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第1章-43 決戦当日

「へくちゅっ」


 急に鼻がムズムズしたシャルは小さなクシャミをしていた。


「……どうしたの、風邪?」


「いえ、大丈夫よ。ちょっとムズムズしただけ」


 隣に座っているシャルを心配そうに見つめるエリー。


 二人は侍女達によって身だしなみを整えられている最中だった。


(やっば、今のお嬢様のクシャミかわいすぎて鼻血出そう……)


 あの勇者に嫁がせるのはもったいなさすぎて最初は二人の身だしなみを整えることに抵抗があった侍女達だったが、湯浴みをして髪を結って薄く化粧をして服やアクセサリーを身に着けさせていく間にどんどん楽しくなってきていた。


 極めつけは今の小動物のような可愛らしいクシャミにハートを撃ち抜かれてしまったようだ。


「……もしかしてアーサーが噂してるのかも?」


「えっ!? ……それは……どんな噂かしら」


「……シャルが恋しいとか会いたいとか?」


「……そんなの……私だって会いたいもん」


(尊いっ!)


(もんって唇を少し尖らせるのが愛おしすぎる!)


 この瞬間、部屋の中にいる四人の侍女達はシャルとエリーに忠誠を誓ったのだった。




 そして時は来た。


 帝国の民達は評判の悪い勇者がアベリア王国の侯爵令嬢二人と結婚式を挙げるということでコロシアムに集まっていた。


 コロシアム周辺は物々しい雰囲気で、武装した兵士がコロシアムを囲っている。


 まさに蟻の子一匹入れない状況だ。


 そんな明らかに異様な状況の中、強制的に連れて来られた帝国の民達は動揺を隠せずにいた。


「な、なぁ……なんで結婚式をやるのにコロシアムに来てるんだ俺達?」


「シーッ! あまり大きな声で言うな。下手に聞かれたら兵士に斬り捨てられるかもしれないぞ」


「……なんでも余興の為だとかって話だけど、結婚式の余興をコロシアムでやるなんて異世界人はよくわからんよな」


「お、おい来たぞ静かにしろ!」


 このコロシアムには入口と呼べる場所が二つあった。


 一つは観客側用のいわゆる一般的な入口。そしてもう一つはコロシアムに参戦する側用の戦場への入口。


 その二つの入口のうち、観客側用の入口に兵士達による道が作られた。


 それを見て誰もが理解するだろう。この状況を作り出した主賓が来たのだと。


「(あ~、ついにここまで来てしまったか)」


 愚痴を言いながら最初に現れたのは宮廷魔法士達だった。


 彼らは本来なら皇帝の傍に待機するはずだったのだが、勇者が勝手に予定を変えてしまった為に急遽こちらに配置変更したのだ。


「(今回のことってこんなに大騒ぎになっているのに皇帝の耳には届いていないんですよね?)」


「(あぁ、本来なら数か月はかかる結婚式をいきなり十日後に開く為の根回しやら勇者へのストレスやらで余計な情報をシャットアウトされていたそうだ)」


「(それでも今回のことはさすがにまずいんじゃ……?)」


「(都合の悪いことには聞く耳を持とうとしない皇帝、皇帝から絶大な権力を与えられている勇者の暴走、命令に従うしか能が無い俺達のような下の人間。

それらが嚙み合わなかった結果がこれというわけだ)」


「(……あのお嬢様達には災難でしかないわけですね)」


 宮廷魔法士達の後ろからは巨大なオープンカーのような物に乗ってニヤニヤしている勇者が現れた。


 その後ろにはウエディングドレスを着た可憐な幼い少女が二人立っているが、様子がおかしい。


「よし、着いたな。さぁ行こうかお嫁さん達?」


「……」


「……」


 様子がおかしいのは当然だった。


 なんと二人の少女は手を拘束されており、拘束具が繋がった鎖を勇者が握っているのだ。


 加えて二人の少女は顔に生気が感じられず、まるで心が抜けてしまっているかのようだった。


 勇者は鎖を引っ張って二人の少女と共にコロシアムの中央へと進む。


「……お待ちしておりました」


 コロシアムの中央には一人の老婆が立っていた。


 帝国に住んでいる者なら一度は見たことがある有名人で、彼女は帝国の奴隷商人を束ねる長として君臨している。


 そんな人物が何故ここに?と疑問符を浮かべる民達。


「よぉババア、この前話した通りやってくれよ」


「……本当によろしいのですかな?」


 奴隷商人の長は最後通告のように勇者に質問した。


「いいに決まってんだろ!」


「ふぅ……わかりました」


 奴隷商人の長はシャルとエリーの方を向いて呪文を唱え始めた。


「いいか、ここにいる貴様らよく聞けよ!

俺に歯向かう奴、俺に逆らう奴、俺の女になる奴は誰だろうと全員奴隷にしてやる!

どうしたアーサー、出て来ないのか!」


(……アー……サー……?)


 勇者がアーサーと呼んだ時、生気を失っていたシャルの瞳が僅かに揺れた。


 しかし声も出せないのか、その変化に気付く者はほとんどいなかった。


 そう、このコロシアムで唯一人を除いて。


「シャル―――――!エリ―――――!」



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