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第六百十二話 また会う日まで

ここは戦場。だが、静寂に包まれる。


『伝える事は短い。それが終わればやることやって、俺達は還る。』


目の前に立つ両親。俺も一度だけしかあった事がなく、俺の傍にいようとやってきた

純恋達はこのあまりに不思議な状況に唖然とするしかない。


『まあ、こんな場所で突然俺達みたいな奴らから話しがしたいと言われたらそうなる。

だが安心しろ。今、稲見が結界を張った。大半のものは全て弾く。』


母さんが張った結界は見ただけでもその複雑さが分かる。

現代では考えられないほどに精密で複雑。確実に失われた古い術式で作られた結界だ。


『それに、今はあの子に攻撃が集中しているから多分大丈夫。

操る力は少し気になるけど・・・今はそんな事を気にしている余裕はないわね。』


母さんが興味を示した兼兄が使う力はニャルラトホテプのもの。

もしかすると生前に接触したことがあるのかもしれないが、俺も気にせず二人の方を向く。


『さて、先ほど龍穂から紹介があった父親の龍彦だ。そして隣が母親の稲見。』


「・・・・・・・・・。」


そんなことを言われても頭の中に入るはずがないと言いたげに、横に立つ純恋達が

俺の方に視線を向けているのが伝わってくる。


『そうは言われても・・・って顔よね。まあ、受け入れて頂戴。』


「受け入れて頂戴って・・・。」


そんな急に言われても無理だと言いたげな純恋を静止つつ、千夏さんが口を開く。


「龍穂君のご両親だと言うのなら、少しお伺いしたいことがあります。」


『おっ、いいね。時間は短いが、何でも聞いてくれ。』


「忠行と戦い、命を落としたと聞いています。その戦いの事が起きたきっかけやその最中に

ついては聞きません。ですが、何故そのような姿をこの場で保てるのでしょうか?」


戦い事を知るためには時間が足りなすぎるのは明白。だからこそ千夏さんは父さんと母さんが

現世に留まれているか尋ねた。そのままの問い自体に大きな意味は無いのかもしれないが、

恐らく何故忠行の支配下に置かれていないかを確認したいのだろう。


『戦いに出る前に色々と細工をしたからな。龍穂が腰に差している六華に特殊な術式を込めた。

俺の場合、記憶がある内に親父が生きていた上に一度立ち合い帰ってくる様な猛者だった。

親父から色々と情報を聞いていたから少しは対策が出来たんだよ。』


「・・であるなら、少しは情報を残しておいて欲しかったですね。そうすれば

我々がこのように苦戦する様な事は無かったかもしれません。」


『まあそう言わないでくれ。当時は紙媒体しか情報を残せなくてな。それが見つかれば

その周りの人達がどれほどの被害を受ける分からない。そしてそれがどう持ち込まれたなど

捜索されれば龍穂が見つかるリスクもあった。そんなことは出来っこないと思うかもしれないが、三道省内部に奴の配下が隠れてた状況だったからわずかな可能性も残しておきたく

無かったんだ。』


その代わりに得物とハスター、そして青さんとイタカを残したと父さんは語る。


『俺達になりによくやった・・・おっと、話しが逸れたな。

今の話しで察してくれたと思うが、勝機が薄い戦いだと言う事を前提に俺達は戦場に向かった。

まあ、不利な戦場を整えられたよ。』


『少し待って?多分のその先が聞きたいんじゃなくて、なんで私達がここにいるのかと

忠行に魂を取られなかった事について聞きたいんじゃないかしら?』


千夏さんの意図を汲んでいた母さんが、進もうとした話しを戻すために声をかける。


「申し訳ありません。もう少し直接的に尋ねればもう少し分かりやすかったですね。」


『いえ、大丈夫よ。色々と察しが悪いのはいつもの事だから。』


その瞬間、多くの視線が俺に突き刺さってきた気がするが、その方向を見ることはできない。

そんな俺の姿を見て、母さんは小さく微笑んだ。


『ふふっ・・・。これを見れただけで残った甲斐があるわ。

出来ればもっと深くまで聞きたい所だけど、今は聞きたい事を教えましょう。

それを聞きたいってことは、賀茂家の子孫の契約を断ち切ったのはあなたという事ね?』


「いえ、正確に言えば私ではありません。ですがその手段を我々は手にしています。

子孫の中でもその名を轟かせた保憲の契約を断ち切った事であのような事になりました。

契約を結ばない方法をご存じの二人であればあれがどういう術式なのか説明が出来ると

考え、ぜひお聞きしたいと思い尋ねたのです。」


『なら簡単よ。あれは古来からある調伏。相手を打ちのめして契約を結ばせるだけ。

賀茂家の血を狙う忠行と子孫が戦う事は必然だから、その機会を利用して魂を調伏して

契約を結ばせる。』


『忠行は陰陽の祖と言われているが、結局は唐からの知識を持ち込んだだけに過ぎない。

それらを発展させたのは晴明や息子である保憲。保憲の調伏自体は忠行が行ったのかもしれないが、多くの魂を取り込む術式を開発したのは保憲なのかもしれないな。』


古来からある術式と言えど、やはり現代とは術式の形や構成が全くと言っていいほどに

異なっている。千夏さん達が使用した術式の内容についてはよく知らないが、

根本からの破壊は非常に困難。


「では・・・やはり忠行自体が作り上げた術式ではないのですね?」


『そうだと思うわ。申し訳ないけど、私達も確信は無いの。龍彦の魂が取り込まれなかったのは

対抗できる方法を持っていたからじゃなくて、負けを認めず調伏条件を満たさせなかったから。

子孫の力を完全に封じ込める情報を落とせなくてごめんなさいね。』


厄介な子孫の力を千夏さんなりにどうにかしようとしてくれたが、これ以上は何もできないと

言った母さんに対し、小さく首を振り言葉を続ける。


「いえ、大丈夫です。私が聞きたいのはもう一つ先。その調伏を使い、これ以上の悪さを

する可能性があるのか、お二人の予想で良いですので最後にお聞かせ願います。」


『そうね・・・。無くはないでしょうけど、出来るとしたらこの戦いで命を落とした

人の魂を調伏するぐらいかしら。それ以外は正直思いつかないわ。』


母さんの言葉を聞いた純恋の体が少し揺れる。この戦いで命を落としたとなると、

俺達が思い当たるのはたった一人・・・いや、一柱。それだけは避けなければならない。


『さて、これ以上はマズいな。時間が無くなってきた。』


一通り話しを終えた両親の体は一段と透けてきている。魂が現世に留まること自体が

この世の通に反している。


『世の流れというのは強力だ。少しのズレもすぐに修復しようとする。

もっと近くに居たかったけど、これもまた分かっていた事。』


『それでも、龍穂のお嫁さんになる子達をこの目で見れてよかったわ。』


それは流石にと言おうとするが、両脇から今にも飛んできそうな肘の存在を感じ取り

すぐさま言葉を飲み込み胃の中へしまい込む。


『どんな未来を歩むのか・・・先に行って待っているから、こっちに来たらたくさん聞かせて

頂戴ね?』


母さんは純恋達の前まで歩き、一人一人抱きしめて頭を優しく撫でる。


『・・龍穂。』


そして父さんは俺の前に立ち、強い眼差しで見つめてくる。


『親子としての会話は前に終えた。これ以上、俺は何も伝えるつもりはない。

だが、父親として。そして一人の男として、お前に伝えておくことがある。』


父親として・・・か。そう言えば、親父からは聞いたことの無い言葉だ。きっと、あえて使うのを避けてきたのだろう。この時のため、産みの父親が俺に使う事を分かっていた。


「・・・・・・・・・・・。」


純恋達が近くにいるんだ。大切な人を守れと言う言葉をくれるかもしれない。

当然だと胸を張って返事を返そうと心の準備を整えていると、口が開かれる。


『まずは大切な人を守ることを。ここまで、その姿を見せ続けてくれた事を誇らしく思う。

そして・・・・・”抱く女はしっかりと選べ”。』


「・・・・・へ?」


予想だにしない。予想など出来ない言葉が脳に入り込んでくるが、処理できずに変な声が出る。


『お前も聞いているだろう。賀茂家の悲願が達成された暁の褒美を。

それを聞いて感知違いすると痛い目に———————————————————』


最期に楓の頭を撫でていたはずの母さんの腕が、気付けば父さんに向けられ耳たぶでではなく

耳を鷲掴みにして引き寄せる。


『・・お前、それが息子にかける最後の言葉か?』


・・恐ろしい。苦悶の表情を浮かべる父親の姿を俺は笑えない。

調子に乗り、少しでも足を踏み外せば俺もこうなるのかもしれない。


『あだだ!!!いや、だって・・・!!』


『まったく・・・。あなた達も気を付けなさい。やるときはこれ以上にボコボコしないと

手当たり次第に手を付け始めるからね。』


「分かりました。」


誰一人として、遅れることなく返事をする姿に俺はさらなる恐怖を覚えた。


『こんなことをするために来たわけじゃないのよ?ほら、早く。』


父さんと母さんは俺の前に立ち、腰に差した六華を鞘事引き抜く。


『これで本当に最後だ。”封”を解く。』


『ハスター。窮屈な思いをさせて申し訳なかったわね。』


父さんが鞘を持ち、柄を持った母さんが引き抜くと切先をこちらに向けてくる。

敵意も殺意もない。俺を撃ちに来ている訳じゃないのは一目瞭然。

切先は俺の額に触れるが痛みはない。重力に逆らわず、ゆっくりと地面に向けられていくが

頭の中身が引っ張られるような感覚が俺を襲う。


『・・また会おう。』


父さんの言葉と共に、六華は地面に振り下ろされる。中身を引っ張る何かも同じ様に

地面に向かおうとするが、切れ味鋭い六華に断ち切られると頭の中に何かが溢れだしてくる。


「・・・・・・・・・!!!」


今までにない感覚ではなく、懐かしい景色が俺の中を一瞬で駆け巡る。

それは・・・あの時。封じられた記憶を取り戻した時と全くと言っていいほどに同じだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます!

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