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第六百十六話 焦り過ぎた可能性

「あれはなんだ・・・!?」


ルルイエと戦う竜次達。初めこそ膠着状態に陥っていたが、強くなる遺跡の力に

徐々に押されていた。このままではクトゥルフの手のひらの上で踊らされるばかり。

速く目の前の遺跡を破壊し、兼定達の元へ行かなければならないと焦心を隠せない槍さばきを

見せていた竜次の視線は焦りの元へ向けられる。


「クトゥルフと同格・・・いや。」


「それ以上と言っても過言ではありませんね・・・。」


兼定の力は感じる。ニャルラトホテプの力ではない。新たな旧支配者の介入があったのか。

ヴルトゥームが目覚める周期は異なる。では、姿を見せないツァトゥグァか?

クトゥルフが地球を手にしようとする瞬間を狙い、手柄を奪い取ろうとこの場に来たのかもしれないという憶測が古き英雄達の頭の中に流れるが、その仮説を否定したのはノエル。


「・・他の神は考えずらい。何故なら外なる神を含めた宇宙の主神格があの場に三体もいる。

私であればわざわざあのような最終局面ではなく、勝利を収めた後に栄光を奪い去る。

仮にこのタイミングで出てくるような神は自らの力を勘違いしている大馬鹿者です。」


「じゃあ・・・なんだっていうの?」


クトゥルフの力は健在。兼定の力も残されている。となると・・・後は一つしかない。


「龍穂の野郎だな・・・!!」


二人より力の察する勘が鋭い竜次は強大な力の中に龍穂の力が残されている事を感じとる。

龍穂の中にあるハスターの力が前面に出た結果。


「龍穂君しかいない。どうやら、私達さえ知らない何かが彼の身に起きたと言っていい。」


「それは・・・そうなるのでしょうけど、でもなぜここまで隠していたの?

兼定とはいえ、さすがに意味がないわ。」


「知らなかったのでしょう。兼定が隠していたのはあくまで龍穂君に影響のある封印のみ。

ハスターに干渉する様な封印はしていないのでなく、出来なかった。

兼定が知らなかったのは当然の事。」


外なる神の厄介さをハスターが知らない訳がない。その力を持つ兼定が掛ける封印術は

確実に拒まれるだろうとノエルは付け加える。


「筋は・・・通るわ。それが本当なら心強い以外にない。でも、だからこそ少しだけ気になるの。」


「気になるとは?」


「龍穂の実力を疑っているわけじゃない。むしろここまで段階を踏んだことでハスターの力を

操れるのはもちろん、今まで使ってきたオリジナルの術式も扱えるはず。」


「・・今の所、不安要素が無い様に見えますが。」


「あれがハスター本体の力なら、同じ神であるクトゥルフの同等の力があるはず。

これ以上の力が残されているのなら・・・・。」


同じ乳を持つ二体の神。その力の優劣に関して詳細な記述を持つ資料はない。

だからこその可能性にアルは未曾有の恐怖を抱く。


「可能性は否定できません。むしろその方が可能性が高い。」


「私達にやれることは・・・・・。」


クトゥルフの支配を止める事。それは懸命にやっている。


「無いのかしら・・・。」


「今やっているではありませんか。それに、現状は龍穂君の力が高く、

そして惑星の力をクトゥルフが手に入れたとしても大きく引き離されることは無い。」


ノエルの言い分を信じることが出来ないアル。あまりに確証の言葉に対して当然の反応だった。


「何故そう言い切れるの?私達はここまで・・・・・。」


「そうですね。かなりいいようにやられてきた。それも奴の策なのでしょう。

ですがそんな小細工をしてまで私達と対峙する必要があった理由が必ずある。

ここまでの長い年月で惑星を支配出来なかったのが一つの理由。それが出来ていれば

このような事をせずとも、我々を滅ぼせるのは明白ですから。」


こうして対等な立場で戦っている時点でクトゥルフにとってしてみれば相当な劣勢。

忠行の寿命という理由こそあれど、あまりに劣勢であれば見捨てる選択肢もあり、

ルルイエの中に留まれば惑星の支配を安全に行う事も出来たはず。


「・・・・・そうね。」


「では何故、このタイミングで出てこなければならなかったのか。それはハスターの存在以外に

無いでしょう。ハスターが人間と心を躱し、長く地球に留まる事があればいずれ戦う事になる。

それだけだったらまだいい。もし自らが海底に封印されてることがバレ、まともに戦えない

状況で戦えば負けるのは目に見えています。」


全ての誤算。それはハスターが地球にやってきた事。あの日、木星の近くに人間が打ち上げた

衛星が通らなければ、その中に積まれた一枚の黄金のレコードの音を聞かなければ

人間に興味を抱くことは無かった。興味をそそられた音を偶然奏でていた少女がいなければ、

その少女と共にし、心を通わせる事無ければ何事も無く地球を手にしていたはずだった。


「この惨状を見ても、クトゥルフが追い込まれていると言いたいの?」


「ええ。これは希望的観測ではなく、様々な情報を整理した上で出した答え。

ハスターがこの地球に来た時点で広大に広がっていた選択肢が急激にせまばった。

そして、運命の悪戯か必然か。ハスターが付き添う彼女はクトゥルフと因縁を持つ

一族と結ばれ、こうして直接戦う命運を辿っている。」


ハスターも少女に興味を持った時点では長居するつもりは一切なかった。

未だ木星を支配できておらず、その悩みから少し気を逸らせればいいと軽く考えており

クトゥルフもその状況を把握しておりすぐに帰るだろうと高をくくっていた。


「こうしてクトゥルフが地上の現れたことで考える機会が生まれ、出た私なりの答え。

一度心を折られているのですから思考がネガティブ方向へ向かうのは仕方のない事です。

なので前を向くために、もう一つだけ言わせてほしい。ハスターとクトゥルフには大きな差があることを。」


ここでもまた、これまでの敗北がアルの頭の中に走馬灯のように流れていく。

一度の敗北で勝敗が喫した現実を見ても、そう言いはるノエルの答えを静かに待つ。


「二体の差は人間を媒体にした戦いでは全てを見切れない。それは力を発揮する側の実力が

大きく左右する。龍穂君に施された封印が良い実例です。

使役者を抜きにした二体の神の大きな差。それは・・・たどり着いた惑星での結果が

全てを物語っている。」


ハスターとクトゥルフ。この二体について、惑星を支配したという記述はない。

だが、龍穂がハスターから直接聞いた情報では今も太陽系最大の惑星である木星を

侵略途中という報告があった。それを聞いたノエルは二人の大きな差はあると判断したのだが、

たったそれだけでは察することが出来ないアルは不思議そうな表情を浮かべる。


「ハスターの記述はありませんが、クトゥルフの娘であるヌクトーサとヌクトルーの

二柱が木星の大赤斑に幽閉されているという記述があったことを覚えていますか?」


「覚えているも何も・・・神道省襲撃の後、ノエルが私に調べる様に指示をくれたじゃない。

詳しく覚えているわ。」


「ええ。当時の私は敵がその力を使っていた事だけを理由にあなたに指示を出しましたが、

同時に少しの違和感を抱えていた事を覚えてます。

その違和感がここに繋がっている。何故なら、生命が存在できないほどの環境である大赤斑の

中に幽閉できるほど、木星の大半を支配下に置いていた事の何よりも理由なのですから。」


ガス惑星である木星はハスターと言えど完全に支配下に置くことは出来なかった。

だが、大赤斑を牢として使用できるほどに支配を進めていたのはその逸話から察する事が出来る。


「惑星を支配一歩手前まで迫った者と、惑星に住む生命体との戦いに敗れた者。

その二体には大きな差がある。そして私なら・・・それを埋めるために必死になって

策を練り上げるでしょう。」


策はいくつか用途はあるが、一番大きいのは力無き者が強大な敵を仕留めるための

謀しての側面が多い。何故なら力を持つに対抗するには法を尊重しない事が多く、

力ある者が行った場合、敵を排除する以上のリスクが大きい。

闇に潜む忠行はそもそも法を気にする必要はないにしろ、圧倒的な実力があれば

真正面から打ち破る事こそ、後々王座に就くことを思えばむしろ好都合のはず。


「経験や実績はその者の実力に直結します。彼の間にはそれだけの差があるのでしょう。」


「だからこそ・・・惑星の支配を・・・・・。」


「その差を埋めるにはそれだけの力が必要。ですが、よくよく考えれば現実的ではない。」


暴れる竜次をカバーするための魔術を放ちながらノエルは締めに掛かる。


「この海は世界に繋がっている。ですが、我々の中では区切りがされている。

それは単なる名付けではなく、領地としての主張など人間にとって重要な線引き。

故のその主張を行った国家が持つ歴史がその海には込められている。

あのような強大な力をもってしても、ここから主権を奪うのはあまりに難しい。」


「そうね・・・。それが出来ていれば、当の昔に地球は支配されているわ。」


「ですが、現状それが比較的やりやすい国家がある。国の象徴を失った日ノ本は

主権を持つ者の主張がなく、寮内の海であれば支配は可能。」


「焦り過ぎたわね・・・。」


「いえ、これが焦りすぎでもない。奴が我々に勝利を収めたのち、やる事と言えば

ただ一つ。支配した海の力を使いさらなる領地の拡大。それが積みあがれば・・・・・

分かりますね?」


この星の七割が支配されれば残りの三割など時間の問題。警戒をして当然の事。


「・・そうね。」


焦りの原因。それは自信の喪失。ここまでクトゥルフ教団と戦ってきた自信を奴は一手でへし折ってきた。それがここまで尾を引いている事をアルは自覚する。

敗北をして尚戦い続けるには二つの選択肢がある。受け入れるか、反発するか。

見ればノエルは目の前の敵を討ち果たすことに集中している。どうやら敗北を受け入れ、やれる事だけを見つめていた。それは決して唯の割り切りではなく、龍穂への信頼もある。自分達より実力は上、勝機は圧倒的に高いと。ひとまずは目の前、他を気にしている場合じゃない。

龍穂の怒りを感じつつももの前の巨人を片づけるために意識を戻した。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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