第1章-3 連れ去られるエイリアンの気持ちがわかった日
なんとかなってよかったとホッとしていると、左右それぞれから来ていた馬車が他の追手を撃退したらしく僕の所までやってきた。
何故撃退したと分かったかというと、どちらの馬車にもけっこうな量の返り血が付着しているからだ。
まさかあの馬車で人身事故でも起こしたのだろうか……。
よし、見なかったことにしよう。
盗賊に襲われていた右の馬車からは30代後半くらいの執事みたいな服装をした男性が、角猿に襲われていた左の馬車からは20代前半くらいのメイドみたいな服装をした女性が、それぞれの馬車を降りて僕に近付いてくる。
実に今更だけれど、どうして僕はモンスターみたいな角猿が言っている言葉が分かったのだろうか。
この人達の言葉も分かったし、異世界って日本語に優しい世界なのかもしれない。
「助かりましたよ、ありがとうございます(男)」
「スゴい魔法ですね、おかげで助かりました(女)」
明らかな年下である僕に対して丁寧に話し掛けてくれる。
きっとこの人達はいい人なのだろう。
囮にされた可能性については気付かなかったことにしておく。
それにしても、女性のほうが気になるワードを言っていないか?
「魔法……?」
「はい。相手を拘束する魔法、それも上位魔法のバインドアームを使われておりましたよね」
「えっと……まぁハハハ」
ツアー本の通りにしただけなんて言うつもりはない。
女性の期待に満ちた目を裏切るのは心苦しかったからだ。
決して言い訳が思い付かなかったからとか、メイドさんと話すことに緊張して言葉が浮かばないとかではないと宣言しておく。ないったらない。
「申し遅れました、私はベネクン侯爵家に仕える執事でセレスと申します」
「私はペネロス侯爵家に仕えるメイドのシャリアと申します」
どちらも侯爵家かぁ。
読みが同じだから実際に言われたら公爵との違いに気付かないかと思ってたけど、まるで副音声があるかのように侯爵のほうだとわかった。異世界補正でも働いているのかもしれない。
にしても侯爵家って確かめちゃくちゃ高位の貴族だったよね。
……これはあまり関わらないほうがいいんじゃなかろうか。
僕は底辺を生きることにかけては自信があるけど、カースト上位にいる人達とは物理的にも精神的にも距離を取りたいお年頃なのだ。
「えっと、それじゃ僕はこのへんで……」
ガシッ。
「ん?」
ギュッ。
「んん?」
どうやらセレスさんにガシッと、シャリアさんにギュッと左右の腕を捕まれたようだ。
この状況、時代劇で見たことあるような。まさか左右から引っ張られてしまうんじゃ……。
「お礼もせずに恩人を返してしまうなど。ベネクン侯爵家の執事としてそんなことは出来かねます」
セレスさんの瞳に炎が灯った気がした。
あっ、これ親切なはずが親切を押し付けて相手に面倒を起こすタイプの人がする目だ。隣のクラスの卓球部副部長の池田さんがいつでもどこでも授業中でもしつこく僕を卓球部に勧誘してくる時と同じ目をしている。
「セレスさんの言う通りです。ペネロス侯爵家のメイド長である私を助けると思って、ぜひお礼を」
先ほどの期待に満ちた目が獲物を狙う猛禽類のように変わっているのは気のせいではあるまい。このままではヒナの餌にされるのではなかろうか。
「あの……お礼ならさっき言ってもらったのでそれで十分でして」
むしろ僕を助けると思って手を離して欲しい。
「なんと謙虚な少年でしょう!」
「これは是が非でもお礼をせねばなりませんわね」
「シャリアさん、ここはひとつ」
「ええ、協力して捕縛……ではなく屋敷でおもてなししましょう」
捕縛っていったよこの人!?
二人の腕を掴む力が強くなった時、左手に持ちかえたツアー本を落としてしまった。
落ちたツアー本に目を向けると、先ほどの続きのページが開かれているようだ。
(26ページ……助けた馬車の人からお礼をしたいと言われた時の対処法3選!)
またしてもなんてピンポイントでタイミングのいい内容なんだ!
『①あきらめましょう』
強制イベント!?
『②逃げましょう』
逃走イベント!?
『③祈りましょう』
神様仏様近所で巫女やってて最近神社の仕事関連の冊子をくれる藤崎様と、会う度に服の生地が少なくなる呪いにかかっているシスター佐々木様お願いします!
……ダメだ、祈っても効果が感じられない。
どうやら異世界ではこういう時にお断りするのは難しいらしい。
万策尽きた僕は、二人に捕まれたままの両腕を見ながらがっくりと項垂れるように頷くしかなかった。
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