第六百三十二話 地獄を見た者
青とイタカが離れた戦場。兼定達への支援を行っていた謙太郎達だったが、
その手は止まっていた。
「・・・・・・・・・。」
その理由は酷く消耗した姿をしたちーとゆー。千夏達の送り届けていたが、その後から
姿を見せなかった。
「何があったんだ?」
これまで共にした戦場でもこのような姿を見せなかった。この世の地獄のような場所である事は
間違いなかったが、援護に徹している二人の体はそこまで気づいておらず、クトゥルフと
面と向かって戦うことの無い役割でもない。謙太郎の問いに答えられないほどの恐怖に怯えた
姿はこれまでの経験と矛盾しており、さすがの謙太郎達も援護の手を止めてしまっていた。
「・・先ほど千夏から連絡があった。心配しているぞ。」
こうなれば何が起きたのかは置いておくしかない。まずは正常に戻すことが最優先だと
藤野は二人の肩を叩きながら語り掛ける。
「謙太郎。気になるのは分かるが、俺達も援護をしなきゃ前線が危ないんちゃうか?」
それでも口を開こうとしない二人を見た雑賀は、何もできない二人ではなく戦場で最も
重要視するべき何かを謙太郎に語り掛ける。自分達以外の星空達は絶え間なく援護を
行っているが、それでも大きく動き様子の見せない戦場の様子も把握しており、この中でも
突出した火力を持つ謙太郎には、戦場変える強力な青い炎を打ち続けてもらわなければならない。それに加え、先ほどの一幕もある。行動や魔術に大きな存在感を持つ謙太郎が
手を止めたことを他の隊員も把握しており、戦場外へ意識が向き始めていた。
「・・・・・お前達の事だ。勝利のために動いていたんだろう。」
不満の溜まる部隊を奮い立たせた責任を、謙太郎は理解している。
青が離れた今、自らが先頭を走り続けなければ部隊が崩壊しかねない事も。
「そこで何を見たかは知らん。意味の無い情報を持ち帰ってこない事は知っている。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「だからこそだ。ここで恐怖に怯えている事に・・・意味はないぞ。」
そう一言だけ呟くと、謙太郎は背を向け戦場に向かっていく。
「なっ・・・!!」
その姿を見た伊達は謙太郎に手を伸ばし、引き留めに掛かる。だが、その間を入った雑賀が
邪魔に入り、そのまま謙太郎の背を追って歩き出した。
「何言ってんだ・・・。そんなこと・・・・・。」
励ましではなく、厳しい言葉を送った謙太郎を背に向けて不満を呟きそうになる伊達の肩に
置かれたのは藤野の手。
「分かっている。ちーも、ゆーもな。あいつ言っただろ?だからこそってな。」
高校時代、振り返れば平和な日々を送っていた。日ノ本でも屈指の実力者、そして原石が
集まる国學館高校に入学を果たした伊達や謙太郎達は龍穂と出会ってからの高校生活は
大きな変貌を遂げた。彼らもまた、戦場を知っている。恐れの無い戦場はないと。
死と隣り合わせの戦場で恐怖を払拭するのはあり得ない。そして、自分達より多くの戦場を
渡り歩いてきたちー達がそれを知らない訳がない。だからこそ恐怖の中自ら行動を起こし、
勝機を手繰り寄せようと動いた。
「こいつらなりに動いた結果だ。その動機ぐらい、謙太郎も知っている。
厳しいことを言うなら、龍穂がこれだけ圧倒したんだ。こんな状況になるぐらいなら、
焦らずこちらに合流してくれた方が良かった。」
「勝久まで・・・!」
「卓也、お前は優しい。そこがお前の何よりもの長所だが、ここは戦場だ。
いい加減学べ。ここでは、それが最悪の短所になる。」
「・・・・・・・・・。」
「それを証拠に、龍穂はその優しさを何度も突かれている。それが原因で敗北寸前まで
追い込まれた。それを見ていない訳じゃないだろう。」
伊達も理解している。ちー達が勝利のために身を挺して行動したことを。
だからこそ、自らその成果を出してもらおうと試みている。三年という短くも濃密な
高校生活を送ってきた間柄という背景も伊達の優しさを引き出していた。
「それだけは許せない。友として、言わせてもらう。」
もう、優しさを持ち込んでいい場所ではない。離れているこの場所でもそれは同じと
厳しい言葉を突きつけようとした藤野の言葉を遮る者が現れる。
「ま・・って・・・くれ・・・・・。」
新たな介入者でも、戻ってきた謙太郎達でもない。恐怖に慄いていたちーが震えた手を
ゆっくりと上にあげ、説教を抑えにかかった。
「わる・・かった・・・。」
「・・本当だ。お前達が何も言わなかったせいで謙太郎が足を止めた。
そのせいで部隊全体に再度不信感が出る所だったんだぞ。」
斥候。現代で言えば偵察部隊である二人が持つ情報は鮮度が命。常に動き続ける戦場では
情報伝達のわずかな遅れが情報を腐らせ、食あたりどころか勝負を決めかねない。
優しさは、現実から目を逸らす行為。戦場は決して、眼を逸らしてはならない。
「わか・・・ってる・・・・・。だから・・・千夏に・・・・・伝えてほしい・・・・・。」
自らを振るい立たせながら、声を張り上げる。荒れた戦場では微々たる声量だが
ちーからすれば精一杯。だが、それを指摘できるほどの厳しさを藤野は持っていない。
「・・・・・分かった。」
体を寄せ、耳を傾ける。ヘッドセットのスイッチを入れ、千夏達へと一言一句伝え始めた。
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「・・・・・・・・・・・・・・・。」
再度連絡が入った千夏さんはヘッドセットから入ってくる情報に耳を傾けている。
歩みを止める訳にもいかず、辺りを警戒しながらゆっくりと歩みを進めながら様子を
確認する。相槌さえ打たず集中する姿を見るだけではあちらがどのような状況なのかは
察する事は難しい。大気操作を行えばある程度の情報は取れるが、
無駄な力の消耗だと全員が止めに入るだろう。
「やっぱ・・・深刻なんかな・・・・・。」
それに・・・あのちーさん達が恐怖に震えていると聞けば、少なからず動揺する者が
現れる。情報が欲しい中であっても、そのような動きを取れば動揺が不安に変わる。
大気を支配している俺だからこそ、わざわざ情報を取るという事はそれだけでも何か
悪い事が起きていると頭の中で様々な憶測を膨らませる。
「・・大丈夫だ。」
だからこそ移動する。目的は変わらず、堂々と。千夏さんからの情報を待つしかできないが、
ちーさん達を襲ったのがクトゥルフの策であれば、俺を止める為である以外の目的はない。
「速度、上げるか?」
兼兄達も俺達が忠行を討伐した事に気が付いているはず。となれば、次に向かうのは
自分達がいる戦場。頼りにしてくれているはずだ。
「いや、このままだ。」
その動きを止めてはならない。だが、早すぎてもならない。
生命を与えられたルルイエ。残された敵は後一人であり、魂ごと姿を消したクトゥルフの
居場所はそこしか考えられないが、問題は一切の確定情報ではないと言う事実。
大気を支配した俺が現れたことで海の支配では対抗できない事を察したクトゥルフが
逃げた可能性も十分に考えられる。
何故なら頼みの綱であった忠行が命を落としたことで時間制限を失くなったからだ。
勝利と共に手にしたのは厄介な憶測。忠行を見捨てる様な行為の意図、それらを全て
整理しなければ急いで戦場に向かった所で手痛い反撃を受けるかもしれない。
「ゆっくり、焦らず行こう。」
出来る限りの情報を集めながら、あえてゆっくりと進む。あちら側には頼れる味方と
頼もしい援護の束。時間がかかればかかるほど、全てが終わる可能性が十二分にある。
焦れて動き出すのは向こう。だからこそ、近づいているという存在感を放つ事で
さらに焦らす。動けば良し、動かなければそれでもいい。
もしかすると・・・俺がハスターの全てを使える事を確認した時、兼兄は既に
この景色を思い描いていたのかもしれない。
だが、それでも奴は俺達の上を行こうと画策するはず。その動きを察知するため、
全てを一つずつ潰すために今は千夏さんの報告を待つ事が俺達の最善の行動だった。
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