね」
ミリアも小さく頷いた。
「それにしても……」
別の使用人が声を潜める。
「もっとお嬢様に気を遣うべきだと思うわ」
「そうよね」
「まだ六歳なのよ。お母様を亡くしたばかりなのに……」
すると、一人の侍女が突然、意味ありげな顔をした。
「ねえ、それより……」
「なに?」
「もしかして、旦那様……再婚するんじゃないかしら」
「えっ!?」
「うそ!」
「誰とよ?」
一斉に声が上がる。
「誰かまでは分からないの。でも、この前ね、旦那様が女性と話しているところを見たのよ」
「女性と?」
「ええ。それだけじゃないわ。その女性の隣には、エリシア様より少し年上くらいの男の子もいたの」
「ええ~?」
「それだけで再婚なんて、ありえないじゃない」
「でもね……」
侍女は声を潜めた。
「そのときの旦那様の表情が、まんざらでもなさそうだったのよ」
「まあ……」
「うわぁ……私、ちょっとショックだわ」
「まだ奥様が亡くなってから半年しか経っていないじゃない」
「それに……エリシアお嬢様に新しい奥様のこと、話しているのかしら?」
「どうかしら」
「最近、旦那様は屋敷にいる時間も少ないものね」
「そうよね……」
使用人たちは顔を見合わせた。
「これから、どうなるのかしら……」
***
それから数日後。
その日もエリシアは、自室で一人静かに過ごしていた。
すると突然、扉が開いた。
「エリシア」
「お父様……?」
久しぶりに父が昼間、自分の部屋を訪ねてきた。
エリシアは少し驚いた。
「どうしたの?」
「お前に紹介したい人がいる」
「紹介……?」
エリシアが首を傾げる。
アーヴィンの後ろから、一人の女性と男の子が姿を現した。
女性は穏やかな笑顔を浮かべている。
その隣には、エリシアより二歳ほど年上の少年が立っていた。
「お前の新しい母親だ」
「……え?」
エリシアの顔から笑みが消えた。
アーヴィンは淡々と続ける。
「ソフィアだ。そして、こちらがお前の兄になるカイルだ」
女性が一歩前に出る。
「エリシア様、初めまして。ソフィアと申します」
ソフィアは丁寧に頭を下げた。
「至らぬところもあるかと思いますが、これから仲良くしていただけたら嬉しいです」
続いて少年も頭を下げる。
「カイルです。よろしくお願いします」
「……」
エリシアは何も言えなかった。
新しい母親。
新しい兄。
突然すぎて、頭がついていかない。
「え……?」
声が震える。
「新しい……お母様?」
「そうだ」
「お兄様……?」
「ああ」
エリシアの胸が苦しくなる。
頭の中に、母の顔が浮かんだ。
優しい笑顔。
温かな手。
「エリシア」と呼ぶ声。
「……嫌」
小さな声が漏れた。
「エリシア、挨拶をしなさい」
父の声が響く。
けれどエリシアは首を横に振った。
「私は……」
声が震える。
「私は、新しいお母様なんていりません」
部屋の空気が凍った。
「私のお母様は……一人だけです」
「エリシア!」
アーヴィンの声が大きく響いた。
エリシアの身体がびくっと震える。
「失礼だぞ」
「……」
「エレノアはもういない」
その言葉を聞いた瞬間、エリシアの目に涙が浮かんだ。
「……」
「お前には母親が必要なんだ」
アーヴィンは言葉を続ける。
「もう前を向いて進まなくてはならない」
エリシアは父を見つめた。
その瞳には、悲しみと戸惑いが入り混じっている。
「……お父様は」
声が震えた。
「もう、お母様のこと……忘れたの?」
「そういうことではない」
「じゃあ、どうして……」
エリシアは俯いた。
涙が一粒、床へ落ちる。
「……もう、いい」
「エリシア?」
「私、体調がすぐれないので……」
エリシアはそれだけ言うと、深く頭を下げた。
「これで失礼します」
そして逃げるように部屋を出た。
「エリシア!」
父の声が背中から聞こえる。
けれど、振り返ることはできなかった。
***
エレノアの部屋に入るエリシア。
扉を閉めた瞬間。
エリシアはベッドへ駆け寄った。
「うわぁぁぁん……!」
そのままベッドに顔を伏せる。
「お母様……!」
涙が止まらない。
「お母様ぁ……!」
胸が痛い。
苦しい。
寂しい。
そして――怖い。
「お母様は一人だけなのに……」
小さな手でシーツを握りしめる。
「どうして……」
しゃくり上げながら呟く。
「どうして、お父様は……」
言葉にならない。
ただ、母がいなくなったことだけが、今まで以上にはっきりと感じられた。
「お母様……帰ってきて……」
返事はない。
「私……どうしたらいいの……?」
六歳の少女には、何も分からなかった。
ただ一つ分かったのは――。
母がいなくなっただけではない。
大好きだった父との間にも、見えない壁ができ始めている。
そのことだけだった。




