第六百二十二話 最後の策
全員を抱え、大きく踏み込む。何も阻むものはない。周りには純恋隊以外にも
俺を主として働く大気達がいる。
「ッ・・・・・!!!」
クトゥルフは俺の踏み込みに反応したが、全てを断ち切られた状態での対応は不可能。
強く握りしめ、振り下ろされた六華の刀身が醜い皮膚を切りつける。
俺の風は奴に何度も阻まれた。だが、この六華だけはクトゥルフに対し絶大な効果を
残し続けてきた。
(・・・・・・・・・・・・・。)
不思議だった。式神を入れる特殊な刀身を持った得物のはず。
こういった特殊な武器は得物特有の本来の使い方を想定して作られておらず、
式神の力を乗せて撃ち放つ斬撃をいかに強力にするかに特化され作られているはず。
その理由は単純。あまりに強大な力を持つ式神が込められる際、鋭い切れ味を作り上げられる
為に薄く砥ぎ上げられる刀身はどの強度に耐えることが出来ずに欠ける所か
簡単に砕け散ってしまうからだ。
『・・この刀身は地球上に存在する鉱石で作り上げられていない。』
あまりの切れ味はその勢いに拍車をかけ、振り切った先の刀身が触れていない皮膚まで
切り裂かれた事を確認していると、ハスターが呟く。
『その惑星内で作り上げられる鉱石は地球の環境によって生まれる産物。
地球の環境、生物や神に適応した物質しか生まれない。』
「・・これは確か、雑賀さんの一族によって作られたって話だったな?」
『そう。特集品だ。稲見は俺の力を龍彦にも使える様にと考え、封神刀にたどり着いた。
式神を込められる特殊な得物は多くあったが、龍彦が扱う刀は日ノ本屈指。
だが、それ以外の能力が乏しく距離が離れた相手に対して踏み込むことが基本戦術と
なっていた。戦いの中においてそれは大きな欠点だったが、奴が使う兎歩や縮地は
人はもちろん神であっても反応できない程に素早く、捕えきれずに体を切りつけられる者が
大半だった。』
それなら・・・わざわざハスターの力を使う必要はないだろう。
戦いにおいて距離とは間合いを指す。扱い術式や技術によってその距離は広くも
狭くもなるが、広ければ広いほど優位に立ち回れるのが基本とされている。
だが、反応できない程に距離が詰められれば話しは別。瞬く間に間合いを潰され
切りつけられれば相対する者は手も足も出ない。
近距離を得意とする者にとっての理想形を、父さんは作り上げており、
母さんは何故封神刀を作り上げたのかが気になってくる。
『お前の考えの通り、当時の俺も不思議に思った。磨き上げられた技術を持つ龍彦が
新たな選択肢を持ったことで生まれる迷いはむしろ奴を弱くするだろうと。
だが、稲見はそれでも譲らなかった。その理由も単純、距離を詰めるためにすさまじい負荷を
受ける足を心配しての事だった。』
何もできない事を良い事に、肘を思いっきり引いて突きを打ち放ち奴の体に風穴を開ける。
そしてもう片腕に携えられたグングニルで投げつけさらに風通しをよくしてやる。
醜く、重い体では素早い移動は難しい。その上触手も切り落とされてしまえば
さぞ体も軽くなった事だろう。
『奴は忠行やその配下達と戦い続け、足をひどく消耗していた。
当然だ、ありとあらゆる距離を詰める脚力と支える筋肉はもちろん衝撃を吸収する
膝などの関節が悲鳴を上げるのは道理。』
母さんの中にいたハスターから出たありとあらゆると言う言葉がどれだけの距離を指すのか
分からないが、文字通り全ての戦いで言葉通りの勝利を収めたのだろう。
そうであるなら足がボロボロになってもおかしくはない。俺達の前に姿を見せた時、
間違いなく義足では無かった事から、どうやら母さんも計らいは父さんの足を最後まで
守ることに成功したらしい。
『稲見の気持ちを察した龍彦は文句一つなく封神刀を受け取り、鍛錬に励んだが
お前の持つ六華が初めての封神刀ではない。日ノ本でとれる最高級の功績と熟練の
刀鍛冶師が作り上げた名刀でに一日どころか一時間も持たなかった。
これでは稲見の気遣いを無駄にすると龍彦や仲間達もありとあらゆる鉱石を集めたが、
地球上にあるどの鉱石も奴の剣術と式神の力を込められる刀身を作り上げることは出来なかった。』
「それで・・・宇宙を探したのか?」
『ああ。だが俺自身、稲見の体から離れるつもりは無かった。配下達に見つかれば
二度と地球に向かわない様にと説得されるのが目に見えていたからな。』
なら・・・どうやって宇宙の鉱石など見つけたのだろうか?
古来に飛来した隕石か、またはハスターの大気の力で宇宙から取り寄せたのか。
見当もつかないがもし前者であった場合、捷紀さんのような研究者がいれば手にすることは
可能かもしれない。
『いや、持ってこさせた。地球にいて且つ信頼できる配下がいたからな。』
ハスターの言葉は俺の中一柱の神の姿を思い浮かばせる。
気付けば遠く離れていた二つの力が援護を行っている星空の元へ合流している事に気が付いた。
『イタカの呼び寄せ、太陽系より遥か先の鉱石を取り寄せた。名前を付けられていない様な
鉱石だったが強度は十分。それを名のある刀鍛冶に渡し、出来上がったのが六華だ。』
氷を司るイタカが持ってきた鉱石で作られた刀。だから六華。雪の結晶を意味する言葉であり、確かにぴったりな名前だ。そしてもう一つ、納得がいったことがある。封神刀とは
本来高度な技術と剣術が共わなければ扱えない代物。
込めた式神の力が弱ければ斬撃の強度が出ず、また剣術が伴わなければどれだけ
凄まじい力を持つ式神が込められていたとしても、斬撃を打ち放つことはできない。
その力が俺に無かったとは言わないが、父さんでも鍛錬が必要な得物であるはずが、
受け取ってすぐさま扱えるようになったことを考えるに、どうやっているのは分からないが
素人でも扱えるような作りをしている様だ。
封神刀の制作を依頼したのは母さん。どこまで見ていたかは分からないが、
父さんへの思いは俺へと引き継がれ、簡単に扱う事が出来る封神刀は俺にとって万能で
一つの切り札として戦場で希望の光となっている。
「クソッ・・・・・!!!」
六華で突き、また切りつけグングニルは奴の急所と思われる部位を次々と突き刺していく。
子孫達の術式がこちらに向けて撃ち放たれるが、俺を護る大気達のおかげで
体に触れる所か打ち放たれた瞬間に消し飛ばされていく。明らかな圧倒。これがハスターの全て。
『先ほども言ったが、この大気達の動きは俺の力ではない。
お前自身の力、お前がこれまで見せてきた力を見た大気達が自ら頭を垂れた結果だ。』
手も足も出ず、体に開けた穴を防ぎきれずただ倒れる事を待つ事しか出来ないクトゥルフを
前にして、勝利という何よりも欲した結末の中に一つの不安が紛れ込む。
やはり・・・受け入れがたい。”このような簡単な勝利は”。
違和感はある。これだけ足掻いてきたクトゥルフ、そして忠行が目の前の状況をただ受け入れ、倒れることがあるのだろうか?奴なら俺から逃げるため、領地から尻尾を撒いて逃げてでも
敗北を拒むはず。それなのに・・・何故、こうも簡単に受け入れる?
(何か・・・・・。)
勝利へと突き進みながら、それでも違和感の正体を探る。少しでもいい。納得してから勝利を収めたい。こいつには後が残されていない。敗北の中に何か意味を込める余裕はない。
何か仕掛けるなら・・・心臓の動きが止まる前に、動き出すはず。
「・・・・・・・・・・ん?」
恐らく、いくつかの脳と心臓の機能は停止している。あとはその残りを潰すのみ。
勝利まで後少しと迫った中、俺はとある違和感に気が付く。
(波が・・・・・・。)
波が起きていない。ここまで攻め込まれているにも関わらず領地である海を使っていない。
ここまで来て諦めた・・・なんてことは絶対にない。何かある。
確実に策が講じられている。だが、目の前には瀕死のクトゥルフ。押さない理由は・・・ない。
「まだ・・・・・!!!」
大気に阻まれると知ってなお、クトゥルフは子孫達の術式で粘りに掛かる。
その意図を確かめるためにも、得物である槍と刀を振るいながら奴の行動を事細かく
観察し始めた。
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