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第六百二十八話 止めの手前

俺の指示を受けた楓が漆黒の染まる腕を畳み、そして勢いよく忠行に向けて振り払う。


「虚無(きょむ)!!!」


始祖の悪魔。サキュバスを含んだこの世に生まれた悪魔達の根本にある生物。

彼女達の出自は様々だが、それらは全て人間を誑かすために生まれた存在であり、

資料から見て取れる佇まいや行動は完全に上位存在。いわば神と同格であるため、

今の楓の力は青さん達式神の力を超えている。

それを証拠に単なる手刀を忠行の体目掛けて振り払っただけに見えたが、

奴の体はその軌道に沿って大きく分断される。

その正体は俺の破壊の風の力。黒く染まった皮膚は人間ではありえないほどに固く、

例え黒い風をまとわせたとしても破壊されることは無い。

あれだけ俺の風に苦しんでいたが、ニャルラトホテプの化身と呼ばれた始祖の悪魔の力を

完全に制御化に置いている証。それに加え白虎を体に秘めている楓は全力を出せば

俺であってもどうなるか分からないだろう。


「・・・・・!!!」


クトゥルフも恐れていた力。それは奴の体を大きくえぐる所か暗闇が見えるほどに

体を分断しかける。だが急速な回復により肉が盛り上がり、空いた隙間をすぐさま埋めに

掛かるが、楓の小さな体から姿を現した桃子は既に鞘に手をかけており、後は勢いままに

引き抜くのみだった。


「十和田の神火(とわだのしんか)!!!」


振り上げられた得物。騰蛇の怒りと将門の力を合わせた炎の斬撃は再生しかけていた

肉を引き裂き、再生させまいと燃やし尽くしていく。

江戸時代、平将門公は日本三大怨霊の一つと見なされた。その理由に将門死後の伝説も

多く関わっているが、その伝説は東西の中でも東の中で多く語られてきた。

それは将門公を祖先に持つ千葉氏がその功績を語り継いで来たことが大きな要因だが、

当時の東国では民衆が酷く疲弊しており、それらは天災などの影響ではなく欲にかられた

為政者が起こした人災による影響が多く、その民衆の怒りが龍脈を辿り遠く離れた

十和田火山を爆発させたと言い伝えられている。

関東から離れた十和田で何故怒りが爆発したのか。それは力無き民達は大きな抵抗を見せれば

簡単に首を跳ねられるという恐怖と怒りがせめぎ合い、なるべく自らに影響のない中で

復讐を果たせたらという中途半端な願いが起こした噴火であり、結果としてそれは

自らの首を絞める形となった。

日ノ本の歴史を見ても例を見ないほどの大噴火は十和田付近の民を襲い、そしてその影響は

遠く離れた京にまで影響を及ぼしたとされる。

凄まじい噴火に巻き上がった大量の火山灰が空を覆い、昼間なのに太陽がまるで月の様だと

書き残されている事から、太陽の光が差し込まれず不作が訪れてしまった。

それらの背景から苦しむ民をこれ以上見ていられないと将門は立ち上がる事となり、

その姿を見た東国の民達はから絶大な支持を受けていたと言われている。

いわば将門公が新皇を名乗るきっかけとなった怒りの噴火。それを桃子が騰蛇の怒りと共に

忠行に打ち放った。


「すごいな・・・・・。」


ゆっくりと歩きながら眺める景色。それは忠行の最後の道。苦しめられた記憶は新しい所か、

つい先ほどの出来事。だが、奴の根本を支えていたクトゥルフの力が無ければ

こうも簡単に追い詰められてしまう。


『クトゥルフの力に依存し過ぎた結果だな。我らの力は強大だが、奴は過信しすぎた。

クトゥルフが自らの体から離れることは無いと。』


体はクトゥルフだ。あの回復力に使われている力はその残滓だろう。陰陽を日ノ本に持ち入れた功績は大きいが、それはあくまで技術だけの話し。神の力を扱えるのは神道の道を究めた者のみ

であり、その数はかなり限られていた。長きに渡る修練を終えた者のみが受け継ぐことができる

技術を簡易化させたのは日ノ本の歴史に深く刻み込まれるべきだが、

忠行本人が持つ力がすさまじかったかと問われれば、首を縦に振るのは難しい。


「・・・・・俺も依存しているのか?」


自覚はない。俺も忠行と同じことをしているのかもしれない。


『お前は違う。俺の力を体に秘めた稲見から生まれた子だ。生まれた時点で人類が

到達出来やしない力を体に秘めていた。』


ハスターは俺の考えを否定してくれる。だが、今はそんなことはどうでもいい。

もし、俺も奴と同じ状況なら迷わず選択するだろう。自らより遥かに強い力を持つ

神の力を手に入れたとしたら、その力は最大限活用するための技術の習得に躍起になる。

何故なら・・・努力した所で無駄。自分の力をどれだけ鍛えたとしても魂を鍛えるのは

不可能。生まれ持った才で全てが決まる力の上限の天井が知れているのならなおさらだ。


「・・・・・・・・・・・。」


それは・・・別に魂だけに限った話じゃない。生まれた家柄など、目指すことが端から

馬鹿馬鹿しいと思えるほどの差を直面する者もいるだろう。

上を目指す者、自らの野望を持つ者が必ず直面する”非効率”という壁。

純恋達に追い込まれる忠行を見て、奴のような壁にぶつかった経験がない自分は恵まれているの

だと実感しながら、歩みを続ける。


「ぐ・・ぁ・・・・・!!!」


燃やされ、再生できない忠行はもはや苦痛の声さえ上げられない。

前線の二人が半身でこちらを見つめてくるが、俺は大きく首を横に振ると完全に足を止める。

そして・・・後ろには後衛を務めていた二人が合流し、足並みをそろえ後ろを歩く。


「まだ・・・・・・!!!」


忠行は未だ戦意を無くしておらず、傷口を燃やされ二つに別れた体に残された顔で俺を

じっと睨みつける。気付けば体中にいた子孫達の表情は力が抜けており、魂こそあれど

動ける力が残されいない事が見て取れた。


「終わりだよ。」


俺の到着を待ってくれていた楓と桃子の肩に手を置くと、二人は純恋達の後方について

共に歩み出す。


「終わりなんだ。お前の野望は・・・ここで。」


忠行が見た悲しみも、そのために蓄えた技術も。それを実現させられる永遠とも言える命も、

野望の実現のために張り巡らせた策も、もはやここまで。


「薄情もんだな。お前を支えた俺の先祖達は。」


主がボロボロになっているのに、何もしようとしない。


「・・こいつらはお前なんて見ていなかっただろうな。お前の中にある・・・クトゥルフの

力を見ていた。」


まるで何かを待っているかのように。忠行ではなく、別の何かを。

こいつと初めて会った時、さぞ恐ろしい化け物だと体に刻み込まれた。恐怖が体を縛り付け、

死そのものだと実感したことを今でも覚えている。そしてそれは正しかった。

俺の代わりに泰兄が命を落とした。大切な人を奪った化け物。なのに何故、こうして

一歩踏み出しほんの僅か中身を覗けば・・・見えたのは酷く弱った人間が一人。


「・・・・・・・・・・・・。」


動かない。いや、動けないのだろう。あの時の俺と同じだ。酷く傷ついた体の前に立つ死。

それは概念であり、そして実体を持つ自らの命を終わらせる者。

化け物であれど、神であれど、死を恐れると言うのは人間の証。生物的本能と高度な知能を持つ

人間だからこそ理解できる状況だ。どれだけ長く生きても、こいつも人間だった。


「全てを終わらせる。お前の野望はここまで。」


動けないまま、死んでもらおう。それは俺が生きるためであり、未来を歩むため。

決してこいつの餌ではない。すぐさま殺せば・・・それでいい、はず。


「・・・・・・・・その前に。」


どうしても、聞かなければならない。こいつの悲しみを理解しておかなければならないと

理性が訴えかけている。それは俺が目指す椅子に座った際、必ず直面する現実だからだ。


「必要とされなくなった神々。その最後を聞きたい。未だ神として細々と生きているのか、

それとも妖怪となって退治されたのか・・・。どっちだ?」


先祖達は動かないが、奴は未だ反撃の姿勢を取ることができる。戦意はまだ失われてはいない。

それが通用するかは・・・話しは別だ。


「・・・・・おまえは、神の結末を知らないよう・・・だな。」


敵意を示しながらも、忠行は口を開く。命を奪う準備は全て終えている。

ギロチンの手綱を持ちながら、奴の言葉に耳を傾けた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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