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さようならと言った少女と、家族を失った父  作者: ちぃ


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14/20

「新しい家族」

馬車は、ゆっくりと王都を離れていった。


 エリシアは窓から外を眺めながら、胸元に手を当てた。


 そこには、母エレノアの形見の髪飾りがあった。


 これから、自分はどこへ行くのだろう。


 不安がないわけではない。


 けれど、今までとは違う。


 隣にはミリアがいる。


 そして同じ馬車には、グスタフ、マルガレーテ、レオンハルトがいる。


 もう、自分の気持ちを押し殺さなくてもいい。


 そう思うだけで、胸の奥が少し軽くなった。


「お嬢様」


 向かいに座っていたミリアが、優しく声をかける。


「少しお疲れではありませんか?」


「大丈夫よ」


 エリシアは微笑んだ。


「ねえ、おじい様。辺境伯領って、どんなところなの?」


 エリシアが尋ねると、グスタフが嬉しそうに笑った。


「そうだな。王都とはずいぶん違うぞ。自然が多くて、空気もきれいだ」


「そうなの?」


「ああ。エリシアが気に入ってくれるといいのだがな」


「私、楽しみです」


 エリシアが答えると、マルガレーテも微笑んだ。


「庭も広いのよ。お花もたくさん咲いているわ」


「本当?」


「ああ。それに、エリシア」


 レオンハルトが口を開いた。


「領地には森もある。安全な場所なら、私が案内してやろう」」


「はい楽しみです」


 それから数日。


 馬車はヴァレンシュタイン辺境伯領へ入った。


 窓の外には、広い草原が広がっている。


 遠くには山々が連なり、その麓には緑豊かな森が見えた。


「わぁ……」


 エリシアは思わず声を漏らした。


「きれい……」


「気に入ったか?」


 グスタフが尋ねる。


「はい!」


 エリシアは笑った。


 やがて、馬車は大きな屋敷の前で止まった。


「着いたぞ」


 レオンハルトが告げる。


 扉が開く。


 エリシアが馬車から降りると、屋敷の使用人たちが整然と並んでいた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 使用人たちが一斉に頭を下げる。


 その光景に、エリシアは少し緊張した。


「こちらが……エリシア様でございますね」


 侍女の一人が、優しい笑顔を向ける。


「はい」


 エリシアが小さく答える。


 すると、レオンハルトがエリシアの肩へそっと手を置いた。


「今日から、この子もこの屋敷の大切な家族だ」


「かしこまりました」


 使用人たちは、もう一度深く頭を下げた。


 エリシアは驚いた。


 家族。


 その言葉が胸に響いた。


「エリシア」


 マルガレーテが手を差し出す。


「中へ入りましょう。あなたの部屋も用意しなくてはね」


「私の……部屋?」


「ええ。好きなものを置けるようにしましょ」


「ありがとうございます、おばあ様」


 エリシアはマルガレーテの手を握った。


 屋敷の中へ入ると、そこには落ち着いた温かな雰囲気が広がっていた。


 そして――。


「エリシア!」


 明るい声が聞こえた。


 振り返ると、二人の少年がこちらへ歩いてくる。


「アレクシスお兄様!」


 エリシアは思わず笑顔になった。


「待っていたよ」


 アレクシスが優しく微笑む。


「長旅で疲れただろう?」


「少しだけ。でも大丈夫です」


 その隣から、ルシアンも顔を出す。


「僕も待ってたんだよ!」


「ルシアンお兄様!」


「これからは同じ家で暮らせるんだね」


「はい!」


 エリシアは嬉しそうに頷いた。


 兄。


 自分には、今まで兄弟がいなかった。


 ずっと一人だった。


 だから――。


「お兄様が二人もいるって、なんだか不思議です」


 エリシアが言うと、ルシアンが笑った。


「すぐ慣れるよ」


「そうだね」


 アレクシスも頷く。


「何か困ったことがあれば、僕たちに言って」


「はい!」


 そんな三人の様子を、グスタフたちは微笑ましく見つめていた。


 その日の夕方。


 エリシアはレオンハルトに呼ばれ、応接室へ向かった。


「エリシア。少し話がある」


「はい」


 レオンハルトは、エリシアの前に座ると、静かに口を開いた。


「お前がここへ来てくれたことを、私は嬉しく思っている」


「私も……ここに来られてよかったです」


 エリシアは素直に答えた。


「それなら、ひとつ聞いてほしい」


「なんでしょう?」


「もし、お前が望むのなら――」


 レオンハルトは、まっすぐにエリシアを見つめた。


「私の養女にならないか?」


「……養女?」


「ああ」


 エリシアは目を見開いた。


「正式に私の娘になってほしい」


「……」


「もちろん、今すぐ決めなくてもいい。嫌なら断っても構わない」


 レオンハルトは優しく続けた。


「私は、お前に何かを強制したいわけではない。ただ、お前がこれから先、安心してここで暮らせるようにしたいんだ」


 エリシアの目に、涙が浮かんだ。


「……お父様って、呼んでもいいですか?」


 レオンハルトは、一瞬だけ驚いた顔をした。


 そして、優しく笑った。


「ああ。もちろんだ」


「本当に……?」


「本当だ」


 エリシアの頬を、涙が伝う。


「それなら……私、お父様の娘になりたいです」


 レオンハルトは、そっとエリシアを抱きしめた。


「分かった」


 温かな声が、耳元に響く。


「今日から、お前は私の大切な娘だ」


「……お父様」


「ああ」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくな。エリシア」


 エリシアは、父親の胸の中で静かに泣いた。


 悲しい涙ではなかった。


 嬉しい涙だった。


 その様子を扉の外から見ていたグスタフとマルガレーテも、目を細めて微笑んでいた。


「これで、エリシアにも本当の居場所ができたな」


 グスタフが呟く。


「ええ」


 マルガレーテも頷いた。


 その日の夕食。


 大きな食卓には、たくさんの料理が並んでいた。


「エリシア、好きなものを食べなさい」


 グスタフが言う。


「これも美味しいよ」


 ルシアンが料理を勧める。


「食事が終わったら、庭を案内してあげる」


 アレクシスも優しく声をかけた。


「ありがとうございます」


 エリシアは少し照れながら、料理を口に運んだ。


 誰も急かさない。


 誰も怒らない。


 食べられる分だけでいい。


 そう言ってくれる。


「美味しい……」


 エリシアの口から、自然に言葉がこぼれた。


「それはよかった」


 マルガレーテが嬉しそうに笑う。


 エリシアは、ふと母との食卓を思い出した。


 母と二人で過ごした、温かな時間。


 胸が少し痛む。


 けれど――。


 今も、自分の周りには温かい人たちがいる。


 エリシアは胸元の髪飾りにそっと触れた。


「お母様……」


 心の中で呟く。


 ――私、ここで幸せになれるかもしれない。


 食事が終わると、約束通りアレクシスとルシアンがエリシアを庭へ連れていった。


「こっちだよ、エリシア」


「待ってください、お兄様!」


 三人の笑い声が、夕暮れの庭に響く。


 エリシアは笑っていた。


 心から。


 そして、その笑顔を見ながら、レオンハルトは静かに思った。


 ――この子が、もう二度と一人で泣くことがありませんように。


 こうしてエリシアは、ヴァレンシュタイン辺境伯家の一員となった。


 まだ、心の傷が消えたわけではない。


 父アーヴィンを忘れたわけでもない。


 けれど――。


 ここには、自分を待っていてくれる人がいる。


 自分を大切にしてくれる人がいる。


 そして、自分の気持ちを否定する人はいない。


 エリシアはまだ知らなかった。


 この場所で過ごす日々が、彼女の心を少しずつ癒やし、やがて大きな幸せへとつながっていくことを。


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