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さようならと言った少女と、家族を失った父  作者: ちぃ


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16/20

父からの手紙

辺境伯家で暮らすようになって、エリシアは穏やかな毎日を過ごしていた。


 朝は家族と一緒に食事をする。


 午前中は勉強をして、午後にはアレクシスやルシアンと庭を散歩したり、本を読んだりする。


 以前のエリシアにはなかった、当たり前の日常。


 そんな毎日の中で、もう一つ楽しみができていた。


 ――手紙を書くこと。


「エリシア、また手紙を書いているのかい?」


 庭のテーブルで便箋に向かっていると、アレクシスが声をかけてきた。


「はい。エドに返事を書くんです」


「そうか」


 アレクシスは微笑んだ。


「ずいぶん仲がいいんだね」


「幼い頃からずっと仲良しなんです」


 エリシアは嬉しそうに答えた。


「エドは、私が辺境伯領に来てからも、たくさん手紙をくれるんですよ」


「それは大切にしないとね」


「はい!」


 エリシアは再び便箋へ目を落とした。


 エドワードから届く手紙には、王都での出来事がたくさん書かれている。


 学んでいること。


 友達と話したこと。


 街で見つけたもの。


 時には、くだらない出来事まで。


 それを読むのが、エリシアは楽しみだった。


 そして、エドワードは必ず最後に尋ねてくれる。


 ――エリィは元気か?


 その一言を見るたびに、胸が温かくなる。


「……よし」


 エリシアは手紙を書き終えると、封筒へ入れた。


「ミリア」


「はい、お嬢様」


「これ、お願いします」


「かしこまりました」


 ミリアは手紙を受け取ると、微笑んだ。


「きっとエドワード様も、楽しみにされていますね」


「そうだと嬉しいです」


 エリシアは笑った。


 けれど――。


 その日の夕方。


 別の手紙が届いた。


「お嬢様。こちらもお手紙です」


「……誰から?」


 ミリアが差し出した封筒を見る。


 そこに書かれていた名前を見た瞬間、エリシアの表情が止まった。


 ――アーヴィン・ローゼンベルク。


「……お父様」


 エリシアは、しばらく封筒を見つめていた。


「お読みになりますか?」


「……はい」


 部屋へ戻り、一人で封を開ける。


 手紙には、短い言葉が並んでいた。


 元気にしているか。


 辺境伯領で困ったことはないか。


 身体には気をつけているか。


 そして最後には、


 ――いつか、また会える日を願っている。


 そう書かれていた。


 エリシアは、しばらくその文字を見つめていた。


 胸の奥が、少しだけ痛む。


 父が自分を心配していることは分かる。


 手紙を送ってくることも、きっと勇気が必要なのだろう。


 けれど――。


「……ごめんなさい、お父様」


 エリシアは便箋を胸に抱いた。


「今は……返事を書けません」


 父を嫌いになったわけではない。


 けれど、あの頃のことを思い出すと、まだ胸が苦しくなる。


 食事の時間。


 厳しいマナー教育。


 自分の気持ちを聞いてもらえなかったこと。


 そして、最後には――。


 自分が生きることを諦めようとしたこと。


 忘れたわけではない。


 許せたわけでもない。


 だから今は、返事を書くことができなかった。


 エリシアは手紙を丁寧に折りたたむと、机の引き出しへしまった。


 その夜。


 食堂では、いつものように家族が揃っていた。


「今日はどうしたんだ、エリシア?」


 レオンハルトが尋ねる。


「少し考え事をしていました」


「何かあったのか?」


「……お父様から手紙が届いたんです」


 レオンハルトの表情が少し曇った。


「そうか」


「返事は……まだ書けませんでした」


「それでいい」


 レオンハルトは静かに答えた。


「返事をするかどうかも、いつ返事をするかも、お前が決めればいい」


「……はい」


「無理に許す必要もない。無理に忘れる必要もない」


 その言葉に、エリシアは顔を上げた。


「ありがとうございます、お父様」


 レオンハルトは優しく微笑んだ。


「お前はもう、自分の気持ちに素直に生きると決めたのだろう?」


「……はい」


「なら、それでいい」


 エリシアは頷いた。


 以前なら、父の期待に応えようとして、自分の気持ちを押し殺していた。


 けれど、もう違う。


 悲しいなら、悲しい。


 寂しいなら、寂しい。


 今は返事をしたくないなら――しなくてもいい。


 それでいいのだ。


 数日後。


「エリシア!」


 ルシアンが廊下を走ってきた。


「エドワードから、また手紙が届いたよ!」


「本当?」


 エリシアの顔が明るくなる。


「ありがとう、ルシアンお兄様!」


「どういたしまして!」


 エリシアは手紙を受け取った。


 封筒を開ける。


 そこには、いつものようにエドワードの文字が並んでいた。


 ――エリィへ。


 ――この前の手紙、返事が来るのが楽しみだ。


 ――また会える日を楽しみにしている。


「……ふふっ」


 自然と笑みがこぼれる。


 ルシアンが不思議そうに覗き込んだ。


「何て書いてあるの?」


「秘密です」


「えー!」


「女の子には秘密があるんですよ」


「僕にも秘密にするの!」


 ルシアンがむっとした顔をする。


 それを見て、エリシアは声を上げて笑った。


「ふふっ……」


 笑い声が、屋敷に響く。


 その声を廊下の向こうから聞いていたレオンハルトは、穏やかに微笑んでいた。


 エリシアは、少しずつ前へ進んでいた。


 過去を忘れたわけではない。


 父とのことも、まだ心の中に残っている。


 けれど――。


 今は、大切な人たちに囲まれている。


 自分を大切にしてくれる家族がいる。


 そして、遠く離れていても、ずっと自分を気にかけてくれる友達がいる。


 そんな日々の中で、エリシアは少しずつ成長していった。


 そして――。


 十四歳の春。


 エリシアのもとへ、王都の学園から入学許可の知らせが届いた。


「王都の学園……」


 手紙を握りしめながら、エリシアは呟く。


 そこには、懐かしい人がいる。


 幼い頃からずっと手紙をくれた、大切な友達。


 ――エドワード。


「また……会える」


 エリシアの胸が、少しだけ高鳴った。


 まだ、このときのエリシアは知らなかった。


 王都での再会が、二人の関係を大きく変えていくことを――。


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