第六百三十話 人間の皮を被った化け物
姿を現したクトゥルフ。俺の大気達を止めたのは海ではなく、奴の体から出てきた何か。
「あれは・・・・・。」
大気達を止めたのは・・・壁のような何か。
「一体・・・なんだ?」
大気の兵達を止めることなど、奴の体を持っていた忠行でさえ出来なかった。
なのに、単なる壁に止められるとは一体どういうことのなのか。
あれが惑星の支配と呼ばれる物なのは間違いないだろう。だが、奴が出した壁は”人間の皮膚”の
様に見える。そんなものが惑星、地球の力ではないはずだ。
「・・不愉快。ああ、不愉快極まりない。」
水面に上がってきたクトゥルフ。その姿は忠行のような肉の塊ではない。
小さい、あまりに小さい姿。あれは・・・・・。
「まさか、追い詰められた末の姿がこれとはな。」
「ただ・・・ゆき・・・・・?」
賀茂・・・忠行・・・・。あの姿を見間違える事は無い。小さな体、鋭い目。
日々の入ったような乾いた皮膚。そして何より・・・禍々しい瘴気。
「ああ、そうだ。この姿は貴様の血の源、賀茂忠行の姿だ。」
間違いようのない姿。だが、異なる点がいくつかある。奴の皮膚には乾いた日々だけではなく、
様々な皮膚が縫い付けられたような跡がある。まるで幼い子供が手直しした人形の様に。
そして放つ瘴気、込められている魂は禍々しさを増している。なんとも・・・形容などしがたいほどに。
「惑星の支配。お前達も察しているだろう。簡潔に申せば、それは成し得なかった。」
語ろうとする忠行に対し、再び大気達が動く。主を脅かす者、領地を踏み荒らそうとする
物を排除しようと必死に攻勢を仕掛けるが、忠行が腕を伸ばすと小さな手の平を包んでいた
皮膚が伸びあがり、再度壁として彼らをせき止める。
「地球に意志などない。いや、あるのかもしれないがそれは人間などという生物が
支配下に収める事など端から無理だった。」
そしてもう一方の腕を伸ばすと、皮膚が蠢きだし大気達を喰らう様に握りつぶしてしまう。
空気を押しつぶす事は叶わないはずだが・・・支配が効かなくなってしまった。
「それが忠行という人間の限界。いや、地球の神の限界だった。
空、海、大地。果てはその万能と呼ばれる神もいたが、それはあくまで人間が語る神の姿。
奴らはそれらを支配してなどいなかった。信仰を集めるために付けた虚の逸話の数々。
惑星の支配に繋がると調べた私が馬鹿だった。」
海の外でも、日ノ本でも。自然の化身として民を導く神の存在がある。
その力は絶大であり、信仰も当然強い。日ノ本の民として、少しは言い返したい所だが、
奴に賛同せざるおえない部分もある。何故なら、それは地上にいる俺達から見た大地や空に対しての
化身であると言わざるおえない。何故なら神を含めた俺達は地球上で活動する年月が大半であり、
地球外に出たのはここ百年どころか五十年そこらの話し。
空や海が何故青いのか。大地は何故広がっているのか。それらを知らずして、神を名乗れる理由は
一体何なのか。俺にはそれが分からず、奴の言葉を真っ向から否定できない。
「考えたことは無いか?貴様らが持つ力。神力、魔力、信仰などの力について。」
突然、忠行は俺達に尋ねてくる。神力は神の力を借りるための力。魔術は各属性を操るための力。
それ以上の説明もできるが・・・その根本について、俺は深くまで知らない。
「五行とは、神が扱う力の総称。だがよく考えてみろ。人間が扱う魔術と何が違う。
僅かな違いこそあれど、その大半は変わらない。」
「・・・・・何が言いたい。」
「簡単な事。”人間と神”に大差などないと言う事よ。」
大差がない・・・?それだけは絶対にない。神の持つ力に勝てる人間などいない。
それほどまでに大きな差は埋められるなんてことは絶対にない。
「神の力は強大。だが、それは現世に出てくることが絶対条件。何故なら、私が敷いた結界の
影響でその世界が隔てられているからだ。そのような奴らが助けを求めたのは人間。
人間との繋がりさえあれば現世に降りることができる。いくら強大な存在だと言えど、
そのような縛りがあれば力を持たぬと同義。」
「そりゃ・・・お前のせいだろうが・・・!!」
「そうだな、確かにそうだ。では何故、結界を張ったのか分かるか?」
奴は神の力を恐れたから。神に負けた・・・・・。
(・・訳じゃない。)
そうだ。神に負けてなどいない。クトゥルフが敗北したのは古き英雄達。それ以前の戦いでは神に善戦していたと聞いている。
「結界の敷いたのは奴らを討ち果たせないと判断し、活路を開くためだった。
ボロボロになった体を封じ、神々の中に惑星の支配を出来る者がいないのかを探すため。
だが蓋を開けてみればどうだ。そのような力を持つ者など一切いない。
いるのは化身の名にふさわしくない貧弱な力を持つ者だけ。そのような奴らが人間と同格など
片腹痛いと思わんか。」
こいつは・・・・・何を言っているんだ?
「・・・・・お前、なんで忠行と契約を結んだんだ?」
神を救おうとした忠行は良くも悪くもその存在に大切にし、敬っていた。だが、こいつの言葉は
真反対。何故こんな奴と忠行が契約を結んだのか。
「ん?簡単だ。端から利用するつもりだった。神を救えると言えば奴はすぐさま契約を
結んだよ。我が思惑を一切探ることなくな。」
それほどまでに当時の奴は焦っていたのだろう。何者かもわからないクトゥルフの甘い言葉に
乗せられたのだろう。
「お前・・・!!」
奴のとの戦いの終盤。俺は奴の言葉に賛同せざるを得なかった。役目を終えた・・・いや、
人間が不要とした神に役目や居場所を与える。式神を使役している身であれば、
自らが命を終えたのちにその式神達が路頭に迷う事を憂う。
奴の行ったこと自体には軽蔑どころか怒りや恨みを抱く事には変わらないが、
不要となった神への対処は俺が必ず引き継ぐと決めた。
「無様だっただろう?奴は何一つとして掴むことは出来なかった。
絶望に陥り、自らの道を逸れ、果てには私の手のひらの上で踊ることを自ら選んだ。」
奴の体が蠢く。縫われた皮膚の下に一体何があると言うんだ?
「だが、奴にも数少ない手柄がある。私が作った結界に触れる事さえしなかった。
その存在は何度も語ったが、神聖な神の世界に踏み入る事は許されないと頑なに触れることはしなかった。不要な神の居場所が無いのは、それはここが人間の世界だと言う事だ。
それを無くせば・・・話しは簡単だっただろうな。」
自ら作り上げた結界を、今度は壊せと忠行にそそのかした・・・?
こいつ、何がしたい。行動が大きく矛盾している。
「・・・・・・・・・・。」
話しを・・・聞くしかない・・・・・。こいつの矛盾の真意を聞かなければ、
奴の狙いを聞かなければならない。これが奴の仕掛ける最後の戦いであるなら、必ずその目的を語る。
『語るだろうな。あのような姿になっても、奴にはプライドがある。』
王としての矜持。全てを晒し、その上で勝利を収める。大気の王に成った今なら・・・それが分かる。慕う民に見せる姿、その背中を見せるため。王には結果だけではなく、過程さえも求められる。
下手の姿を見せれば・・・民は付いてこないのだから。
「私が結界を作ったのは・・・力の無い人間世界で再び力を蓄えるため。
だが、思っていた以上に力の回復が遅く、そしてそれ以上に神々は腑抜けていた。
人間と契約を残していたことが奴らに安堵を与え、混乱する人間世界をただ眺めていた。
誤算だったのは・・・この日ノ本。極東の島国と呼ばれる小さな島に、結界に収めきれなかった
神がそこにいた事だ。」
時間を稼ぐためにも・・・・ここは耳を傾ける。そして・・・ここまでの謀を、奴は
一枚一枚丁寧に剥き始めた。
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