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第六百十五話 憤怒

色もついていない空気の上を、みんなでゆっくりと歩く。

奴も俺達の接近には気付いており、荒れる海で応戦しようとするが水しぶきさえ

届くことは無い。

決して空気を操作しているのではなく、まるで水が俺を避ける様に勝手に動いている。


(これは・・・・・。)


術式は発動していない。魔力、神力さえも使っていない。なのに・・・俺の都合よい

景色が作り上げられている不思議な光景に、俺でさえも違和感を覚える。


『大気が既に分かっている。お前が一体何者なのか。この場の支配者が一体誰なのかをな。』


純恋達は黙って共に進んでいるが、荒れ狂う海に向けられた視線が不定期に俺の方へ

移るのを感じる。目の前の現象が俺によって引き起こされていると思っているようだが

何にも力を使っていない事を不思議に思っている。


「支配者・・・か。」


海は奴の支配下。荒れ狂いながら俺達を襲いに来ている。高く跳ねしぶきを上げ、俺の領地へと

侵攻している。


「・・そうだな。」


今まで好き勝手にやられてきた。今こそ反旗を翻す時。しぶきを阻む大気達が俺に

訴えかけてきている。あのような好き勝手されては空気や風もさぞ神経を逆なでられただろう。


「・・・・・やるんか?」


「やるよ。だが、このままゆっくり行く。」


大気の動きが明らかに変わった。クトゥルフの事だ、気が付かないはずがない。

俺の力を存分に感じながら兼兄と戦うのはさぞストレスが溜まる事だろう。


「安心しろ。俺がいる。」


大丈夫だと伝えても、暗闇が広がる目の前の状況を見てしまえば不安は残る。

完全に安堵させるには、変わり果てた俺の力を見せつける必要がある。


「・・一応、一つだけ報告を。つい先ほどの事です。毛利先生から連絡が入りました。

クトゥルフの狙いについてですが・・・憶測の域を超える事は無いが、どうやら

惑星の支配を狙っているとのことです。」


惑星の支配・・・か。とんでもないことを狙ってくれるものだ。

今の報告はどうやら千夏さん宛に向けられた様で、純恋達にわずかな緊張が走る。


「惑星ですか・・・。油断しているわけではありませんが、それは不可能だと

言わせてもらいましょう。」


「それは・・・何か思い当たる事があるのですか?」


四方から向かってくる津波を見ながら、千夏さんの問いに答える。


「惑星の定義によりますが、地球を包む大気は俺が支配しています。

それに奴は大地を支配する事は出来ない。何故なら大地は既に我々が根付いていますし、

国や民族が住まう土地の大半に化身と呼ばれる強い力を持つ神がいます。

奴と言えど、この場からその神を滅ぼし全てを奪うのは難しい。精々・・・海が限界かと。」


大地と空、そして海。地球を大きく分けた時、その三つと答える事が出来る。


「ですが海を支配する事が惑星の支配と言うのは誇張とは言えません。

龍穂君は精々と言いましたが、我々かすればそれだけでも十分脅威。

毛利先生の報告の中で唯一の朗報は、奴はまだ支配の途中であり止めることができる

絶好の機会だと言っていました。」


確かに、奴は海の全てを支配しているとは言い難い。操作の範囲が拡大されただけで

その全てを手中に収めるにはあまりに小さく、止めるには今しかないだろう。


「・・・・・・・・・・・。」


それでも、このままでいくべきだと俺の本能が訴えかけてくる。


「・・完全なる敗北を、与えてやるべきだと俺は思います。」


迫ってきたはずの津波が何かにぶつかった様に跳ね上がると、突如吹き込んだすさまじい突風に

吹き飛ばされ消えてなくなる。


「心身ともにへし折らなければならない。肉だけではなく、骨まで叩き折り二度と

この日ノ本に踏み込めないと思わせなければならない。」


「それは理想です。現実はそうはいかないとここまでの戦いで身に染みているでしょう?」


千夏さんは俺を疑っている。だが、それは仕方のない事。

力を取り戻し、傷が塞がったとしても、折れた心はなかなか立ち直ってくれない。

一度敗れた恐怖。失いかけた恐怖を持っているのはみんなも同じ。


「わざわざ勝機を・・・・・。」


ただ強気を見せている訳じゃないと伝えたくとも、今の千夏さんにはただの感情論だと

突っぱねられる。それだけ・・・恐れている。あの敗北は本当に多くのものを俺から

奪い去っていった。


「あら、地雷を踏んじゃいましたね。」


取り戻さなければならない。信頼を、安堵を。やはり、奴には真正面から敗北を

叩きつけてやらなければ気が済まない。これ以上、隣に立ってくれるみんなに

不甲斐ないと思われるのは御免だ。


「これはだいぶ切れてますね。どうします?千夏さん。」


「私は・・・ただ・・・・・。」


「龍穂を思って・・・やろ?ド正論やと思うし、気持ちも分かる。

やけど・・・まあ、こいつも男ってことやな。」


頭が沸騰しそうだ。千夏さんにそう思わせてしまった事が腹立たしい。

思い知らせてやりたい。奴より、俺の方が信頼できると。実力も全て、上であると。


「おうおう。こりゃ、ただの大口叩きじゃないな。」


怒りを露わにした俺に感化されたのか、大気達が震えだし辺りの景色が歪んでいく。

王である俺が領地を踏み荒らした者に対し、鉄槌を下そうとする姿は配下達の指揮を

上げるには十分だった。


「これは・・・・・。」


「嫉妬したんでしょうね。千夏さんがクトゥルフの実力を信頼している事に。」


遠慮はいらない。奴に俺達の怖さを教えてやろう。そう訴えかけてくる大気達は

一つの一つの分子たちが集まり出し、人の形となって俺を囲む。


「軍隊か。力を使った気配ないのに、よくやれるわ。」


刀、槍だけではない。剣や鞭などといった日ノ本では使われてこなかった武器を持った

兵士たちが俺の動きを待っている。


「・・怒らせたのなら謝ります。だから・・・・・。」


誰が俺の肩を叩きながら、誰かが誤ってくる。だが、もう遅い。


「何で謝るんですか?その必要はないですよ。」


「ですが・・・・・。」


「確かに、千夏さんが戸惑う理由も分かるで。龍穂がここまで怒る事って無かったですからね。

でも龍穂の事です。千夏さんの言葉に怒ったのではなく、そう思わせた自分の情けなさにも

怒っているんやろうと思います。」


空気の兵隊の注目を集めるため、六華を天に向かって突き上げる。

術式で作り上げた俺の知る神の名を与えた風の塊。その神とは違い、彼らは名を持たない。

そんな無名の兵士達だが、その神とは比べ物にならないほどにすさまじい力を秘めている。

彼らなら簡単にやられることは無い。実体のない空気の兵隊、虚無の兵(くうむのへい)とでも

名づけようか。


「・・・・・やれ。」


俺と同じ怒りを持った兵達を導くため、憤怒の一撃を奴に対して打ち込む準備を整える。


「・・英知の結末(ガリレオ・ルーズ)。」


木星を周回しつつ、観察を行った衛星は役目を終えたのち、意図的に木星に落とされた。

その衛星の名はガリレオ。探索機ガリレオが人類に与えた木星の情報は現在まで

長い間貴重な資料として残されている。

役目を終えればゴミ。これまでの貢献を考えれば地球に戻されてもおかしくはないと

考えたであろうガリレオは自らの結末を受け入れられず、煮えたぎる様な思いで

その体が砕け散る感触を覚えているだろう。そんな衛星の逸話を元にした風の塊は

名も無き兵達を扇動する様に空から降りかかる。


「・・・・・・・・!!!」


突然の攻勢に驚いたクトゥルフは触手で身を守ろうとするが、時すでに遅し。

警戒はしていたはず。だが、術式や力を一切感じさせない呼ぶ動作無しに不意打ちを

受け入れるしかない。

そしてその後を追う不可視の兵士達が組み合わされば完全な対応は無理。

これが俺の力・・・。いや、未だ全力を出しきれていない大気の王の力。

怒りを力に変え、真正面から完全なる勝利を収める。心身ともに俺が全て上だと

証明するために、また一歩ずつ奴との距離を詰めた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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