第六百九話 母親の助言
『龍穂はハスターや他の人達から聞いているかもしれないけど、私達は
長く共に戦った仲間達との関係を断って、忠行との戦いに臨んだわ。』
斬撃一つで海をいなす父さんを見ながら母さんは呟く。
『初めに聞いておくけど、あいつの姿どう見える?』
「どうって・・・・・。」
俺は風の力を使わなければ海に対処できない。だが、魂が形となって現世に出来て
父さんは得物一つで全てを解決してしまっている。
「・・強いです。あのまま押し込んで、その身を切り刻めるのではないかと思うほど。」
俺より先に、楓が答えを出す。先ほどの会話で自分達の死について俺を名指しした事に
気にした楓が俺の口からその答えを出してはならないと気を使ってくれたのだろう。
『そう、あいつは強い。それに、私もそれなりに自信はあった。
忠行と真正面から当たってもそう簡単には倒れない所か、そのまま倒して見せると思えるほどにね。でも、現実はそうはいかなかった。』
————————————————————————————————————————————————————————————————————————————
「馬鹿を言うんじゃないよ!!」
忠行との決戦。その口火を切ったのは奴ではなく、私達の方。
「・・真田の言う通りだ。一度考え直せ。」
龍穂の産んでから二年と経たないぐらいだったわ。仲間が襲われたと知らせが入ったのは。
「考え直さない。これは稲美と話しあって出した結論だ。」
それまでの道のりで多くの仲間を失ったわ。同級生や、私達を助けてくれた人達。
彼らの犠牲に上に立っていた私達だけが幸せに浸ることは許されなかった。
「結論だって!?どう考えればそんな答えが————————————」
「どう考えても、この結論しか生まれなかった。私たち二人でだけで戦う。
龍穂も・・・そして、あなた達も含めた私達の関わったみんなを、これ以上傷つけるのは
もううんざりなの。」
許さなかったのは他の誰でもなく、私たち自身。のうのうと生きている事は許されない。
龍彦、そしてその妻である私達が背負った罪を清算しなければいけなかったの。
「もう一度言う。考え直せ。お前達だけで勝てる相手じゃない。どれだけ強かろうと
命を落とした奴らを、お前達はその眼で見てきただろう。
それに、大切な龍穂がいるだろう。言葉を覚え始めたあの子には両親であるお前達の
存在が何より大切。百歩・・・いや、万歩譲って俺達はいい。
だが、お前達を誰よりも必要としている息子の事を置いて勝機の薄い戦いに挑むのは
人の親として間違っている。」
当時でも、今思っても私達は間違っていた。でも、それを分かった上で進むしかなかったの。
何故なら、みんなを失うのが怖かったから。大切な人達を失うくらいなら二人で戦った方が
幾分かマシ。そう判断して、二人の記憶を封じることを決めたの。
————————————————————————————————————————————————————————————————————————————
『大切な人達を護るための行動だと、当時は思っていたの。
でも、あれが”逃げ”以外の何物でもない事が今ならよく分かるわ。』
陰陽師試験の時に感情を爆発させた真田様。確かに・・・母さんの話しを聞けば
それだけの行動に出た理由がよく分かる。
『今の龍穂も似たような状況だわ。仲間を傷つけたくないから、自分の力を使って守ろうとしている。それこそが何よりも勝機を失う行為だって気付いていながら。』
図星所か、俺の心の全てを見透かされていた。俺の迷いの末を、この人達はよく知っている。
『大切だからこそ、信頼できるからこその行動があるはず。それが分からなかった
私達の末路がこれ。守る事を引き離す事だと勘違いした私達は命を落としたの。』
その結果、記憶を取り戻した真田様達は心に大きな傷を負った。この先一切癒えることの無い
あまりに深い傷を背負いながら生きていくしかない。
「俺も・・・・・。」
同じ様な事をした。綱秀を失いかけ、もうあんな思いはしたくはないと逃げるように
純恋達を突き離そうとした。
『その顔。同じことをしたみたいね。』
母さんが言った同じ状況。隣にいる楓や下で頑張るみんながいなければ・・・・・
俺は間違いなく死んでいただろう。
『・・ありがとうね。』
俺の表情を見た母さんは、楓を見つめ感謝を述べると俺の胸を見つめた後下にいる
純恋達がいる場所に視線を移す。
『良い仲間・・・いえ、女の子達を見つけたみたいね。ああやってやれることを全力で
探している姿を見たら、その光景が目に浮かぶわ。』
そう。純恋達が必死に引き留めてくれた。だからこそ、俺は今ここにいる。
『も、必死に説得してくれた。でも、無理やり引き剥がした。
あまりこういうことを言いたくはないのだけれど、私達を知る人達からすれば薄情な仲間達だと
思われて仕方ないわ。』
「それは・・・!!!」
違う。そう言いかけたが、結果としてそうなってしまう。純恋達が俺を引き留めた事を
知った真田様達は、そう思ってしまっても仕方がない。
『あなた達が悪い訳じゃないわ。私達がみんなにそう思わせてしまったの。
でも、龍穂がそう思うと言う事はみんなは私達が死んだことを知って、そして深く悲しんで
くれていたのが分かるわ。』
「・・真田様と伊達様は私達を支援してくれました。他にも、酒井様や徳川様は
命を賭してまで助けてくれたのです。」
『そうなのね。颯と昌繁に感謝していたと伝えて頂戴。酒井さんと徳川さんには
やることが終わって向こうに行ったら直接お礼をするわ。』
・・だからこそ、失いたくない。俺に関わる全ての人達をこれ以上傷つけられたくはない。
無理な願いなのは分かっている。それでも・・・・・。
『あなた達は私達の一つ先を行った。そして、大きな壁にぶつかっている。
経験していないけれど、簡単に想像できるわ。』
母さんは俺に視線を移し、両頬に優しく手を添える。優しくも、かすかに触れた感触に
俺を顔上げると俺の目を力強く見つめていた。
『失うのが怖いんでしょ。大切な仲間達だもの。ここまでの戦いで生まれた強い絆で
結ばれた仲間達を失うのが怖い。』
・・・・・正解。俺の悩み、俺が動けない原因の一つ。
『六華の中にいて感じていたわ。あなたは必要以上に力を使っている。
私でも出来なかった広大な範囲の空気の操作。それでみんなを必死に守ろうとしている。
もし、あなたほどの力があったら仲間達を連れて行ったかもしれない。
でも・・・・・きっと負けたのでしょうね。今の龍穂を見ていればそう確信できるわ。』
取捨選択が出来ない状況の俺を見て、母さんは心配そうに顔を覗かせる。
何も選ぶことのできない俺は顔を俯かせ、敷かれた海を見つめる事しか出来ない。
『申し訳ないけど、私達は龍穂の気持ちは理解できない。同じ状況を体験している訳じゃないし、あなたの傍に長くいたわけじゃない。聞いた話しとあなたの表情から心情を想像する事しか
出来ないけど・・・客観的な意見だけは教えられるわ。』
傍から見ても・・・俺は答えを出せないだろう。何故なら、絆を見る事は出来ないから。
神道の実力者であれば、式神契約を感じとることはできる。だが、それはあくまで神力の
跡を見ているだけであり、その強さや太さを確認する事は出来ない。
母さん達が通らなかった道を歩む俺の気持ちは・・・・・。
『仲間が信じられないのか、なんて安い言葉をかけるつもりはないわ。
だって、失いたくないもの。失うリスクすら取りたくないわ。その気持ちは十分に分かる。
でもね・・・・・。』
「・・・・・・・・・・・・・。」
『”守られる仲間達の事も考えてあげて”。これだけ必死に戦う仲間達が一体何を
望んでいるのか。あなたと弧の先で何を見たいのか。それが私達に欠けていた事なの。
一方的に感情を押し付けてはダメよ。貴方の心の中は式神契約を結んでいたとしても
覗くことはできないのだから。』
それなら・・・俺は理解している。俺と共に未来を歩みたい。少なくとも純恋達は
そう思ってくれている。それは俺も同じ。みんなで未来を掴むこと。それが俺達の悲願。
『彼女達も頑張ってくれているわ。私達には解けなかったあの家系図の秘密を必死に解いている。龍彦からの報告よ。クトゥルフに体に異変が起きたみたいね。』
海を切りつける父さんは奴にとって非常に厄介な存在であり、兼兄達に向けられていた
子孫達の術式が飛んできてもおかしくはない。だが、景色は変わらず荒れ狂う海。
だが、その奥にいたクトゥルフの様子がおかしいことを俺達の視界が捉えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




