私のお兄様たち
ヴァレンシュタイン辺境伯家で暮らし始めて、数か月が過ぎた。
エリシアの毎日は、それまでとは大きく変わっていた。
朝になると、マルガレーテが部屋へやってくる。
「エリシア、おはよう。よく眠れたかしら?」
「はい、おばあ様」
以前なら、朝から誰かが自分の部屋へ来ることなどほとんどなかった。
それが今では、毎朝のように誰かが声をかけてくれる。
「今日は天気がいいから、庭を散歩するといいわ」
「はい!」
エリシアが着替えて食堂へ向かうと、すでに家族が集まっている。
「おはよう、エリシア」
「おはようございます、お兄様」
アレクシスが優しく声をかける。
「おはよう!」
ルシアンも元気よく挨拶をする。
「おはようございます、ルシアンお兄様」
そして、少し遅れてレオンハルトが入ってくる。
「おはよう、エリシア」
「おはようございます、お父様」
その呼び方にも、今では少しずつ慣れてきた。
最初は口にするだけで緊張した。
けれど、レオンハルトはいつも優しく笑ってくれる。
だから今では――。
「お父様」
そう呼ぶことが、嬉しくなっていた。
「今日は何をするんだ?」
レオンハルトが尋ねる。
「アレクシスお兄様と勉強をします。それから、ルシアンお兄様と庭に行く約束をしています」
「そうか」
レオンハルトは嬉しそうに頷いた。
「では、しっかり勉強してから遊ぶんだぞ」
「はい!」
そんな何気ない会話が、エリシアには嬉しかった。
食事も以前とは違っていた。
食べられないときには、無理に食べさせられることはない。
「今日は少し食欲がないのか?」
レオンハルトが心配そうに尋ねる。
「少しだけ……」
「なら、無理をしなくていい」
「ありがとうございます、お父様」
その言葉を聞くたびに、エリシアは胸の奥が温かくなる。
食事は、苦しい時間ではなくなっていた。
家族と一緒に笑える時間になっていた。
ある日の午後。
「エリシア、勉強は終わった?」
ルシアンが部屋へやってきた。
「はい。今終わったところです」
「じゃあ、庭に行こう!」
「でも、まだ本を片付けていません」
「僕が手伝うよ」
「ありがとうございます」
二人で本を片付けていると、アレクシスもやってきた。
「ルシアン。エリシアを連れ回して、勉強の邪魔をしてはいけないよ」
「もう終わったんだって」
「そうなのか?」
「はい」
エリシアが頷く。
「それなら、僕も一緒に行こう」
「本当?」
ルシアンが嬉しそうに笑った。
「今日は三人で行けるね!」
三人は庭へ向かった。
広い庭には色とりどりの花が咲いている。
エリシアは花壇の前で足を止めた。
「綺麗……」
「気に入った?」
アレクシスが尋ねる。
「はい」
「じゃあ、好きな花を育ててみる?」
「私が?」
「ああ」
「できますか?」
「もちろん」
エリシアは嬉しそうに頷いた。
「やってみたいです!」
その隣でルシアンが笑う。
「僕も手伝う!」
「では、僕も手伝おう」
「ありがとうございます、お兄様!」
エリシアは二人を見て笑った。
兄。
その言葉は、まだ少し不思議だった。
でも――。
今では、その言葉を口にすることが大好きだった。
「アレクシスお兄様」
「なんだい?」
「ルシアンお兄様」
「どうしたの?」
「……私、本当にお兄様たちがいてよかったです」
二人が顔を見合わせる。
そして、アレクシスが優しく微笑んだ。
「僕たちも、エリシアが妹になってくれて嬉しいよ」
「僕も!」
ルシアンが元気よく答えた。
「エリシアは僕の大事な妹だからね!」
「……妹」
エリシアはその言葉を繰り返した。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
これまで、兄弟という存在を知らなかった。
一人で過ごすことが当たり前だった。
けれど――。
一緒に勉強して。
一緒に食事をして。
一緒に笑って。
時には、くだらないことで言い合いをして。
そんな毎日が、とても幸せだった。
その日の夜。
エリシアは自分の部屋で、母の形見の髪飾りを手に取った。
「お母様……」
髪飾りを胸に抱く。
「私ね……今、幸せよ」
母に話しかけるように、静かに呟いた。
「お父様がいて、おばあ様とおじい様がいて……アレクシスお兄様とルシアンお兄様もいるの」
自然と笑みがこぼれる。
「私、兄弟がいるって……こんなに嬉しいことなんだって、初めて知ったわ」
窓の外には、静かな夜空が広がっている。
エリシアは髪飾りを大切にしまった。
そのとき――。
「お嬢様」
扉の外からミリアの声がした。
「どうぞ」
ミリアが部屋へ入ってくる。
「お嬢様に、お手紙が届いております」
「手紙?」
「はい」
ミリアから封筒を受け取る。
見覚えのある文字だった。
エリシアの顔が、ぱっと明るくなる。
「……エドからだわ!」
封筒を大切そうに胸へ抱く。
ミリアは微笑んだ。
「大切なお友達ですね」
「はい!」
エリシアは嬉しそうに頷いた。
母を失ってから、たくさんのものを失ったと思っていた。
けれど――。
自分には、まだ大切な人たちがいる。
そして、これからも増えていくのかもしれない。
エリシアは、エドワードから届いた手紙をそっと開いた。
そこには、懐かしい友達の言葉が並んでいた。
新しい家族との毎日。
大切な友達との手紙。
そして、少しずつ取り戻していく笑顔。
エリシアの新しい人生は、穏やかに続いていた。




