第六百三十四話 最後の一手
「・・・・・・・・・・・・。」
息は切れ切れ。報告を聞いただけでこの状況。一体・・・ちーさん達に何があったのか。
俺が聞くべきだったのかもしれないが・・・・・どう考えても適任なのは千夏さん以外に
居なかった。
「・・何があったのですか?」
この強い視線に対し、心配事は無用。まずは状況を聞くことが先決。
「詳細は・・・省きます。」
口を開いた千夏さんの汗を桃子がハンカチで拭いている。戦闘などで溢れ出た汗ではなく、
あくまで”話しを聞いた”だけでこれ。あのちーさん達が恐怖し、動けなくなるほどの何かというのはそれだけ強大なのか、はたまた聞いただけでもかかるような術式なのか・・・。
「地獄を・・・・・見たと。」
「地獄・・・?」
地獄・・・それは、この戦場を指した言葉・・・ではないだろう。
ここを地獄と称するには、あの人達は戦いに慣れ過ぎている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・詳細を。」
たったそれだけで千夏さんやちーさん達を苦しめた話を見過ごすことはできない。
それに、ちーさん達は無駄な事をする人たちじゃない。俺達に有益な情報を取った末の結果を
たった一言地獄だと言う言葉で収めるにはあまりに勿体ない。無駄には出来ない。
「龍穂・・・・・。」
「・・桃子も分かっとるやろ。そんなことを言っている状況やない。」
「優しさで隠してくれるのはありがたいですが、お気持ちだけ受け取ります。
奴は追い詰められている。だからこそ、こうして姿を隠しているんです。そして・・・
それは恐らくクトゥルフの最後の策。その情報はなんとしてでも欲しい。」
地獄・・・。俺達より多くの戦場を駆けていた二人がそう称した。
想像できない。だからこそ、もっと情報が欲しい。
「姿を隠している今だからこそです。その地獄が表に出てきていない今、それを見れたのは
何よりもの収穫。ちーさん達の手柄を無駄にしないためにも・・・お願いします。」
この情報が兼兄達に伝えられていない訳がない。俺達より戦いもクトゥルフ達の知識も
上回っている人達が聞けば、何かしらの動き、策を立てるはず。
そうなれば俺達に指示があるはずだが・・・兼兄は熾烈極める戦場の中。
クトゥルフが中にいると思っていたルルイエと戦いを続けている。策を立てても
此方に指示を送る余裕はないかもしれない。であれば、俺達も詳細な情報を持っておく必要がある。
意志疎通の無い連携は大前提、同じ情報を持っていなければならない。
「・・・・・・半ば錯乱状態でした。不確定な情報ばかりでしたのでお話しするのを
押さえていましたが・・・そこまでおっしゃるのなら・・・・・。」
振り絞った勇気で語ろうとしてくれる千夏さん。この人を怯えさせた話しとは・・・。
「とはいえ、不要な部分は覗きます。彼女達は見過ぎたとおっしゃいましたから・・・・。」
「見過ぎた・・・?」
「情報にならない部分という事です。いわば・・・そこに至るまでの過程で出た犠牲と
言うべきでしょう。」
・・その言葉に、聞き覚えがある。だが、俺が知るそれは兼兄達の活躍によりほぼ
壊滅状態にあり、その完成形も討ち果たしたはずだ。
「予想出来ているかもしれませんが・・・私達が片野東亜と戦った研究所に似た場所に
訪れたようです。一体どうやってそこに行けたのかは聞き出せませんでした。」
侵入経路が分からないとなると、クトゥルフに誘われた可能性もある。
わざわざ見せてきたのなら、何かしらの意図があるはず。
「積もった死体の山々。そしてその全てに・・・意図的に切りつけられた跡があったそうです。」
「意図的ですか・・・。」
「切りつけられたと言っても様々あるでしょう。しかもわざわざ意図的と言っているのですから
かなり特徴的なのではありませんか?」
研究所・・・特徴的な切りつけられ方となればやっている事はただ一つ。
「・・・ええ。人体実験を実際に行っている場所であったと聞きました。」
なるほど・・・。その場所はちーさん達のトラウマを深くまで引き起こしたのか・・・。
それなら恐怖に慄いても仕方がない。
「それ加え、そこにはクトゥルフの力が充満していたと聞いています。
本体がそこにいたのか、魂がそこにあったのかは分かりませんが・・・人体実験が
現在進行中であったことを目にしたと聞いています。」
「この戦いの中で人体実験を・・・?あいつ、ルルイエに封じられていたんやろ?」
「・・死体の状況について、ちーさん達から聞いていませんか?」
突然楓から切り出されたのは当時の状況だが、トラウマを呼び起こした死体について
ちーさん達が情報を持っているのかは定かではない。
だが、ここまでかなり抑えてはいたが死傷も少なからず出ており、死体が腐りやすいと
言われている日ノ本ではその状態で何時から実験が行われていたのかなどの情報源になる。
「・・・・・血の匂いがこびりついていたと。」
「ふむ・・・・・。」
それだけでは断定はできない。だが、それだけの死体があって血の匂いの印象が残っていると
言う事は死体は腐っていなかった可能性が高い。
命を落としてから時間のたっていない時間か、それとも冷凍保存されていたのか。
その違いとしては遺体の状態をより細かく見る必要があるが・・・・・そこまでの情報を
得られる精神状態でなかっただろう。
「・・今までの状況からして研究が続けられていた可能性はあります。
ですが、なぜ今そのような事をしているのかが分かりません。」
「何か用意しているんやろうけど・・・・・。」
何時から始めたのかは分からない。だが、肝心なのはそこではない。
「それが・・・惑星の支配と関係があるのか。」
仕掛けようとしているのはだけは間違いない。その実験の用途がはっきりするだけでも大きい。
だが、それが分かっていれば兼兄達が大きな動きを見せているはず。
恐らく・・・情報を何も持って帰ってこれなかったのだろう。
「・・彼女達が見たものについて、少しだけ語れる事があります。」
只姿を隠しただけで終わってしまうのかと思っていると、千夏さんが口を開く。
「彼女達が見た景色・・・。それは、”魂への冒涜”そのものだったと聞いています。」
魂への・・・冒涜?魂とは、概念に近い。人間が干渉できることは限られており、
もしできたとしても相当な術者且つ、出来る事はかなり限られている。
「あの二人が見たのは・・・”魂の集合体”。そこにいた人物が複数の魂を無理やり
繋ぎ合わせ、大きな一つの塊を作り上げていた。」
「・・それは、忠行の様に式神契約によって縛り付けられていたという事ですか?」
「そこまでは聞き出せませんでした。その光景が何より恐ろしく、二人のトラウマを
引き出していたと思われます。」
・・何が起きたのか分からないが、人智を超えた光景がそこには広がっていた事だけは
間違いないだろう。魂、死体・・・そして、恐らくクトゥルフ。
そしてここまでの経験から考えるに・・・・・。
「惑星の支配・・・・・。」
惑星とは、一体何を持ってそう定義されるのか。大きさや構成される物質など、
様々あるだろうが・・・・。
(・・・・・嫌な予感しかない。)
一つの予想。現代界では妄想の域を出ない。あまりにぶっ飛んだ想像だが、
忠行の姿を見ればあり得ない事は無い。
「・・・・・ありがとうございます。」
確かに、あまりに不確定な情報だった。聞いた話しでは錯乱状態にあり、ちーさん達の
頭の中で作り上げられた悪夢である事も否定できない状況下の中で、
安易に情報を与えるのは得策ではないと判断したのだろう。
だが、二人が語る情報に誤差がないとなると情報の正確性はある。何かしらの術式によっての
幻術だと言われればそれまでだが・・・・・今はそんなことを考えている暇はない。
状況は変わらず、クトゥルフの討伐には変わらない。だが、最後の一手の鍵を手にしたことは
俺達に追い風が吹いていると割り切り、千夏さんの様子を確認しつつ再び歩みを進めた。
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