第六百二十三話 人間の業
既に瀕死と呼べるほどの傷を負っているクトゥルフ。
いや・・・もしかすると、クトゥルフと呼ぶには少し違うのかもしれない。
「まだ・・・時ではない・・・・・!!!」
何かを呟き自らを奮い立てている。やはり、何か策を仕掛けている。
いや、恐らく既に仕掛けは終えているのだろう。奮い立てているのは自らの役目が
未だ残されているから。
「・・・・・・・・・。」
二つの得物を止め、奴の動きを観察する。奴の体に・・・”脳”と”心臓”が
果たして残されているのか。
「・・一つ、聞かせてもらおう。」
ここは立ち止まってでもはっきりとさせねばならない。勢いままにこいつの命を奪えば
何も得ずに勝利を収めた事になる。そして・・・多分それはただ目の前の肉の塊に
勝利しただけであり、クトゥルフに勝利を収めたことにはならない。
「・・・・・・・・・・・。」
奴は口を開かない。やはり何も情報を落とさずにここを護る役目を持っている。
疑念を確証に変える必要がある。配下達を向かわせつつ、みんなを抱えながらわずかに
距離を取った。
「お前・・・”忠行”、だな?」
違和感の正体。これは・・・これまでの経験が答えを導いた。力というのは、
魂が無ければ使えない。体というのは力を放つ器、その源は魂。俺の体の中に込められていた
封印は力を放つ制御に縛りを設けていた。それに対し、ハスターの場合は力そのものに
対しての制御が施されていた。体が強くとも、魂が弱ければ力の発揮されない。
その逆もまた然り。その最たる例は子孫達の姿。あれは肉体が魂の力に追いつかない所か
適合すらしておらずあのような無表情で無気力、されど所々に強者の姿を垣間見る様な
化け物になってしまった。
長年、クトゥルフとの契約を結んでいた忠行であっても、その力の全てを使うのは不可能。
何故ならクトゥルフの力は段違い。もし、式神として使役していたとしても
”離れた”としたらあまりの強さにその全てを持っていかれるだろう。
だが・・・肝心なのはどうやって式神契約を断ち切ったか。それが問題な訳だが・・・・。
「海の操作が行われていない。いや、むしろあえてやっていないんだろうな。
クトゥルフはどこに行った。今、何をしている。」
こいつならやりかねない。何故なら・・・強大で、洗練された水の力を持っているから。
「・・どういうことですか。」
俺の隣で千夏さんに問われる。突然の事であり、俺もついさっき気が付きそして線に成った。
分からないのもしょうがない。
「こいつはクトゥルフではないと言う事ですよ。」
「クトゥルフではない・・・?」
「ええ。それを証拠に海の力を使わない。いや、使えないんです。」
攻めて良かった。奴らの策にまんまと引っかかる所だった。
最期の虚勢。その意図をここで知れたのは大きい。
「覚えていますか。子孫達の魂を化け物体に封じ込めて俺達の前に立たせたことを。
あれの応用をやったんですよ。」
理論上可能なはず。本来ならそれ以上でもそれ以下でもない単なる予想。
それを確証にまでに押し上げたのは奴らの状況だ。
「ルルイエに命を吹き込んだ際に仕掛けを施していたはず。
それはあくまで保険であり、この戦場で決着をつけようとしていた。ですが誤算だったのは
俺の存在。兼兄と俺の両方からの攻勢を耐え、その間に惑星の支配を目論んでいた。
だが・・・ハスターへの封印が全てを狂わせた。」
俺をこの場で仕留めるなら、最低でも全てを使わなければならない。
子孫達の力、そして海の力を使わなければ時間稼ぎさえ出来ず今のように簡単に押し込まれる。
「・・・・・そうだ。」
手を止め、忠行が口を開く。決して観念した訳ではなく、真正面からの時間稼ぎは無理だと
判断し、言葉での時間稼ぎに切り替えた。
「もう一つだけ付け加えるとしたら、保憲の力を遮断されたのが大きい。
俺だけの魂では契約に限りがある。その上、力も技術も奴の方が高かったからな。」
「認めたってことは・・・おおよそ合っているってことだな。」
俺の考えが間違いだからこそ口開いた可能性も否定できないが、巧妙な策を敷くには
時間も力も足りなすぎる。
「確かに、この体には俺の魂しかない、クトゥルフの魂だが・・・そこまで来ているのなら
見当はついているのだろう?」
ルルイエしかない。一度敗北を喫している兼兄達がその場にいるはずだが・・・
あの人達が敗北の経験を糧にしないはずがない。
「ああ。向かってやらないのかなんて野暮なことは言うなよ。」
「言う訳無かろう。それでは役目を果たせんからな。」
あまりの潔さに・・・・・いや、深く考えるのは辞めておこう。
忠行が策を練っていようといなくとも、俺のやることは何一つとして変わることは無く、
そして結果も変わらない。
「・・賀茂龍穂。」
両手に収まっている得物を強く握り、止めを刺すために動かそうとしたその時。
忠行が俺の名を呼ぶ。
「一つ答えて見せたのだ。代わりに聞かせてもらおうか。」
「・・・・・何だ?」
「貴様、この国についてどう思っている。」
国・・・。日ノ本についてか。
「わしはこの日ノ本を長い事見てきた。陰陽と呼ばれる技術が伝わり、国そのものが
変わった時代からな。」
神や精霊、日ノ本で言えば妖怪に当たるが、それらと言葉を交わすならまだしも
使役関係を結ぶなど本来あり得ない事だった。どのような神であっても触れてはならない。
祟りなどに見舞われれば人間が出来る事など限られており、それは技術だけの話しではなく、
神の怒りを買った事を周りが周知する事で自分達にも被害が及ぶ可能性があると
最低でも村八分、追放ならまだいい方であり、最悪の場合処刑など行われていたと
過去の文献に残されていた。
神の力の恐ろしさを物語ると共に、得体の知らないものに対して人間の対応がいかに愚か
なのかを知らせるための資料として、現代に伝わっている代物であり、決して
対処を謝らなければ神というだけで恐れる事は無く、人間より力無き者達も数多くおり
力さえあれば使役関係と呼ばれる契約で支配できる陰陽術は日ノ本の歴史を動かしたと
言っても過言ではない。
「この戦いが始まる際、わしは言った。神の国にすべきだとな。
唐から陰陽と呼ばれる技術が伝授された際、希望の光が差したのだと錯覚した。
原因不明の流行病、訪れる飢饉。そ神が我らに与えた試練を少しでも解消できると必死に
勉学に励んだ。だが蓋を開けてみればそれらのほとんどが神の仕業では無かった。
当時では説明する事が出来ない現象であっただけ。」
「・・それがどうした。物事には落とし所が必要だ。」
「その落とし所が問題なのだ。この国では信仰を受ければ概念も神に成ってしまう。
分かるか?忌み嫌われる存在として産まれる神がどのような扱いを受けるかを。」
流行り病や季節特有の天候。そしてその変化に対応できない人間が起こす体調不良。
それらさえも人間は名をつけた。神ではなく、妖怪として恐れられる存在として
人間から距離を取られてしまった。
「信仰を受けるだけで神と成れるこの国は神達にとってしてみれば天国そのものだ。
だが、それは光の景色。闇を背負うのは人間でなければならない。」
忠行が言う闇の部分。それは単に妖怪達への扱いの事を指しているのではない。
忌み嫌われる者達にも役割があり、それらを必要とする者達も多くいる。
適材適所であるため、信仰を受ければ存在を維持できてしまう。
俺自身、それ自体を否定するつもりはない。何故なら置かれる立場や視点が少しでも
変わることによって正義は手のひらの様に簡単にひっくり返る。
神として崇められる者も、忌み嫌われる妖怪達も人間にとってしてみればそのどれもg
貴重な存在であることに変わらない。
「・・・・・・・・・・・・。」
では何故闇の部分とは何か。それは時代が進むにつれ神や妖怪達が引き起こす現象について
説明がついてしまい、信仰が薄れてしまっている事についてだ。
信仰無き者達はどうなるのか、その全てを知っているわけではないが・・・・・
人間の前から姿を消すのは間違いない。
「水から生み出しておいて、用済みになれば感謝一つなく信仰を止める。
長きに渡り陰陽を極めた私には、その景色が耐えられなかった。」
確かに・・・これは人間が追うべきなのかもしれないと思ってしまう。
それほどまでに人間は神を信仰しなくなった。それは一つの事実だ。
「・・それだけ人間が力をつけた証だ。古から続いた関係値も変わるほどにな。」
背負わなければならないのだろう。だが、その結果人間がひどい仕打ちをただ受けるのだけは
間違っている。力をつけた者と、元から力を持つ者が争えばその結末は酷く醜い形で終わる。
「その認識こそが間違っているのだ。人間は未だ弱い。神を超す事など不可能だ。」
神の国を作り上げると意気込むこいつはどんな言葉を送っても耳を貸す事は無いだろう。
クトゥルフを討ち果たすために、まずは自分の使命を全うしなければならない。
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