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第六百十四話 大気の王

得物を握り、クトゥルフを見つめる。また、一段と景色が違う。


『・・違うか?』


以前は空気の一つ一つを感じ取るようになったが、今度はむしろ透き通って見える。

月明かりがあるとはいえ、先まで見えない暗闇のはずなのに・・・。


『それはお前の意識が変わったからだ。全てを守るため、全ての空気を支配下に

収めようとしていた。まあ、青龍の教えがそうさせたのかもしれんがな。』


空気の操作を行う以前は水で似たようなことをしていた。それはハスターの言う通り、

青さんから教えが大きく影響している。

操作を行う時はその全てを操作しろ。一つの大きな塊として認識するのではなく、

細かい粒子が集まって出来た集合体である意識しろと。


『一人で全てをこなそうとするな。全てを背負えば、そのしわ寄せは必ずお前に来る。』


「・・そうだな。」


守ると言う事を俺は深く理解していなかった。いや、理解はしていたのだろう。

仲間と共に戦い、前に立ってもらう事もあった。だが、大切な者が傷つくことを恐れ

そのたびに全てを守るために本能が警鐘を鳴らしていた。

守る事とは、まず大前提勝利を収める事。仲間を傷つける敵を完膚なきまでに叩き潰す事で

安全を確保する事を先決なはずなのに気が付けば守りに入っている。


「仕掛けよう。こっちから。」


そもそも受け身だ。俺を安全に戦場に運ぼうなどという発想が。

そうだ。攻めていればいいじゃないか。狂っていた時の様に。


「仕掛けるって・・・どうや——————————」


隣から純恋の声が聞こえてきたが、誰かがその口を止めに掛かる。


「・・正面から、ですね?」


・・楓だ。俺の事をよく分かってくれている。


「ああ、真正面から。そうしよう。」


俺の役目は全てを終わらせる事。賀茂家の使命、呪い。日ノ本に救う化け物。

この国を危機に陥れる外敵の脅威。


「・・龍穂君が向かう場所は私達の居場所でもあります。どこまでもついて行きますよ。」


千何年・・・いや、太古の昔から続くこの地球に潜む闇という黎明を終わらせ、

この極東の地で夜明けを迎える。一度落ちた太陽はまた昇ると世界に伝えなければならない。


「私は前に出れへんな・・・。後ろで純恋達を————————————」


前に出るために各々の役割を考えようとする桃子の前に手を差しだし、楓の様に

止めに入る。


「いらない。とにかく俺の前に出てくれ。」


「でも・・・・。」


「傍にいてくれるだけでいい。手の届く範囲に。」


俺が気にするのは手に届く範囲だけでいい。距離が離れているみんなはそれなりの

備えを整えている。気にする必要はない。


「それだけで力になる。・・頼めるか?」


危険な場所だ。死の匂いが濃い死地に付いてくるだけでも寿命が縮んでしまうだろう。


「いや、それはええけど・・・・・。」


・・命を懸けてここに来てくれた事には感謝しているが、少しは文句を言われると思っていた。


「・・・・・ふふっ。」


だが、返ってきたのはあまりに簡単な答え。まさか桃子がそんな軽く返してくるとは

思っておらず、不意を打たれた結果、出てきたのは本心からの笑い。


「・・なんや。」


そんな笑いが文句を引き出してしまうが、桃子のふくれっ面を見てさらに口角が上がってしまう。


「いや、悪い悪い。頼りにさせてもらう。」


以外と抜けている所があるんだなと思ったが、こんな戦場を前にしても

そこまでの余裕を見せてくれる根本には俺がいるのだと思うと、嬉しく思う。


「とにかく、近くにいてくれ。必要な時は声をかける。」


確かに・・・こんな光景が失われると思うと、怖いと思うのは当然だった。

一番恐れていたのは敵ではなく仲間達。大切な人達には俺の傍にいてもらわなければ

それこそ精神が正常でなくなってしまう。


「もう・・・まあ、ええわ。」


戦略を考える千夏さんとは違い、純恋達を守る役目を持つ臆病にならなければならない

桃子がここまで落ち着いているのは信頼の証。周りのみんなも、俺の指示通り

体を寄せて距離を詰めてくれる。


『さあ、やるぞ。』


戦う兼兄と合流するため、まずは空気を掴む。今までは神力を使い、風の流れを起こしていたが

鮮明になった景色に腕を伸ばし、手に触れる空気の感触を感じながら指の関節を

ゆっくりと曲げていく。あまりに細かい分子たちは指の先に広がる指紋にも引っかからず

押しのけられていくが、手のひらの中には本来無いはずの空気の感触がしっかりと

伝わっている。


『大気を司る神である俺の力を完全に引き出したのだ。それくらいは出来て当然。』


分子の一つ一つを感じとるのではない。むしろ逆であり一つの塊として認識すれば

掴むことができるのだと直感が訴えかけてくる。原理や術式などは一切不明。

それでも目の前で起きている現実とそれを可能と判断した直感は、自らが大気の王である事を

自覚させる。掴んだ空気を強く握りしめると、豆粒のような小さな一つの塊へと変化する。

何時も作り上げていた空弾。魔力や神力で練り上げた空気を小さくまとめ打ち放つ。

硬く固めれば敵の肌を打ち抜く弾丸に。柔らかくすれば敵に触れた瞬間まとめられた

空気が一気に弾ける爆弾に変わる便利な技だった。

だが、空気には一切の命令を下しておらず、俺の意志を分かっているかのように一つに

まとまっている。


『・・俺にそのような力は備わっていない。以前のお前の様に空気に指示を出し、

意のままに操っていた。』


なら、これは一体何なんだ?意図などしていない空気の働き。これがハスターの力では

無いのなら・・・説明がつかないことだらけだ。


『強いて言うなら、”人間である”お前だからこその力。地球という惑星で風という

力が起こす作用。』


「風・・・・・。」


地球での風の働き・・・。地球で生命が繁栄してきた中で風が影響した事と言えば・・・・・

”命を運ぶ”事だろう。

植物の種が風に乗って空を駆け、その命を広げる。海を渡り、大陸間を移動して繁栄を

続けた。植物が広がれば、草を食料とする命も移動を始める。

海を渡る者もいれば、風に乗り空を駆ける者もいる。海が命の始まりというのなら、

風は繁栄の象徴。命を繋ぎ、進化を促した。その中で生まれた新たな命もある。

母なる海であるのなら、父なる空。生命を生み出した海、そしてさらなる進化を

促した空もまた、命を創造した父と言える。


『地球の大気を支配したお前には創造(デモゴルゴン)という力が備わった。

それは決して宇宙の風では備わらない力。お前だからこその力だ。』


創造・・・。いや、どうだろうか?ハスターに言われて使ってきた力だが、

風は決して単体で何かを作り上げることは無い。ハスターも俺が使う風の力の全てを

知るわけではなく、俺が使う術式を見てそう名付けたに違いない。


「・・・・・・・・・・。」


力が強まったことで実感する俺の風。意のままに操るだけではなく、俺が思ったように

動く姿を見て確信する。これは、決して創造の力ではない。

本当であれば、俺の力を髄の中まで知りたい所だが、今は時間が惜しい。

ここら辺一帯の海をクトゥルフは操っている。奴にもまた変化が訪れている。

互いに変化が起きた状況だが、能力を理解していない者と未だ変化を続けている者の差は

大きく、前者である俺が優位に立てる状況だ。

固めた風を伸ばした腕の先に話し、丸めた手のひらを突き出し中指で弾く。

一直線に向かった風は何にも阻まれることなく戦うクトゥルフの元へたどり着くと

醜い皮膚に触れた瞬間、すさまじい衝撃波が辺りに弾ける。

今までの比にならない程の衝撃波だが、それをまともに受けたのはクトゥルフのみ。

戦う兼兄や少し離れた俺達に向かう風は静かであり、まるで意志を持つように自ら気を使い

俺達を避ける。


「・・・行こう。」


大気の王。その名の通り、空気を完全に支配している。

意志を持った様な状況を深く知るため、そしてクトゥルフを討ち果たすため。

操作もしていない空気の上を仲間と共に歩きながら奴に迫った。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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