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第六百十三話 予想外の最後の封印

苛烈な攻めに耐える兼定。子孫の力を失ったクトゥルフだが、必死に攻め込まれまいと

海を兼定に向ける。


「・・いつの間にか、深海だけではなく全ての海を支配してますね。」


月詠の力を使う春は後ろから状況を冷静に見つめている。

陽が沈む前までは深海から海を引っ張り上げており、力を使ってからわずかな

時間差があった。

今のクトゥルフは全ての海を支配している。太陽が沈み、陰の力が強まったとはいえ

夜の支配者である月詠の支配がクトゥルフを後押しする訳がない。

竜次達からの報告があった地球の支配。その支配が着々を行われている証拠だったが

春は焦ることなく月の光で兼定達の支援を行う。


「・・・・・・・・・・・。」


惑星の支配。クトゥルフが狙う絶対的な切り札。未だ行われていない状況で防ぐことが

出来る状況にありながらも無理に攻め込むことが無かった兼定には必ず狙いがある。

単にぶら下げられた好機につられないのは彼らしいと思いながらも、

捻くれた選択に必ず生まれる隙を埋めるのは自分の役目だと気を引き締める。


「・・・・・・あれか。」


それにしても何故龍穂に全てを託したのか。彼をそうさせたのは一体何なのか。

確かに龍穂の力は強大だが、攻めきれない状況が続いていたのは事実。

そして一度敗北を叩きつけられた事実は大きい。あれは龍穂自身だけではなく、

味方全体の心に深く突き刺さった。最大戦力である龍穂でも敗れるのか。

かなり立ち回れたとはいえ、それでも討ち果たしてくれると思っていた龍穂が敗れた事実は

士気を大きく下げることとなった。あの場で皇が決死の術式を使った事で力と士気が

元に戻った事で難を逃れたが、また龍穂が攻めあぐねることがあれば暗闇の先で

必死に戦っている味方に影響が出る。


「まだ・・・”残されていたんですね”。」


兼定もまた全てを振り絞り戦いに出ている。古き英雄達も、そして春自身も。

この五名も一度敗北を突きつけられており、真正面からぶつかる事を避けてたのは事実。

それでももう一度ぶつからなければならないのは全員理解しているが、心の奥底に

敗北という生傷がやめろと叫んでいた。

もしかすると心の奥底の声を聴いた兼定が、龍穂を前に出すことで自分達への意識を

逸らしつつ、隙をついて勝負を決めに行くと春はわずかながらに思っていた。

だが、少し離れた戦場であまりに大きな存在感を放つ龍穂を見て自分の考えが

酷く間違っていたことを知る。


「まったく、どれだけ深く封じられていたのか。未だその身に隠された力は

一体どれほどなのか。果たして・・・兼定はそれを知っていたのか。」


龍穂にかけられていた封印。幾度と、そしてまた幾度と重ねられた封印の全てが解かれていない

など誰も知らなかった。


「私の知らない事が多くありますね・・・。」


もしかすると、兼定さえも知らなかったのかもしれない。振り返ると、今までの行動に

僅かな違和感があった。捻くれた判断を下すことはあれど、それは裏付けが必ず隠されており

回りまわって道理を辿っている事がほとんどを占めていた。

だが、いつまで期待していた龍穂が忠行相手に押し込まれていた。端から圧倒するなど

思ってもいなかったが、それでも期待していた働きをしていたのかとと聞かれれば、

彼らの成長を見守り続けてきた春であっても私情を挟んだ上で首を横に振らざるおえなかった。


「ここからは誰も読めない。ここまで下準備を整えてきた兼定であっても、

どこかで見ている泰国であっても・・・・・。」


酷く冷静だと、春も自覚していた。地獄の様な戦場に身を置いているのにも関わらず。

この先を考える事さえ無駄であるのだと、本能が悟っていた。

封じられていたハスターの力を見に宿した龍穂が一体どうなるのか。

幾年も日ノ本の闇に身を潜ませ、心身ともに化け物と成った忠行の様に酷くに醜い姿に

形を変えるのか。それとも人と共に生きる事を選択し、それを嘲る様に心の中で笑みを浮かべる

化け物を飼っている兼定の様に人と形を保つのか。どちらにせよ、この膠着は大きく

崩れる事だろう。


「・・・・・・・・・・。」


短い期間ながら、龍穂を見守ってきた春はその進む道は既に分かっている。

だからこそ、兼定は前に出た。どういう形であれ、龍穂が歩むであろう道を進んで来た者として

その背中を見せつけるために。大きくなる力。そしてその隣に立つ純恋達を見つめる瞳は

冷たい風とは真逆の温かみのある優しさをおびていた。


————————————————————————————————————————————————————————————————————————————


あの時の感覚。それは・・・酷く懐かしく感触。


『・・俺でさえ分からない術式を残していたのか。』


ハスター自身も驚きを隠せないもう一つの封印。それは確かに俺の中に隠されていた。

全てを引き出したと言っていたハスターが気付かないのは流石におかしいと言わざるおえず、

俺自身もどうしていいのか分からず混乱している。


「何が・・・?」


心の底から溢れ出てくる力。それは確かにハスターの力。神融和を完全に行った事で

全ての力を引き出したと勝手に思っていた。


『どうやら・・・封印をかけられていたのはお前だけではなく、俺も同じだったらしい。』


俺も思い違いを解くための答えをハスターが示してくれる。


『龍穂にかけられていた封印は、中にいる俺の存在を封じ込めるためのもの。

忠行やクトゥルフが俺の力を辿ってお前を見つけ出さないように行った龍穂を守るための

封印術だ。』


黄衣や生えている触手の力が格段に上がる。これが・・・大気の王。


『何重にも掛けられていたのは、俺の力に龍穂が壊れることを両親ではなく兼定や

影定などが恐れたからだ。強大な力は利点もあるが、それ以上に不利益な事も多い。

強い力が故に学ぶ必要がある技術を得られない事や、その他の属性を使う機会がないなど

様々だ。だが、一番の理由は化け物として認識される事だな。』


化け物・・・。この悩みは本当に尽きない。いくら力をつけても離れてくれず、

きっとこのまま一生を共にする悩みなのだろう。


『お前の母親、稲見が歩んだ道だ。息子であるお前には絶対に歩んでほしくない

地獄を避けさせたかったのだろう。』


もし、八海にいた時にこの力を全て引き出せたとしたら俺の周りの全員が見る目を変えたはず。

ハスターと友人に成った事でその視線を受けた母さんだからこそ、その気持ちが分かるんだ。


『だが・・・俺にまで仕掛けているとは。稲美め、やってくれたな。』


『なんで・・・・・ハスターにまでかける必要が・・・?』


『どういう意図かは分からん。お前の成長を促すためか、それとも・・・・。』


『それとも・・・・?』


歯切れの悪いハスターに答えを待っていると、先ほどから俺に向けられている視線に気が付く。

それは俺の事を助けに来てくれた純恋達。人が恐れる様な力を持っているのに恐れる様子は

無く、じっと見つめ距離を詰めてくる。


「・・ひとまず、狂ってはないみたいやな。」


一番初めに出てきたのは俺への気遣い。力が増した事への反応は一切なく、狂ってしまった

俺を心配してくれている。


「お前が狂ったって聞いたから飛んできたのに・・・なんやこれ。訳わからんわ。」


そしていつもの様に文句を言ってくる純恋を諫めながら、桃子や千夏さん、そして

共に戦ってくれていた楓が囲むように前に立つ。


「怖く・・・無いんですか?」


「・・怖い?面白いことを言いますね。」


小さく微笑みながら、千夏さんは動揺すらせずに口を開いてくれる。


「何があったのか分かりませんが、増したその力で私達を守ってくれるのでしょう?

そんなあなたが近くにいて、なぜ怖がる必要があるのですか?」


俺は・・・唖然とした。仲間がいるから人間、一人なのであれば化け物だと勝手に思っていた。

いや、それもまた間違いないのだろう。だが、人間か化け物なのかを決めるのは

人の思い、そして認識なのだとここで理解する。


『・・稲美はお前が化け物に成るかもしれないと、俺の力を封じたのだろう。

だが、そんな心配は必要なかったな。』


思い、思われる。頼り、頼られる。誰かが求めるのなら、俺は人間に。

そしてそんな仲間達を守るため・・・俺は誰かにとっての化け物に成る。


「・・・・・なら、傍にいてください。」


求められるだけじゃダメ。人間であるのなら、俺も求めなければならない。

勝利を収める為なら、仲間の力を借りる。独りよがりでは、俺に負担が集中する。

それを仲間達が求めるだろうか?いや、絶対に無いはず。何故ならその人達は俺の勝利を

願い、そして隣に立ってくれるのだから。


「ええ、傍にいるで。龍穂の邪魔にはならんから、任しとき。」


桃子も笑顔で答えてくれる。封じられていた力。最後の最後まで隠されていた

ハスターの力を持てば、俺は勝てる。不安などない。そう確信した俺は必死の攻防を

続けている兼兄の方を向き、強く得物を握った。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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