第六百二十五話 覆水、盆に返えらず
「お前の考え自体を否定する気はない。」
大気達に待てと命令を下し、飛んできた術式を触手で薙ぎ払って見せる。
「お前は人間を泥人形と呼んだ。所詮は神の創造物であるとでも言いたいんだろう。」
俺は・・・逃げない。今の話しを聞いた上で、より一層その気持ちが膨らんでいく。
「そんな人間が神を捨てること自体が罪なのは同意できる。だが、その根本にあった
問題を”手放さなければ”こんなことにはならなかった。」
これもまた憶測。だが、筋は通っている。何故、初めから人間を排除しなかったのか。
安倍晴明がいたとしても、時代が進めばなんとでも出来ただろう。
わざわざ神道省に身を置き、闇に姿を潜ませながら子孫達の命を奪う選択を取ったのか。
そして・・・何故、特定の子孫達が力を貸したのか。
「お前じゃ力不足だったからだ。何もかも中途半端だった。それがお前の敗因だよ。」
恐らく・・・忠行なりに解決しようと働きかけていたのだろう。神を生かすため、
神道省を裏で操ろうとしていた。そしてそれと同時に、人間の生活を豊かにしようとしていたの
かもしれない。不必要な物を思う、または愛でるのはそれなりの余裕が必要。
金銭的にも、精神的にも。その全てと忠行は戦い、そして敗れ闇に落ちていった。
「貴様・・・・・!!!」
配下達の攻撃が止んだ忠行は体の再生させ、俺の元へと向ける。四方からの攻撃だが、その全てが今の俺に対して決定打を欠いている。
果たして、忠行には何が足りなかったのかなんて、俺には分からない。
名声か、または力か。言葉も足りなかったのかもしれない。役目を終えた神を救うには
全てが足りなかった。
「そんなんだから・・・こんな選択をする。お前も分かっているはずだ。
クトゥルフを従えているお前が日ノ本の王に成ったとしても、お前が望む景色が
手に入らない事ぐらい。」
だからと言って、全てを投げだす事は無かっただろう。日ノ本に長らく君臨した皇に
全ての責任を押し付けていい訳がない。
「何を・・・分かった口を・・・!!」
「もし、お前が彼らのために働き続けていたのなら、結果は変わっただろう。
お前の後ろには役目を失った神々がいたはずだ。ここまで尽くしてくれたお前のために
戦場を駆け、また背中を守っていたはず。」
長きに渡る戦いに、忠行も疲れてしまったのだろう。千何年も必死に足掻いてきたのだ。
だが、神々達には必要だった。必要する存在が。
「・・若造の俺でもそれぐらい分かる。分からないのは・・・アンタの心だ。」
これは決して貶している訳じゃない。約六十倍、ここまで濃密な人生を送ってきたが
創造が出来るはずの無い年月を生きてきた忠行の精神がどんな状態なのか、分からない。
壊れてしまったのだろう。絶望の淵に立ち続け、それでも足掻き続けた男の背中を
押したのは一体どんな出来事だったのだろうか?
「・・・・・・・・・・・。」
俺の言葉を受け止めたのかどうかは分からない。だが、体に込められた子孫達が
今までにないほどに大きな雄たけびを上げ、俺を殺そうと怒りを露わにしている。
彼らもまた、忠行の考えに賛同した者達。命を永らえさせるために地肉を差し出した者達は
俺なんかに何が分かるのだと怒声を上げている。
「・・なんとでも言え。なんとでもほざけばいい。」
彼らの王である忠行はその声を聴き、短い沈黙を破る。全てを受け入れた男に前には
言葉など不要。
「分からないのなら、それでいい。理解しろなどと言わん。」
怒りのまま、子孫達は術式をこちらに打ち放つ。
「実力でねじ伏せろ。それが・・・我らのしきたりだ。」
当然、ここまで来て負ける気もさらさらない。俺の嶽の力を見せつけようと思っていたが、
それは彼らのためにはならないと大気全てを動員し、全てを受け止め相殺する。
「ほんの少しだけ・・・見えた気がします。」
忠行の苦悩をほんの僅かに覗けた事。それは・・・俺にとって大きな収穫だった。
性善か性悪か。そんなことはどうでもいい。その道を歩むことなったきっかけと
道を外れる事となった出来事を知れただけでも大きな収穫だった。
「・・どうするんや?」
忠行の過去に感化されてしまったのかと桃子は心配そうに見つめてくる。
役目を失った神々のために、忠行が必死になって戦った過去があったとしても、
俺はこいつを許すことはない。
「殺すよ。完膚なきまで。」
どのような過去があったとしても、こいつの罪は変わらない。罪を犯したのであれば、
こいつは罰を受けなければならない。同調した祖先たちも同罪だ。
「いくら殺しても、足りないぐらいだ。安心しろ、俺は変わらない。」
肝心の収穫の中身。それは殺す意義を持てた事だ。奴らの罪を晴らせるのは俺だけ。
反発した先祖達だけではない。仙蔵さん、平さんなど忠行の思惑に踊らされ、命を落とした
人達の罪もある。これまでの歴史全ての罪を俺が晴らせるのは難しいだろうが、
それは死後の世界で清算すればいい。
なら・・・奴の未練を残さず様に完膚なきまでに消し去るべき。二度と現世に戻ってくる
ことが無い様に。
全ての先祖が奴に従ったわけではない。反発する者も当然おり、その者達に命を奪われるのは
忠行にとってしてみれば道理。命を散らした彼らも俺が命を奪ったとするなら彼らも
心置きなく天に昇るはず。
「・・分かった。」
俺の様子を見た桃子は安心した様に前を向く。奴の苦悩を知った上で全てを終わらせる。
その使命にブレはない、その姿を見せる事で仲間達は安堵する。
「・・・・・頼みがある。」
だが・・・ここで俺だけが倒してしまえば何も変わらない。
忠行には見せる必要がある。仲間というものがどれほどまでに力を与えてくれるかを。
「なんや?」
「俺はあいつに見せつけたい。仲間の大切さを。奴が失ったものをその体に刻み込んで
地獄に叩き落したい。」
奴の死後の行き先が果たして地獄なのかは神のみぞ知る。なら出来るだけ自らの行いを
悔いながら落ちていった欲しい。
「・・なんや、相変わらず優しいな。」
俺の頼みを聞いた純恋がため息を吐きながら神融和をし始める。
「・・・・・優しい?」
「今の龍穂なら簡単に押し込めるやろ。あの状態のあいつの命を奪うなんて造作もない。
只くたばらせる事も出来るはず。生意気な若造に手も足も出ずに死ぬという
最悪の結末を迎えさせる事も出来るのにな。」
それもまた・・・一興なのかもしれないが、例え歴史の名を残すほどの大悪党でも
その生を弄ぶ事など俺にはできない。煽ったのは奴に自らの愚かさを自覚させるため。
壊れた心で自覚できたのかまでは分からないが、死後の世界で姿を見せなくなった
神々に大いに叱られるといいと思ったからだ。
「まあ、その優しさは忠行に向けられているんじゃなく、その奥にいる神達への
贈り物なんじゃないですか?ただの憶測ですが。」
・・楓は良い所を突いてくる。まったく、付き合いが長いのは考えものだ。
「いずれにせよ、我々に期待を込めて頼み込んだのです。
応えなければ龍穂君が恥をかくことになる。分かっていますか?」
せっかくの主の頼みだ。舐めてかかれば痛い目を見るのは自分達だと千夏さんは声を上げる。
俺の近くにいて安心しきってくれた証であり、純恋や楓を見て悪い気はしなかったが
隣で必死に戦う姿を見て、何か思う事があるはず。
「分かっていますよ。」
「ええ。やったりましょう。」
あれだけの数を式神契約を結んだんだ。忠行をしたった神々と契約を結ぶことだって
出来たはず。何故そうしなかったかを聞くことはあえてしない。だが、歩むはずだった道を
俺達の手で見せる事も、奴にとっては苦痛だろう。全員が支度を終えるまで、
全ての攻勢を大気で蓋をする。そして準備を整えた純恋達が術式が飛び込んで来ない事を
確認し、一斉に飛び出した。
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