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第六百十九話 小さく、大きな成長

「・・いいのですか?」


龍穂達を戦場に残し、兼定達が足を向けるのは竜次達が戦うまた別の戦場。


「いい、あの様子なら任せられる。ハスターと共に独りよがりで戦おうとしている所を

千夏ちゃん達がカバーしてくれるなら大丈夫だ。まあ、桃子ちゃんが声をかけて

踏み込む決断を下したのは意外だったけどな。」


いつもであれば純恋がその役割を果たしていたはず。策を講じる千夏と龍穂の傍で支える

役目を持つ楓は周りを見る必要があり、確証がない限り大胆に踏み出す提案はしない。

遠距離を得意とするものの、強気な性格から進言をするのは純恋が妥当。

そんな純恋を守る桃子がまさか踏み込むなんて選択をするとは思わなかった。


「あの子は周りに流されやすいですが・・・だからこそ周りをよく見ています。

千夏さんや楓さん以上にです。これは憶測ですが、攻め気を見せているものの自分達の存在が

僅かに枷になっている事に気が付き、鍵を解いたのでしょう。」


桃子が声をかけなければ、恐らくは純恋が同じことを言っていた。

純恋も桃子と付き合いが長い。悩む龍穂に気が付いていただろうが、その様子を伺っていた

桃子にも気が付いていた。


「なるほど・・・。なかなかに大胆だが、それを察したのは純恋ちゃんか。

千夏ちゃんは冷静こそあれど、その性格から確信が無ければ龍穂の心情を語ることは無い。

楓は楓で龍穂の事を信頼しすぎている。純恋ちゃんも同様、発破こそかけるが

最終的には龍穂の声を待つ事に徹する。これまでの付き合いで龍穂の事をよく分かってくれた

上でしっかりと察してくれるのは助かるな。」


若い龍穂達にはまだ伸びしろがある。力も、術式も。そして何より精神はまだまだ余地を

残している。力と術式は日々の鍛錬で伸ばすことができるが、精神は限られた場所、

そしてタイミングでしか伸ばすことができない。

例え苛烈を極める戦場を何度も体験していても、何かきっかけを掴むことが無ければ

大きく伸ばすのは難しい。他者がどれだけ進言しようと、受け取り方によっては

その芽を伸ばすことが出来ない事もある。要は自分次第、何を目指しどのような結末を

迎えたいかを明確に持たなければならない。


「そうですね・・・。」


純恋や楓、そして千夏は自らの立ち位置がはっきりとしている。

龍穂と共に歩む、龍穂を傍で支える。魔道省長官を引き継ぐため、頼りになる龍穂と共に

魔道省を立て直すため。

だが桃子は立ち位置がはっきりしておらず、純恋の従者という立場が彼女を苦しめていた。

あの夜、純恋の恋心を後押しするために龍穂を誘い、そして共にした。

それは従者としての立場であり、抱かれてもいいという言葉を心の底からの真意。

だが従者としての立場がそれ以上を許さない。幼いころから純恋を第一に考えてきたからこそ

自らの声を抑え込み、純恋の言葉を待った。


「格式とは面倒なものです。青い若葉の彼らをきつく縛り上げてしまうのですから。」


「日ノ本じゃ仕方がない事だ。縛りは多いが、その点融通が利く。」


一度離れる決断を下した思い人を絶望の淵から取り戻したのは主人。

そこで桃子は再確認した。龍穂には純恋が必要、自分は二の次でいい。むしろ、そのほうが

都合がいいとさえ思っていた。だが、それでも龍穂は死にかけた。

絶望から戻り、希望のために戦っても、龍穂だけでは勝てないと思い知らされた。


「融通ですか・・・・・。」


自分は純恋の従者、その立場は変わらない。競う気もない。そう思っていたはずだが

いつも見てきた龍穂の迷う姿に、思わず声をかけた。


「融通とは、格の高い方だけが持つ特権でしょう。」


「否定はしないが・・・格なんてものは人間が作り上げたただの格差だ。思いの前には

ただの飾りだよ。」


主君である純恋ではなく、自分が先に声を上げることがどれだけの事か。

龍穂は知らないだろう。いや、それでいい。対等に見ている証拠だと桃子は嬉しく思っている。

立場を重んじはすれど、龍穂は格式だけでは人を見ない。純恋の従者だから抱いたのではなく、

一人の女として抱かれたのだと内心嬉々としていたが、戦場だからとすぐさま切り替えた。


(人を見ている様で、かなり鈍いからな。あいつ。)


その鈍さが桃子を救っている事を龍穂は知らない。戦場の中であっても、小さな助言がどれだけ勇気がいる事だったかなど、知らなくていいと桃子は思っている。


「・・戦場じゃ格は役に立たない、俺達が出来る事をやろう。」


その姿をみて、兼定は離れる判断を下した。全てが嚙み合えば例えクトゥルフであろうと

今の龍穂には敵わないだろう。それほどまでに、ハスターの力は強大。兼定が求めていた

力そのものだった。だが、クトゥルフにも切り札がある。

惑星の支配。戦いの中でノエルが導き出したクトゥルフの狙い。

よくよく考えればそれが非現実的であることを兼定は気付いているが、

この近辺の海を完全に支配下に置かれるだけでも勝負が決まりかねないと兼定は動き出した。

今の龍穂であれば、対等以上に戦える。それほどまでに龍穂は力をつけた。

だが、問題は別。龍穂の手の届かない場所を襲われる危険性を孕んでしまう。


「俺はルルイエが怪しいと踏んでいる。」


皇が力を使った時点で、これはどす黒い日ノ本の歴史の決着から国をかけた決戦へと

置き換わっていた。龍穂も当然気付いている。だからこそ、遠く離れた領地への侵攻は

龍穂にとって大きな負担となってしまう。


「ルルイエですか・・・なるほど。」


日ノ本は島国。海に囲まれており、海を領地とするクトゥルフに巨大な津波を引きこされれば

多くの人間が被害にあう。その知らせを聞いた龍穂は狂気で慣れさせた強気を失い、

今度こそ敗北を喫するだろう。


「何処までも精神を追い詰めてきますね。」


「それが奴にとっての勝ち筋だからな。奴は気付いていた。ハスターの力を

全て解放していない龍穂なら、有利さえ取れれば勝てると。だからこそ周りの味方を

一枚一枚丁寧にはがしていった。だが、もうそれは出来ない。あれが精いっぱいだ。

虚勢を張り、ただ耐える事で俺達を考えさせる。もし俺の予想が外れても、今の龍穂なら全て対応できるだろう。なら、俺達は龍穂の勝ち筋をより濃くした方がいい。」


万全な龍穂を前にクトゥルフは手も足も出ない。頼みの綱はルルイエ。

龍穂を前にして、惑星の支配は出来やしない。恐らく、別の何かに役割を任せたと

兼定は踏んでいた。


「ルルイエはクトゥルフの力を込められているが、竜次達を押し込めるほどではない。

下手をすると・・・・・。」


月詠の力で増した竜次達を手こずらせるほどの者は限られる。

相手が悪く、まともな戦果を挙げられていないが、彼らの実力は本物。


「・・・・・何か悪い予感でも?」


それを押し込むほどの力・・・、そしてルルイエ。まだ仕掛けられる種を奴は残している。


「・・急ごう。」


だが、それも限られている。一つ一つ潰せればと考える兼定だが、一度目の敗北が

心にこびりついている。それもその時のメンバーが集まっている。

誘われているという悪い予感が頭から離れない。


「二度目はない。龍穂に見放されちまう。」


「そうでしょうか?あの子なら我々を助けてくれそうですが。」


それでも、もう一度戦わなければならない。そうでなければ、これからこの国を

支える龍穂に頼られなくなってしまう。この戦いはただ因縁を断ち切るための戦いではない。

日ノ本の今後を見据えた戦いなのだと春を奮い立たせようとするが、

当の本人は上手く躱してしまう。


「お前な・・・・・。」


「ふざけているわけではありません。それほどまでに彼らは頼もしい。

もはや我々の助けはいらない程です。心配しすぎでしょう。

ですが・・・あなたの言う事も一理ある。見放される事は無いでしょうが、大人として

彼らに失望されない様にする必要はあります。」


先の事など考えるな。今は目の前の事に集中しろ。格や業の立場など一切関係ない。

今ここにあるのは子供である彼らの前を歩く大人という立場のみ。


「・・・・・そうだな。」


春もまた、兼定を支える立場。千夏や桃子の様に、道を誤らせない言葉をかける。

敗北など、何度も重ねてきた。大切なのは折れない精神。希望にすがり、這ってでも

前に進み続ける屈強な心。泥臭くとも進む姿を見せる事もまた、大人の役目。


「周りに伝えろ。目標を変える。」


手を打つなら早めがいい。そう決断した兼定は春に指示を送る。

最悪の結末を再び迎えないために、影なる業の長は動き出した。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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