第六百二十話 資格無き者達の憤り
「・・・何!?」
離れた位置で援護を続けていた星空に下された指示を聞いた謙太郎はひどく驚く。
「竜次先生達を助けろ・・・か。」
「何かあったんか?」
詳細な情報がない謙太郎達は、援護を届ける先が龍穂達で無くなった意味を理解できずにいた。
「確かに龍穂達がいた地点で感じたことの無い力が生まれた。だが、ありゃ龍穂の力だ。」
遠く、暗がりの中にいても感じることができるほどの強大な力。突然現れた瞬間、
星空にかなりの緊張が走ったが、その中に秘められた力は謙太郎達にとってしてみれば
見れ慣れた風の力だった。
「少し優勢に立ったから俺達を自分達の保身に変えたってことか?」
情報は限られているが、一つだけ確かな事は日ノ本の歴史を振り返っても例を見ない
巨悪である賀茂忠行、そして神の時代に封じられた地球の支配を試みるクトゥルフと
龍穂が戦っているという事。自分達はその龍穂を援護するために遠距離からの支援を行っている。例えまともなダメージを負わせられずとも、少しでも気を逸らせればと全力で
打ち放ち続けてきた結果をまともに知らされず、標的を変更を告げられれば不信感を
抱くのは道理であり、雑賀の様に文句を垂れる者も少なくは無かった。
「そんなことをする人たちじゃない。向こうに行っている人達は余裕の無い中で
戦っているんだ。必ず意味がある。」
「その意味を教えろっちゅうねん。分からんまま全力で魔術を打ち放ち続けるのも
限界があるで。」
手ごたえの無い攻撃ほど、精神的にくるものはない。攻勢とは、敵を責めているという
視覚的情報が無ければ実績として脳が処理を行わない。その達成感も無く、
ただ力を消費し続ける行為は心に疑念を生んでしまう。
「その気持ちはわかるが・・・。」
雑賀が垂れる文句を止めようとする伊達さえも同調してしまうほど、彼らは消費していた。
皇のおかげで体の負傷は塞がったが、ここまでの長期間の戦いで疲労した心の消費は癒えていない。
「戦果があるんなら報告入れろや。必死になって戦っている俺達の身にも
なって欲しいもんやわ。」
心の疲労は限界。たった一人でも不満を漏らせば、それは伝染していく。
このような状況において、部隊の長が規律を整えなければならないが肝心の皇太子は
万が一に備え後方で姿を隠している。業や白達も長を前線に送っており、
彼らをまとめる役目が誰一人として存在しない現状が悪循環を滞らせていた。
「・・・・・・・・・・。」
文句を吐く雑賀の横に立つ謙太郎は一切口を開かず、月明かりに照らされた戦場を
ただ見つめている。遠く離れた影の上から戦場の様子を把握するために目を凝らしているのか、
はたまた文句を垂れずただ我慢しているのか、共に過ごしてきた藤野はその隣で
様子を見つめるが、心中は分からない。
「・・はああぁぁぁぁぁ!!!」
ただじっと見つめているだけかと思いきや、突然大声を出し体から青い炎を放つ。
傍にいた藤野も突拍子の無い行動に驚き、その周りにいた全員の視線を集めた。
「なっ、なんや!?」
「彼らは死地で必死に足掻いている!!日ノ本のため、そして我々のために得物を振るい、
そして傷ついている!!!それに対し、我らは離れた位置からからただ力を振るっているだけ!!!安堵できる場であるからこそ、文句の一つも垂れる事が出来よう!!!」
謙太郎の怒号。それは欠いた長の役目に変わるべく放たれた叱責。
「分からないか!!詳細な情報を我らに伝える事が出来ないほどに、戦場は
目まぐるしく状況を変えている!!!標的が変わったからなんだ!!!
死地で戦う彼らが我らの援護を必要とするなら、その声に応える事こそ我々が出来る
唯一の戦いではないのか!!!」
死地にいる者達は文句を吐きたくとも、吐くことはできない。敵から離れ、海に蓋を
されている状況という安堵できる状況で吐き捨てるのは文句ではなく、
彼らを援護するための呪文や祝詞ではないのかと謙太郎は叫ぶ。
「・・・・・・なんや、術式の合間に文句ひとつ垂れちゃアカンのか。」
「その合間に襲われたらどうする!!その文句が彼らの命運を分けるかもしれないのだと
何故考えが及ばない!!!我らの無事を確保する彼らに、我々の全力を届けるを考えろ!!!
文句に回す声があるのなら、その分術式を放つのが我々の役目だ!!!」
再度文句を垂れた雑賀だが、始めの言葉で自らの愚行にすでに気が付いていた。
心の余裕があるからこその文句。疲労が脳の働きを止め、正当性があると勘違いすれば
無意識の内に垂れ流れてしまう。
「・・・・・そうやな。」
辺りの星空達が謙太郎の言葉に再度奮起する姿を見て、観念したように雑賀は呟く。
気が付いていた彼が何故再び文句を垂れたのか。それは謙太郎の言葉が披露した脳の奥底まで
届いていない事を確認したからだった。
「そうじゃ。役目を果たすため、全力を尽くそうぞ。」
疲れた体を奮い立たせ、次なる標的を確認するため月明かりに目を凝らす。
滲んだ視界を整えながら、戦場を見つめている最中。謙太郎の頭上から声が聞こえてきた。
「師匠・・・・・!!」
猛達を助けるため、傷つき一時離脱を余儀なくされた青とイタカが姿を現す。
一方は翼を羽ばたかせ、もう一方は白い風に乗っているがその子脇には助けたはずの
猛達が抱えられていた。
「ようやった、謙太郎。長のいない部隊に再度規律を取り戻したな。」
「誰かがやらねばいけない役目です。それが俺だっただけの事。」
「それが出来る者は限られている。もしもう一度同じようなことが起きた時、
もう一度引き締めてやれ。」
猛達は意識を持っており、二人が影に降りた、子脇から離れ傍に立つ。
「なんや。龍穂達に元に行くんちゃうんかい。」
「ああなってしまえば、俺達が出来る事はほぼない。むしろ今のあいつに近づけば
せっかく撃ち込んだ楔が解かれ、配下の契約が俺達の自由を奪うでしょう。」
一度神力が切れかけたことで、楔が緩まってしまっている。それでも契約自体は絶たれており、
距離を取る事で楔を維持できている。
「そうか・・・。確かにその方が厄介だな。」
「なので一度岸に戻ったのですが、その時にこの方たちを見つけたのです。
せっかく私達を庇ったのに・・・ありがとうございました。」
「何度も礼を言うな、真奈美よ。むしろ言うならわし達の方じゃ。
あのままではもう一度戦場に戻るのが難しかったからな。」
猛達を何とか守った二人だが、津波に襲われ岸まで流されていた。本来なら
海底まで引きずり込まれていてもおかしくは無かったが、皇の存在を恐れたクトゥルフが
いち早く陸地から離れ、領地に囲まれた沖まで退くことを優先したため一命を取り留める
事が出来た。だが、波に揉まれた消費が激しかった上にクトゥルフの力を取り込んだため、
強い陰の力により体の自由が効かずに動けない所を猛達が発見し、
クトゥルフの力を抑え込むことに成功したため再び動くことが可能となった。
「・・目覚めたか。」
遠く離れた龍穂を見つめるイタカは呟く。
「目覚めた・・・?」
「どうやらハスター様の力が完全に解き放たれていたらしい。」
「解き放たれたとはどういうことだ?今までのハスターが力を抑えていたと?」
「抑えていた訳じゃない。稲見の奴が封印をかけていたのだ。ハスター様の全てを
龍穂が受け止められないと予想し、龍穂自身の他にハスター様自身にも封印をかけていた。
あのお方は封印されていてもクトゥルフを倒せると踏んでいた様だが・・・
あれでも同じ宇宙の神という事だ。粘られてしまったな。」
ハスターの油断と言えるだろうが、使役者の実力の差もあれど万全の状態で真正面から
当たれば封印を解かれる前の状況でもよい戦いをするだろうとイタカは語る。
龍穂への贔屓は否めないが、簡単に勝負は決まらないだろうと青も同意して見せた。
「・・さて、どうやら兼定からの指示があった様だな。」
「ええ。標的を変えると。龍穂ではなく、自分達への援護を行えと・・・。」
「・・・・・ふむ。」
ここまで来て、兼定が自らの保身に走る男ではないと青はよく知っている。
何か考えがある。だが、それを実行するためには火力が足りないのか、はたまた別の
狙いがあるのか。
「・・戦場の動きは戦場にいる者以上に詳しい者はおらん。」
兼定の指示に従う以外にない。なら、やるしかない。
「謙太郎の言葉を聞き分かったであろう!我らにしか果たせん役目を全うする!!」
青の号令を聞き、全員が再び術式を放つため、構えを取る。
「もし、これ以上文句があるのならあちら側に突っ込むと良い!!
消し炭にされたければそれも良し!!だが・・・我ら援護が決定的な一打を生むことは
過去の戦を振り返っても幾度となくあった!!!」
不可能を可能にするには第三者の援護が不可欠。ここまで生きてきた青はそのような
戦を幾度となく見てきた。
「標的は兼定達!!ルルイエの破壊に・・・全力を尽くすぞ!!!」
全てが重なった時、勝利は見えてくる。そこに苛立ちなど不要な感情は必要ない。
青の号令の元、兼定達に向けて一斉に術式が放たれる。最も変化が訪れている
ルルイエとの戦いは、混沌の様相を見せていた。
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