第六百七話 地獄を基盤を作り出した者
千夏の提案。それは忠行の息子である賀茂保憲を契約を断ち切る判断。
「陰陽を基礎を築き上げたのが忠行。その名を広めたのは安倍晴明。
そして保憲はその技術が現代まで続く要因を作り上げた方です。」
現代において、陰陽師として一番名を馳せたと問われればまず出てくるのは晴明。
次点を問われた時、多くの名が挙がるがその中の筆頭と言えば保憲だろう。
様々な逸話を持つ保憲だが、一番の実績と言えば陰陽寮での働きにある。
陰陽頭就任後、弟子である光栄に歴道継がせ、晴明に天文道を継がせた。
歴道とは天体の動きを研究し、暦を作成する暦法を作成を行う組織であり、
陰陽寮が廃止となるまで賀茂家が支配を続けており、日ノ本の歴史の研究において
非常に重要な資料を残した功績がある。
そしてもう一つである天文道。こちらも単体の動きを観察し、これから起こる出来事などを
予知する術である占星術を研究する機関。こちらも安倍家が代々継いでいくことになり、
これからの体制が現代の神道省に大きく影響している。
「・・それは賛成やけど、どれも同じ契約を結んでいるんやろ?
狙いを定めるんじゃなくて、片っ端からやった方が早いんちゃうか?」
優先順位をつける意味が果たしてあるのか。今はそれよりも早さを優先したほうがいいのでは
無いかと尋ねる純恋の意見も真偽について、誰も口を開かない。
「可能性は追うべきだと私は思います。全てが分かっている訳ではありませんが、
手あたり次第にやること自体に私は反対です。」
いつもの千夏であれば確信が無ければ提案はしない。平静を取り戻したように見えるが、
やはり冷静な判断が出来ない状況にあるのだと純恋達は理解する。
効率か、それとも速度か。前者において、提案に意味があるのかさえ分からない状況での
優位性は薄いが、難しい技術を使用しなければならない以上、手あたり次第は時間を
かけなければ効果が出ない。
「・・・・・・・・・・。」
どの選択を取ったとしても、この場にいる五人の頭の中に良い結末を迎えるイメージが
一切湧いて出てこない。だが、それでも選択しなければ策が進むことは無い。
「・・・・・可能性、あるかも。」
悩んで足踏みするくらいなら、今すぐにでもやるべきだと純恋が提案しようとした時。
桃子が小さく呟く。
「桃子、どういう事や?」
「保憲はこの神道省の基礎を作り上げた人。今はないけど、暦道と天文道という二つの
大黒柱を打ち立てたのが大きな功績やけど、その二つは”賀茂家”と”安倍家”に継がせた事に
大きな意味があるとしたら・・・・・。」
千夏の考えはあと一歩至らなかった。ほんの少し考えればたどり着けた可能性を
代わりに手にしたのは桃子。
「意味って・・・ただ自分の立ち位置をよくしたかっただけやろ。」
「それはあったと思う。でも、あの賀茂忠行の息子やで?クトゥルフと接触して
永らえらせる方法をその時知ってたとしたらどうする?」
現代に残されている資料に忠行の明確な死因は記されていない。
これまでの道のりで知った情報から考えれば、より強固な体制を築いたうえで裏から
保憲を操っていた事など容易に考えられる。
「そんでこれだけの術式や。簡単に手を貸すっていえば仕掛けるのは簡単かもしれへんけど、
龍穂や私達に真っ向から抗う人達がこんな術式を簡単に組ませるはずがない。」
「じゃあこれは何なん?龍穂の名前までしっかり・・・。」
自らこの言葉で、純恋は気が付く。龍穂の名が刻まれている。術式を組まれているはずがないのに。
「そう。龍穂の名前がしっかり刻まれとる。それに血のつながった両親の名前も。
あの人達の魂は龍穂の得物に入っているんなら、あの体に縛り付けている訳じゃない。」
「勘違い・・・してたってことか?」
そうかもしれないと、桃子は返答する。この家系図に刻まれた名は確実に何かしらの
契約が組まれている。だが、それは決して忠行の体の中に縛り付けられた契約ではなく、
全く別の術式が組まれていた可能性がここで浮上する。
「多分な。で、問題はそれをかけた人。龍穂が生まれた時の事なんて私達は分からへん。
でも、これまでの話しとか忠行の行動とかを見るに賀茂家の刺客にこれまであっていない。」
当然ながら、術式は必ず仕掛ける必要がある。自然と組まれるものなど存在せず、
龍穂は何者かによって術式を組まれ、そしてこの家系図に名が刻まれた。
「これがどういう仕組みで龍穂の名を刻んでいるなんて今はどうでもええ。これまでの
研究で分からなかったけど、時間をかければもしかすると分かるかもしれへんけど
重要なのはそこじゃなくて、少なくとも術式が組まれとるってことや。」
「それは・・・そうやけど、それが何で保憲の名前を優先して封じる事に繋がるねん。」
問題は何故保憲の名が出てくるのか。純恋にはそこが分からない。
生きていたのは忠行と同じ時代の人間だ。現代への干渉など出来るはずがなく、もしあると
するなら忠行の様に”生きていなければ”ならない。命が尽きた後も発動できる
常時発動型の術式。それが千何年と発動させ続けるにはそれこそ神が持つような
膨大な神力が必要になる。
「それは・・・・・・・。」
それを含めて何故保憲を優先すべきなのか、桃子が説明しようとすると後ろから誰かが
その肩を叩いてくる。
「・・そこまで言ってくれれば十分です。」
ここからは私の仕事だと、千夏が肩を叩く。この中で近接戦を得意とする桃子の意識が
説明に向いているとマズいと回らない頭を必死に動かし、答えを導き出して役割を変える。
「代わりに私が説明を。と言っても、もう既に結論が出ていると言っても過言ではない。
ここまで出た情報に、私達が持っている情報を組み合わせるだけで全て解決します。」
「持っている情報って・・・。ここまでの道のりでその術式を見たってことか?」
「見たことはありません。正確に言えば、直接見るのは難しいのだと思います。」
火嶽は既に保憲の名を上書きするため、特殊な水に溶かし始めている。
「龍穂君に仕掛けられているのは恐らく呪いの類。あまりに複雑な術式故、
解呪が難しい類の厄介なもの。そしてその対象は龍穂君だけではなく、歴代の賀茂家の血を
引く者達なのでしょう。それであれば全ての賀茂家の居所を掴むことができる。
そしてその呪いを知った宮司様はそれを一つの書物にまとめようと奮闘した。
この呪いは相当精度が高いのでしょう。呪いに紐づけ、その結果を書物に刻もうとしたら
子孫の名が書物に刻まれたのですから。」
式神契約とはお互いの信頼が必要であり、それには名の開示が必要になる。
正確に言えば互いの名を知ることが一つの条件であり、龍穂の血に刻まれた呪いには
付けられた名を判明させる術式の構造の理解を放棄せざるおえない程複雑なものが組まれていると千夏は語る。
「まあ・・・それは分かったわ。でも一つ残っとる。その賀茂家の血に刻まれた術式が
どうやって発動し続けてるのかや。」
一番の謎だと語る純恋に対し、千夏は視線だけで答えにかかる。
「・・・・・分かりませんか?」
千夏の視線は激しい戦場に向けられているが、その先が龍穂や兼定達ではなく、
憎きクトゥルフへ向けられている事に純恋は気が付く。
「・・・・・・・・・・・。」
「あれは千何年と生きている。そして、その体に子孫の魂を縛り付けています。
それが忠行が作り出したのであれば打つ手なしではありますが、もしそうでなければ
一体誰が作り上げたのか。」
尋ねられた純恋はその可能性を全て理解する。忠行の才能は相当だが、息子の保憲は
それをゆうに超える。当時、まだ陰陽が発展したおらず、指導する才能はあったかもしれないが
自らの実力が無く、弟子である晴明の方が名を轟かせる形となった忠行は
血の繋がる理解者にその開発を任せた可能性は十分に考えられる。
「・・あいつの中にいるから発動できる神力が耐えない・・・?」
「あるとすればそれ。それを確かめるために、保憲の名を先に塗りつぶす必要があります。」
もし、龍穂や子孫達の術式の全てを保憲が管理しているのなら、兼定や龍穂の身を襲う
子孫達の術式の全てが消えてなくなる。
逆転の一手が打てる格好のチャンスを得ている事を純恋は理解する。
「あの忠行の事です。全てを保憲に組ませるリスクは理解しているはず。
別の者に呪いを使用させている事も考えられますが、永く生き長らえる事を考えれば
それを託しているのも子孫達の誰かと言える。
もし、神道省の基礎を作り上げた保憲が歴代の長官達に術式をかけるように命じていたとしても
奴の力を優先して削ぐことで何かしらの利点があるかもしれません。」
総合的に考えた際、どう考えても保憲の力を封じることに利点がある。
それほどまでに忠行に信頼されていてもおかしくはないと千夏は語る。
「・・もし、意味が無かったら全力で一人一人潰すことは出来るんやな?」
「ええ。いくらでもできます。」
緊迫した状況であっても、いつもの純恋であれば方向転換はすぐさま可能であったことに
気が付いただろう。その原因は恐怖ではなく、覚悟が産んだ熱。
全員が平常でなかったにもかかわらず、産むことが出来た最善と呼べる選択を聞いた火嶽は
墨に指を浸し、上塗りを始めていく。
空の術式を呟きながら、ゆっくりと動かされる筆代わりの指。それが果たしてどういう効果を
産むのか。純恋達はクトゥルフをじっと見つめながら行く末を見つめていた。
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