第六百二十七話 式神達の成長
「・・・・・!!!」
目の前の楓と桃子に苦戦を強いられている忠行。奴を攻め立てる大気はかなり数を減らしている。
クトゥルフの力を取り込んでいた状況なら、桃子達は前線に立たせていない。
忠行が使えるのは精々体の再生だけであり、海は既にクトゥルフに支配されていた。
奴はどうやってクトゥルフとの使役関係、式神契約を断ち切ることが出来たのだろう。
安易に考えるのなら、一度命を絶つ事で契約を切る事に成功した。
それは楓が一度命を危機に瀕した際に起きた出来事に酷似しており、ましてやあれほどの
再生能力を持っているのなら十分あり得る。
『・・どうするんだ?』
どうするか・・・と言われても、俺は最低限しか手を出さない。奴に欠けているものを見せつけ、後悔してこの世から離れてもらう。
『未練を残してしまうかもしれんぞ?』
「忠行だけはそれでいい。化けて出てきたら俺が息の根を止めてやる。」
何度でも、必ず俺が息の根を止める。これだけ生に固執したんだ、現世に遺恨を残すのは
当たり前と言った方がいいだろう。
「・・・・・観念して欲しいけどな。」
俺の願いを呟いたその時。戦況は大きく変わる。大気の隙を突き、術式を前線に立つ
桃子達に向けてくる。このままでは直撃。今の二人であれば多少は問題ないと気にせず
攻勢を続けるが、その行動原理が過度な自信ではない。
「・・やりますか。」
戦場から鳴り響く金属音。それは錫杖であり、千夏さんの良さをより引き立てる武器。
多重詠唱から来る多方面且つ、複数属性の魔術はたった一人で無数の敵を相手できるほど。
そして当然、青さんとの神融和を済ませており、強化された詠唱は常人では聞き取れないほどの
速さと正確性を誇る。
「天地。」
クトゥルフの力を失くしたとはいえ、忠行の水の力は圧倒的。であればと千夏さんは
奴の巨体の上にすさまじい風の塊を作り上げる。
周りに空気を全て吸い込むほどの風は、先祖達の術式の勢いを奪い、なんと引き寄せ始める。
通常であればあり得ない光景だが、俺との関係が深い事を知っている大気達が
不意を突かれた結果を挽回しようと風の勢いを増している。
「流石ですね・・・!!!」
楓や桃子に影響が無い様に操作されており、すさまじい嵐の中で二人は得物を振るい続けている。大気達の同調もあるが、俺と同様とまではいかないまでも空気操作を行っている。
「ぶっとい勝機・・・逃せへんで!!!」
二人の援護には十分。だが、それはあくまで前線が止めを刺すことを前提。
まだ忠行自身は術式を放っておらず、未だ危険は残されている。
僅かに残された敗北の可能性を燃やし尽くすため、太陽の化身を二柱も体に込めた純恋が
動き出す。
「金烏玉兎!!」
金烏玉兎。月と太陽の事を指す言葉であり、この状況であれば最適な術式だ。
月詠の力で煌々と光る月。月の輝きは太陽からの光を受けるからこその眩さ。
純恋が作り出した大きな太陽は俺の視点からでは空に浮かぶ月と隣合わせに佇んでおり、
この場であるからこそ作り出せる術式だろう。
「・・よく、あれを出せるな。」
純恋が作り出す術式。その全てが太陽を作り上げる物だが、その数はかなり多い。
傍から見れば全て同じ効果に見えるだろうが、その効果は大きく異なる。
太陽の熱に重きを置いた術や、その光を重視した術など多種多様。だが、目を見張るのは
細かな効果ではなく、それら全てがその場で組み上げているという特異性。
『お前も同じだろう。』
ハスターはそうは言うが、俺の場合は水の術式に触れていたことが大きいだろう。
青さんとの特訓で水の塊を頭の中のイメージ通りに作り上げた経験がある。
その影響からか、空気では創造と呼べるほどの力に練り上げられたが・・・火はそうはいかない。魔術の中でも圧倒的に操作が難しいのが火。何故なら火は魔術として扱う場合、
他の属性に比べて火を起こすという段階を踏む必要がある。
大抵の術者はその起こすと言う制御をフルスロットルで行い火を生み出しており、
大雑把な制御を無意識に術式に組み込んでいる所か、そのほとんどが基本術式として
作り上げられている。簡単に言えば操作を行うと言う概念が火の術式には存在していないと
呼べるほどだと言う事だ。
『・・お前と同じく、専門外の知識だ。あまり褒めるのは性に合わないが、
地球から見た太陽とはいえ、あそこまで再現できるのは才能があると言っていい。』
では何故、魔術の初級で火の魔術を行うのか。東京に来る前、当時の猛がやっとの事で
取得した火の魔術だが、魔力を術式に乗せて放出すると言う基礎訓練にはもってこいであるからだ。魔力が高い者であるとしても、術式の出力が弱く設定されていれば火力に限度がある。
そのような術式は魔術の出自である古代の時代からある鍛錬法であり、
初めから操作を前提として作られていない魔術であるにもかかわらず、純恋は火力を変幻自在に
操り、それだけではなく火が放つ光を強めた術式まで練り上げるのは流石としか
言いようがない。
何故今まで気が付かなかったのか。偏に太陽の術式の術式を専門外として深くまで
理解しようとしなかったのが理由だろう。気が付くタイミングはいくらでもあったはず。
「・・まだまだだな。」
純恋に興味がなかった訳ではないと言うのはもはや言い訳にもならない。
それは千夏さんや桃子にも同じことが言える。出会い、そして再会して一年と経たない
期間ではあるが、あまりに濃密な時間を過ごしてきたのにも関わらずこのような
基本的な事に気が付かないのはあまりに気にかけていない証拠。
「いっけ・・・!!!」
ここら一体を照らす月に負けないほどの光度を持った太陽は、純恋の頭上から
勢いよく振り落とされた杖と連動する様に打ち放たれる。
いつも通り速度は遅いが、あまりの存在感とその威力を肌で感じている忠行からすれば
死そのものが迫っていると同義であり、海の力を使えない今防ぐ術が果たして残されているのだろうか。
「ッ・・・・・!!」
もしあるとするなら、それは全てを賭けた一撃以外の他ならない。
切り刻まれている体の回復に当てている水の術式の全てを太陽へ向ければあるいはだが、
その選択をすれば最後、前線の二人の攻勢への対処を失う事になる。
そしてそれと同時に待てをかけている大気の軍勢の刃が命に届くことになり、
どちらの道を歩んでも死が待っている状況。
「・・二人共。」
肉体的にも、精神的にもかなり追い詰められている状況だ。だが、それだけでは足りない。
離れている桃子と楓に向けて小さく呟くが、俺の意図を感じ取った大気達が
二人の耳に届く様に強く震えてくれる。
「なんや?」
「どうしました?」
返ってくる声を大気がこちらに伝えてくれる。死に方を選べるなんて、大罪を犯した忠行には
あまりに贅沢だ。そんなことはさせてはならない。
「思いっきりだ。やってくれ。」
焼け死ぬか、それとも体を切り刻まれるか。それだけではなく、第三、第四の死。
いや、それ以上の選択肢を奴に与えなければ気が済まない。
先祖達の中には忠行の言葉に惑わされなかった人達もいる。長く生きられたかもしれない
人生を奪うのが一族の命運だったとしても、それを作り上げた本人が簡単に死ぬのは許せない。
この命運、因果を断ち切る役目が俺なのだとしたら・・・彼らの無念を果たす様な
最期を迎えさせなければならない。
「では・・・参りましょう。」
最大限の援護を受けた二人も最大の一撃を放つために準備を整える。
呆気ないとは言わせない。これが・・・奴の最後、現世で見る最後の景色を最悪の結末に
させるため、ゆっくりと動き出した。
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