第六百十七話 王たる者
「来たか・・・・・・。」
怒りで・・・大気が震えている。これは、鬨の声という事なのだろうか?
日ノ本を照らす太陽が登っていようが沈んでいようが関係ない。
俺がいる限り、この大気は俺の領地。踏み込む者は排除しなければならない。
声の代わりにその体を震えさせる大気達や・・・何より純恋達がこれ以上、俺に失望しない様に
真正面から打ち破らなければならない。
「この空は・・・俺の物だ・・・!!!」
俺は・・・弱くはない。強い。何故弱者の立ち回りをしなくてはならないのか。
そう、俺は支配者。俺の許しがない者を、何人たりとも踏み入れてはならない。
「・・態度がデカいな。」
無礼だとでも言いたげにクトゥルフは俺を睨みつける。だが、その口ぶりと態度が合わない。
「そう思うのなら、排除すればいいだろう?」
俺の代わりに兼兄が口を開き煽りにかかる。つい先ほどまで攻勢を仕掛け、そして応戦されていた。だがそれにしてはにしてはずいぶんと余裕がある。
「俺に相手をしている場合じゃないんだろ?ほら、このままだと簡単に葬られるぞ?」
クトゥルフは俺の力を感じ、攻めを止めた。だからこそ兼兄も余裕を見せている。
勝機を見出すのなら、兼兄は攻めるべき。ここまでの戦いで一度敗北を喫した兼兄が
分かっていないはずもなく、すぐそばにいる毛利先生も同じ。
あの人の気まぐれで手を出さないのなら、毛利先生が声をかけるはず。だが、あの人も
声をかける素振りもない。
「・・・・・・・・・・・。」
俺に・・・殺せと言うのだ。敵を排除しろとその視線が言っている。恐らく、これを
待っていた。ずっと・・・俺が全てをなぎ倒そうとするこの時を。
神道省長官。現在の皇の立場に変わるのは一筋縄ではいかない。皇を長らく支えた
親父でさえ副長官の座に留まっているんだ。相当な実績が無ければその座に座ることができない。傾いた日ノ本を救う様な・・・英雄。その英雄を兼兄は欲していた。
それは理解していたが、認識が甘かった。ただ俺の一族の使命を果たすだけでいい。
その過程はどうでもよく、星空全体で勝負を決められれば一番”楽”な道だと思っていた。
楽などと言えば語弊があるが、どれだけ俺で戦おうと勝機は見いだせないと勘違いをしていた。
それこそが、最善の道であると。そして、その認識さえも間違っていた。
「・・・・・!!」
体に生えた触手を純恋達の腰に回し、近くへ抱き寄せる。
「もう少しだけ、こっちに来てくれ。」
俺がやらなければならなかった。力無くとも、全て背負わなければならなかった。
純恋達の気持ちも、みんなの体も。全て、俺がやらなければならなかった。
これでは前回と同じ、純恋達の怒られてしまう。だが、一つだけ違うのは全て投げ捨てる
のではなく、全ての思いをこの体で背負う事。俺は逃げない。逃げずに立ち向かう。
純恋達に気付かされた時は自らの力に信頼を寄せる事が出来なかった、今は違う。
『・・そうだ。それが護ると言う事。投げ捨てるな、全てを受け止めろ。』
兼兄達が期待の眼差しでこちらを見つめている。立ち止まるのは決戦において禁忌。
だが・・・あれはきっと、俺が兼兄達の期待の姿にやっと追いついた証だろう。
用意された戦場・・・・・いや、それは違う。ここまでが謀によって進んでいたとするなら、
俺は一生あの人を恨むことになる。兼兄だって皇を死に追いやることは望んでいなかったはず。
なら、これは命運。俺とハスター、そしてクトゥルフと忠行。
同じ血が流れる者同士の結末を、誰かが望んでいる。
「ハスターの力を全てその身に宿したことでずいぶんと生意気になったな。
だが、貴様は只の傀儡。ハスターの良い様に———————————————————」
悔し紛れか、何か企んでいるのか。クトゥルフは俺に向けて口を開くが
周りの大気達がそれを許さない。主の友に何を言うか、貴様が無礼だと反発する様に
凄まじい切れ味を持った突風が吹き荒れ、広がった触手を切り刻む。
「・・生意気?それはお前の方だろう。」
それは風が作り出した刃。そして、先ほど様に兵達が明らかな殺気を向けて既に配置されている。
「風の・・・精の様に見えますね。」
風の精霊。日ノ本で言えば妖怪に当たるが、例えるなら・・・精霊風が近いが近いだろう。
盆に吹く単なる風、だがこれに当たれば急病や倒れてしまうと特定の地域では恐れられており、
死者が吹かした風であると盆の時期には成るべき外に出ないようにと言い伝えられていた。
『そのような伝承に例えるとは、まだ自信が足りないか?』
心の声を聴いたハスターが、俺に尋ねる。ただ目の前の光景を例えただけだ。
『王たる者、民を必要以上に下に見ていると判断を誤る。たとえ話などするな。
目の前にいる風は唯一無二。兵となった民達はお前が思っている以上にお前という
人間を見ている。』
言動を改めろ・・・か。この全ての大気が俺を慕う民というのなら、確かにその通りだ。
『いいか?お前は俺の様に生まれながらの王ではない。今までの戦いの中で大気達の信頼を
得てきた。だからこそ、民の信頼は何時までも勝ち取り続けなければならない。』
大気に民と言う言葉を使うのが正しいのかは分からない。だが、ここは八百万の神が
住まう国。形ある者から概念まで、その全てに神が宿る国で大気だけが例外ではない。
その神を従えてると言うのはあまりに失礼な話しに聞こえるが、彼らが俺を信頼しているのなら
答えなければならない。
「奴はこの俺を仇成すどころか虚仮にまでして見せた。我が友、ハスターをだ。
これが無礼だと言わず、なんと言えばいい?」
俺の言葉に、大気達はさらに声を上げる。クトゥルフには慕う民はいない。
いや、そのほとんどが兼兄達白によって打ち破られた。
謀一つ行うにもその身で行わなければならない奴と多くの民を持つ俺とでは大きく違う。
「進め、そして教えてやろう。我らの恐ろしさを。踏み荒らす者を・・・討ち果たそう。」
手に持った六華を握りしめながらさらに足を進めると、その姿を見た兵達は一斉に
歓喜の声を上げ、すさまじい突風にその身を乗せクトゥルフに迫る。
指示だけではなく、俺自身が前線に立つ姿を見せた兵達は後れを取るまいと走り出すのは
必然だ。
「何が・・・起きてるんや?」
「あれは俺の兵隊だ。意志を持って戦ってくれる。」
不思議そうに見つめる桃子。通常であれば受け入れられないだろうが、みんなは俺が
戦う姿を見ている。創造と呼ばれる力を使い、俺が思う様な神を作り上げていたからだ。
「そうか。じゃあ、良く戦ってくれるな。」
受け入れてくれて助かる。後は・・・俺が向かうだけ。
純恋達の心から完全に恐怖を取り除くには、見せつけるしかない。
腰に回した触手を緩め、足を進める。試す様で悪いが、今の俺の信頼を見るためにある程度の
自由を与えてその足取りを確認する。
千夏さんと楓は得物を取り出し、周りを警戒している。自分達のみは自分達で護ると
思っているのか、それとも未だ俺を護ろうとしてくれているのか。
純恋は俺の言葉を信じ、歩みに迷いは感じさせず、桃子は純恋に身を寄せ辺りを警戒するが
その足取りは重く、震えてさえ見える。
まだ・・・足りない。どれだけ力を見せようと、この戦いで跳ねのけられた経験が
脳裏にこびりついている証拠だ。
『見せつけてやれ。誰を信頼すればいいのかを。』
俺への信頼を取り戻すため、空気を掴み形を作り上げる。
術式はもう必要ない。何故なら掴んだ空気が奴を殺すために最適な形になってくれる。
(神を・・・殺す・・・・・。)
神とは信仰を受けなければ存在できない。人間で言う心臓か血液か。信仰という力が
どういう機能を果たしているのか。はっきりと分かっていない。
そもそも人間が神の神秘について触れていい訳がない。高天原がどういう場所なのか、
信仰無き神がどこへ行くのか、全てがはっきりしていない。
宇宙の神が地球上の神と同じ存在なのか、ただ人間と同じ生命体が神という名を
持っているだけなのかなんて知るはずがない。
そんな神を殺す方法についてはっきり言えば見当はつかないが、神という存在を離れないので
あれば・・・試す方法はある。
「・・グンニグル(神殺しの槍)。」
必殺必中の槍。その威力は神をも破壊する。一度、見たことがあるので再現は容易。
竜次先生が持っていた物が本物なのかどうなのかは今更どうでもいい。
あいにくルーン文字は使えないが、その効果を創造は出来る。
絶対的な死。逃れられない死。これを奴に与えられる。
そうなればいいのではない、そう願う事で済まされない。奴の命を奪う、
ただそれだけに絶対的な自信を持つと、いつの間にか長い槍の柄がその手に握られていた。
穂先は針の様に鋭く、刃が長い。そんな槍を強く握り掲げる様に頭の横に構え、
強く投げつける。必中の槍は奴の頭目掛け突き進むと、反応が遅れたクトゥルフの額を貫いた
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