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第六百三十五話 折り重なる謎

「・・・・・兼定。」


白達の報告を受けた春は小さく兼定の名を呼ぶ。焦り、困惑、そして迷いなど様々な

意志が込められた一言に、兼定は小さく呟く。


「・・・・・ああ。」


「どうしますか?」


「どうするもこうするもない。腹を括れ。」


ここで自分達が動いてはならない。もし動けばその瞬間、援護部隊への侵攻の隙を

許してしまう。


「ルルイエの動きを抑えつつ、龍穂を自由にさせているこの状況が一番好ましい。

戦場の状況において、主力に変わった龍穂が自由になのは大きい。

広い場所を確保している事も忘れるなよ。」


「・・ですが、奴がここ以外の戦場を選ぶ可能性も考えられます。立て直しを

計られれば・・・・・。」


春の不安点。それは奴が戦場を離れた意図。全てはその一つに集まっている。

一体どこまでが奴の策略なのか。ここまで全てが手のひらの上なのか。

流れに身を任せた上での苦肉の策なのか。時間が増すごとに心を襲う不安。一切の情報が

無かった中で、ちー達が見つけ出した唯一の情報。だが、それさえ不可解な情報が

まとわりつき、割り切ると決めた心を揺さぶり続けられていた。


「分かるか?」


「えっ・・・・・。」


予想外のつぶやきに、春は一瞬思考を止めてしまう。


「あいつはよく分かっている。俺達の弱点を。」


「弱み・・・・・。」


「嫌いなんだよ、特に俺は。情報の無い戦いってのがな。白の部隊をこれだけの規模にしたのも、

役割をはっきりとさせたのもそれが原因だと春の分かっているだろう。」


闇に潜んだクトゥルフの神々と戦う事は情報の無い中での対応力が試される。

白の旅路の序盤、敵の情報が一切無い中での奇襲や、圧倒的な実力差での遭遇戦で多くの仲間を

失った兼定が教訓として作り出したのが現在の白の姿。

諜報、戦場のかく乱や時間稼ぎなどを行え、さらにいざとなれば前線を張ることができる。

役割をはっきりとさせず、あえて全てを叩きこむことで分隊の編成を即座に行う事が出来、

いざとなれば小、中隊規模での戦闘を行う事が出来る臨機応変な部隊を作り上げた。

白が行う戦闘において、まずは情報を得ることを最優先として兼定は指導を行った。

それは過去の苦渋を二度と飲むまいと決意による取り決め。敵は情報戦において自分達より

遥か高みにいる。詳細な情報や人間の闇を結ぶ捉えることが不可能ともいえる

ネットワークを使った奇襲は容易、遭遇戦を装った真正面からの圧殺と呼べるほどの蹂躙など

簡単に行える。そんな相手に対し、少しでも勝機を見出すための苦肉の策だったが、

戦いを重ねるごとに実を大きく、そして甘みを増していく。

それは何時しかクトゥルフの神々を嵌めるの事の出来るほど甘い匂いを漂わせる

猛毒の果実として白随一の武器となっていた。


「・・貴方が築き上げた部隊の強みを利用されたと言いたいのですね?」


「正確に言えば、強みを発揮させないように立ち回られている。そうすれば俺達が

築き上げてきた策略なんて意味を成さないからな。」


以前も同じような事を考えてきた神がいた。だが、兼定達も余念がなく希少な神々の情報が

記された書物や資料をかき集めており、そこから得られる情報を元に策を返していた。

クトゥルフの動きは対応してきたどの神々にも該当せず、ここまで綺麗に姿を隠されたのは初めて。


「だが・・・それも、おそらくここまでだ。」


兼定の視線の先には古き英雄達に止めを指される寸前のルルイエ。

クトゥルフの力を得た王座であるルルイエも、もはやここまで。


「奴は姿を現すだろう。その時が・・・全て。」


「姿を現すと言っても、確証がありません。このまま逃げていても・・・。」


「おかしくはないと思うか?俺はそうは思えない。奴にはこれ以上の好機はないだろうからな。」


「・・・・・私にはそうは思えません。」


兼定と春の視点が合わない理由は、やはり情報量。惑星の支配という単語の恐怖に恐れる

春はクトゥルフの動きに警戒せざるを得ない。


「奴が逃げた理由は一つだけ。それはこの戦場に大きな変化をもたらした龍穂が原因だ。

大気の王としての力に目覚めた龍穂相手に最後の手段を持ち出したのだろう。」


忠行はクトゥルフの全てを引き出すことが叶わなかった。長い年月と研究だけでは

宇宙の神への適合を果たすことが出来なかった。もし適合を果たしていたのなら、

戦いが長引くことは無かった。結果がそう語っても、不安は拭えない。


「弾劾を踏んだとはいえ、大気の王として目覚めたのはつい先ほど。

奴がもし逃げ、体勢を整えたとしよう。そのわずかな期間でも龍穂は成長する。

唯一ある利点を上げるのなら、日ノ本という国の立て直しを龍穂が担う事で負担を増えるが

神道省長官という椅子に据えるにはさすがに若すぎる。俺達が支援を行う事で

負担を減らすことができるだろう。そして、この事件は情報として海の外へと流れている。

姿を潜めていた信者共が決起するかもしれないが、戦力になる様な奴らは軒並み俺達の手に

よって命を落としているからな。まともな戦力として数える事が出来ない。」


時間が長引けば長引くほど不利になる。そう強調しながら語る兼定の視線の先には

古き英雄達によって遺跡としての姿を失いつつあるルルイエの姿があった。

兼定があえて語らなかった利点の中に、大国が利用するためにクトゥルフの保護の可能性が

あったが、少しでもクトゥルフの知識があるのなら、龍穂の存在が如何に厄介かを理解するだろう。

クトゥルフを保護する事によって龍穂と日ノ本という国家、それらに付随する同盟国と敵対するのなら、龍穂を利用する方向へ舵を切る国家がほとんどになると兼定は踏んでいた。


(・・これ以上、考えるのは無駄だな。)


様々な手を使い、龍穂を手籠めにしようと策を用いるはず。それはクトゥルフを討伐しても

変わらない。そこからが本当の戦いだと一瞬頭をよぎるが、勝利が何よりも優先だと

雑念だとすぐさま振り払う。


「・・盤外戦術に惑わされるなよ。負け筋がはっきりとしているから、大きく動いている。」


どうしても拭えない不安。これは海外で行動していた時代からの癖。

苦い経験から来るトラウマであり、致命的な弱点として春達自身も自覚しているが、

だからこそ前面に出さないような意識と経験をこれまで積んで来た。


(・・・・・・・・・・・・・。)


だが、これまでのどの戦いと比べても激しく、死の匂いが漂う戦場においてトラウマが

掘り起こされてしまっていた。そう言った場合、泰国がその場を締めていたが今はもういない。

自身の無力感に片足を浸した所で、飲まれてはならないと再度思考を振り払う。


「俺達は支援且つ予備戦力。余裕を持たなければ機能しない。

後衛に指示を送ってくれ。援護を止め、移動の準備を整えろとな。」


思惑が外れたが、彼らの援護によってルルイエの猛攻を抑えることができた。

後はクトゥルフの出現に備えるだけ。後衛が一番無防備であることを兼定も理解しているが、

漆黒の支配者の力がある以上、無傷で助け出せる自信はあった。

だからこそ、兼定も酷く悩んでいた。影の世界で感知されずに移動し、そしてちー達を

引き込むことが出来た訳。


「・・了解。」


それは春の月詠の力も同様。謎が増え、折り重なる。だが、それもクトゥルフが姿を現せば

全てが分かる。これ以上の被害を増やさないよう、細心の注意を払いながら

古き英雄達の勝利の瞬間を待っていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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