第六百三十一話 余韻なき勝利
「やったか・・・・・。」
離れた戦場にいた兼定は龍穂達の勝利を感じとる。戦場で存在感を放っていた
大きな力が消失したことを古き英雄達も感じ取っていた。
「これがクトゥルフだったら話しが早かったのにね。」
そしてそれは勝負が決まってはいない何よりもの証であると、全体に報せている。
目の前にいる遺跡の中にクトゥルフの魂が込められている。長きに渡り封印されていた体を
手放してまでも勝機を探しに行った奴は宇宙の神のプライドを完全に捨てている。
「ああ。だが、龍穂が忠行を討ち果たしたという事実は俺達にとって大きい。」
「後はどうやってこちらに移動させるかですね・・・・・。」
クトゥルフとの戦いでは龍穂の存在が必要不可欠。兼定は龍穂が切り札だと思っていたが、
その思惑を古き英雄達は完全に把握していなかった。その原因は龍穂との関係性。
教え子と生徒、そしてそれは単なる教師と生徒ではなく、命を懸ける戦場を共に駆けた経験が
護る存在へと昇華させた。背中を見せるべき教え子、国學館襲撃や神道省襲撃で見せた
姿を彼らに見せ続ける事こそが自らの役目であり、ここでも同じ様に前に出るべきだと
強く感じていた。
「・・なら、そこまで俺達が奴の気を引かなくちゃな。」
だが、結果は惨敗。勝負所だと仕掛けた先は罠。劣勢を押し付けられていたと言っても
一切粘る事が出来ずに倒れた現実と、クトゥルフの力を抜かれたとはいえ圧倒した相手を
いとも簡単にねじ伏せた結果はわずかなズレを持っていた竜次達の意識を完全に変えた。
龍穂達も忠行を倒しただけだと気が付いている。確実にこちらに向かってくる。
兼定の影渡りを使うのも一つの手段だが、同然クトゥルフは警戒する。
距離を問わず、隠密な移動を可能にする影渡りと言っても少なからず弱点は存在し、
隠密移動を可能にした術式が関係していた。
隠密移動が可能であると言う事は、移動する者の力を遮断が第一条件。
影の中に入っている者への影響はないが、力を放出する事は不可能であり少なからず
移動を完了しなければ攻勢も守りも行えない。
ハスターの力を完全に操っている龍穂と言えどその条件から外れることは無く、
クトゥルフにとっては絶好の好機以外の何物でもない。
「そうだ。龍穂は必ずここへ来る。それまでに戦場を整えよう。」
ここまで来て、そのような隙を晒す意味は一切ない。大気の王である龍穂は堂々とこちらに
やってくる。その道中、クトゥルフは必ず妨害を行う。うちは倒す気はさらさらなく、
倒せるとも思っていない。決戦を控えるクトゥルフが劣勢の中、無駄な力を消費する理由は
本体である龍穂と距離が開いているため。ここは戦場。海の上でも影の上でもそれは
同じであり、戦列こそ引かれてはいないが巨大な力を持つ彼らは一小隊と同じ。
距離を問わずに戦う事が出来る部隊だが、大将であるクトゥルフは彼ら以上の力を
全ての距離で威力を落とすことなく発揮できる。物理的な距離が開いているのなら
クトゥルフは確実についてくる。影渡りの移動がない事を察しているからこそ、その期を
逃すことはあり得ない。
「奴が一番恐れているのは・・・龍穂と俺達が消耗少なく合流する事だ。
各員、気を付けてくれ。」
部隊の切れ目を突き、各個撃破を狙ってくる。戦場の常識、不利である状況だからこそ
数少ない好機を逃すわけにはいかない。それは兼定達も同じであり、クトゥルフの狙いである
惑星の支配を完成を防がなければならない。
未だ憶測の域を出る事は無いが、忠行を討ち果たした龍穂の力に感じた希望と同等に
感じた不安。それは同じ血が流れる強大であるクトゥルフも同等の力を持つ可能性が原因。
一度の敗北という刃ば心の奥底まで深く突き刺さっており、それは勝利という結果でしか
引き抜くことはできない。
(・・やってくれるな。)
動き出す古き英雄達と動きを合わせる兼定は、遺跡の姿をしたクトゥルフを見つめながら
心の中で呟く。立ち直りからここまで、焦り一つ見せていない。焦らず、無駄に勝負を
決めに行かず敵の意図を探る。かといって慎重になり切らず攻めの姿勢を崩していない。
それでも、見えてこない突破口。このままでは・・・いずれ焦りを引きずり出される。
こういった場合、分かりやすく顔を出す焦りではなく、感じることができないほどの焦りが
徐々にあふれ出し、そして時が来たら会心の一撃を叩きこまれるだろう。
だからこそ、龍穂の早期到着は勝利への絶対条件。その援護を行えるのは・・・。
「・・・・・・・春。」
全てを使う。ここまでくれば後も先もない。勝利への道を大きく切り開こうと
指示を出したのは隣にいる春だった。
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「・・・・・・・・・・・・・。」
切り刻まれた体は月明かりに照らされた海へと落ちていく。あの体はクトゥルフの物だ。
還えるべき場所に還ったのだろう。その光景を見た俺の頭の中にあるのは勝利の歓喜でも、
今までの仕打ちの恨み言でもない。ぐるぐると複雑に絡み合った蟠り。
この光景を見て思う所もあるが、今はそのような事を考えている場合ではない。
「・・・・・千夏さん。」
止めを刺した俺の背中を心配そうに見つめる四つの視線にはとっくに気が付いている。
感傷に浸る暇はないと、一度頭の中を空にした後千夏さんを呼ぶ。
「・・何でしょう。」
「ちーさん達に連絡を。今からもう一つの戦場に向かう、兼兄達の情報が欲しいと。」
あちらの情報は最低限しか耳に入れていない。合流する事を考えた時、出来る限りの情報を
持った上での移動を行う必要がある。ここは海の上、その上月明かりに照らされている。
影渡りの移動は不意打ちにならず、残るはリスクのみ。
本来選択肢にも入らないが、もしかすると兼兄なら戦場の動きに合わせてあえて欲する可能性も
十分に考えられる。歩みを進めながらも、ここは一度指示を仰ぐべき。
「承知しました。」
ヘッドセットに連絡を入れる姿を見ながら、ゆっくりと体の向きを変えて大気の上を歩く。
すると一切指示を出してはいないが、大気達が自ら動き出し独自で情報を集め出した。
「・・なんか、すごいな。」
今までにない一糸乱れぬ大気達の動きを見た桃子は、気の抜けたような言葉を呟く。
「私達でも分かるくらい、統率が取れてるわ。」
大気一つ一つを操る大気操作。この力に目覚めた時から俺の視界には空気の動きの
一つ一つが鮮明に感じられていたが、他人からすれば大きな塊を操作しているように見えただろう。式神契約で俺の力をより感じられるようになったことも大きな要因の一つだが、
肉眼や気配など得られる情報全てを使ってでも判別に出来るようになったのは、
俺の操作にメリハリがついた証なのだろう。感じられるという事は、大気の部隊を使った
連携も行える可能性もある。ここで行うのはあまりに行き当たりばったりだが・・・
やらなければならないタイミングが来た時、選択肢の一つとして取っておくべきかもしれない。
「・・・・・連絡、取れました。」
少し話し込んだところで千夏さんは俺に向かって口を開く。その姿を見て、わずかながらに
違和感を感じるが、構うことなく答えを待った。
「現在、ちーとゆーは戦闘を行える状況ではなく、他の部隊も人間も同じような者が
数多くいるとのことです。」
帰ってきたのはまさかの返答。外の情報を取ることができるからこそ戦いに集中できていた。
まさかこんな序盤で躓くとは思ってもいなかったが、ちーさん達の情報も貴重。
助けに行なければならない可能性は捨てきれず、さらなる情報を求める。
「・・何故、戦闘が行えないのですか?」
「恐怖で体が動かないと。何か・・・起きているのでしょう。」
原因不明の状況。忠行に勝利した流れを一気に断ち切る結果が耳に届くの
あまりに心臓が悪い。正体不明の恐怖、その情報を詳細に得るため、千夏さんの言葉に
耳を傾け続けた。
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