第六百三十八話 神と人間
「下等と扱っていた人間を文字通り見下しながら過ごしていればよかったのだ。」
人間の皮を被った・・・化け物。何故、こいつは俺との決戦にその姿を選んだのか。
「適度に力を貸しておけば、同じく人間も堕落する。共々地に落ちた所で封印を解けば
全力が出せずとも、地球という惑星を手に入れられると。」
その答えも・・・きっと、今から語られる言葉の中に含まれている。
「だが、その通りにはならなかった。堕落したのは神のみ。残された人間は数少ない武器である
知恵を使い、自らを高めていった。そしてあろうことか、そのような人間を玩具の様に扱い始めた。
信仰を集めるため、盤上の駒の様に指示を出し始めた。
天啓などと馬鹿げたことを・・・。必死になって殺し合う人間どもを見る奴らの姿こそ、
酷く滑稽だったと言っておこう。」
「・・それはお前が語ろうとしていた日ノ本の歴史からずいぶんと先だ。」
速く話せ・・・。援護は来ないかもしれないが・・・早く語れば俺はこいつに襲い掛かれる。
「あまり逸るな。この地球の長と成ればもう語る事は無いのだからな。」
蠢いた腕をこちらに向け、手のひらをこちらに見せてくる。手のひらの中央には・・・
大きな口が一つ、備え付けられていた。
「神のために得物を振るい、己のため、そして使える王のために得物を振るう。
それはこの地球の大半で行われていた。だが、その中に一つだけ違う動きを見せていた国があった。
それが日ノ本。神と人間の血を引く者が率いた国では結界が浅く、その上結界から逃れた
神もいた。その神が国を作り、長らく繁栄を続けていた。当時、唐と呼ばれる国に
配下を持っていた私はその存在に気が付き、遣唐使と呼ばれる者に扮して侵入に成功した。」
この辺りの話しは聞いた事がある。兼兄や竜次先生達、そして仙蔵さんの家にあった
資料にも乗っていた。
「配下を通してみた光景。それは衝撃的だった。神の血を引く者が治める国、
そして薄い結界から漏れだした膨大な神力。この場所で体を休める事が出来れば、
傷ついた私の体はすぐさま万全になるだろうと思わせるほどに。
そしてそれと同時に、この国を滅ぼさぬ限り、私の心に平穏が訪れる事は無いと。」
海に囲まれている日ノ本は海の外からの侵攻をほとんど受けなかった。
皇の座を狙うものも少なかったことが、この日ノ本を維持できた理由の一つ。
だが、交易が無かった訳じゃない。その僅かなつながりが、クトゥルフの侵入を許してしまった。
「忠行を調略し、契約を結び日ノ本を拠点とすることに成功した。
だが、この日ノ本でわずかに過ごしただけで理解した。神とは、人間とあまり大差ないとな。」
「・・当時の日ノ本でも、神と人間とは大きな格差があったはずだ。」
「知らんお前が何を言っている。それに・・・同格である何よりもの証拠を
お前は持っているではないか。」
何よりもの証拠・・・?そのような証拠を俺が持っている訳が・・・・・。
「・・・・・・・!!」
奴は無言で向ける視線。それが俺ではなく、千夏さんに向けられている事に気が付く。
「式神。海外では使い魔と呼ばれるが・・・その本質は大きく異なる。
貴様らが言う魔術師が使役する使い魔は魔術の補助を行う目的が大半だ。中には戦闘への
補助を行う者もいるようだが・・・・・たかが知れている。だが式神は異なる。
使い魔の上位である精霊は基本中の基本。それ以上の存在である神を使役する事も可能。
共に戦い、共に過ごす。まさに同格。それを私は忠行の弟子である、安倍晴明に思い知らされた。」
方角の守護獣、青龍。守護を目的とした神の力は強大であり、本来であれば使役など
出来るはずがない。だが、それを安倍晴明が、そして俺自身が可能であると証明してしまっている。
「お前の八咫烏もそうだ。本来触れられないはずの強大な神を従えている。
その理由が・・・お前に分かるか?」
俺の力が強いだけでは到達できない・・・はず。だが、現実がそれを否定している。
何かしらの理由があるはず。必死に考えるが・・・答えは出てくるはずがない。
「簡単だ。結界の影響で隔てられた世界の影響。神の世界は神、人間の世界では人間が
主権を持っている。そも、式神契約を結べる事がそれを証明している。
人間どもが研究の果てに見つけ出した契約術、信頼を置ける者同士の契約が同格という
何よりもの証。故に、私は気が付いた。この惑星の支配とは、一体何なのか。」
世界が隔たれたことで起きた事態。それは・・・互いの支配する結界内の主権によって同格と見なされた者同士が起こす契約。だが、それはあくまで日ノ本だけで起きている現象に過ぎない。
他の国で起きていない現象を惑星の支配に繋げるには少々無理やりが過ぎるとは思うが・・・。
「”人間”だ。人間こそ、この惑星を収めている種族である。
神などではない。奴らは私の結界によって押し込められ、主権を失った。海も、空も、そして大地も。その全てを支配しているのは人間であり、それを奪う事こそが惑星の支配なのだ。」
・・たとえ惑星に意志があったとしても、それを支配しているのが別の種族であるのなら
支配の意味が変わってくる。俺達人間は繁栄を続けた。神ではなく、俺達こそが地球を支配していると言っても過言ではない。
「分かるか?貴様らは神を退けたのだ。支配されていた存在を超え、惑星を支配しきった。
忠行は貴様らを泥人形と揶揄したが、私は違う。警戒すべき存在だと認識する。
知恵を蓄え、それらをいかんなく発揮する。その体に秘めた可能性はいずれ、神を超えてしまうのではないかと。だからこそ・・・調べ尽くさせてもらった。」
蠢く皮膚。それは・・・やはり人間もの。ちーさん達が見たのはこいつが皮膚を被っていた
姿なのだろう。
「か弱き者。俺が抱いた感想は最後までは変わらなかった。何故こ奴らが神と同格なのか、
始めは理解できなかった。だが、忠行と戦う者達を見て分かったことがある。
ありとあらゆるものと心を通わせる事が出来る者がいる事を。神や精霊、それ所か
命なき無機質な物に対して心を与える事出来る事をな。」
「・・付喪神。」
「そうだ。この国は、この国の民は神を宿らせる事が出来る。この国の人間は神と同等どころか、
概念にまで神として成り上がらせる事が出来る。海外の人間は神を手放し、知恵を武器として
戦っているにも拘らずだ。」
神として・・・格を上げる。降ろすわけではなく、神として新たな存在を生む。
身近な存在として何も思ってこなかったが、少し考えただけでもそれがあまりに特異な事だと
俺でも理解できる。
「・・・・・よくしゃべる奴だ。」
近くにいる純恋の中に入っていた八咫烏様が神融和を解き、口を開きながら俺の肩に停まる。
「的を得ている部分もある。だが、お前は根本的に間違っている。」
「ほう。姿を現したと思えば・・・何が間違っているんだ?」
「お前も言っていただろう。この日ノ本の民の先祖は神だ。」
「そうだな?」
「神は神を生んだ。それが続いて出来たのが日ノ本。であれば、神の血を引く民が
神を生むのは道理に反していない。」
伊邪那岐と伊邪那美との国生みが日ノ本のルーツ。だから神を生むことも自然な事だと
八咫烏様は語る。
「フフッ・・・・・。」
その言葉を聞いたクトゥルフは口角を上げ、笑い始める。初めは小さく、必死に抑えていた
笑いが口の端から漏れだすが、一度漏れてしまえばその勢いは増していくだけ。
「ははははははははははははははははははは!!!!」
狂ったように笑うクトゥルフ。腹の底に溜まっていた何かを抑えることが出来なくなり、
壊れた蛇口の様に止まることを知らない。
「・・何がおかしい。」
「貴様・・・神の分際でそれを言うのだな!!阿保らしくてたまらんわ!!!」
・・筋は通っている。奴は一体何に笑っているのだろうか。
「神とはお粗末だな!!民を導くための存在である貴様など不要ではないか!!!
高天原もいらん!!やはり・・・私は間違っていなかったのだ!!!」
高笑いを続けるクトゥルフ。未だその意図は図れないが、俺達の報告を受けた兼兄や
後方部隊がこの周りに着々と到着し、最後の戦いへの布陣を整えていた。
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