第六百六話 空の術式
「なんや・・あれ・・・。」
気を引くと宣言した兼定達の圧倒的存在感と、その術式の強大さに暗闇に身を潜めていた
純恋達は驚きを隠せない。月明かりが照らす春と、人間とはかけ離れた姿に変わった
兼定の異様な雰囲気。あれが人間なはずがない。例えるなら悪魔。
人間の世界を滅ぼしに来た悪魔にしか見えず、クトゥルフの恐怖を忘れ、
影の悪魔が羽ばたく姿に新たな恐怖を覚える。
「道を作る。純恋ちゃん達は白達から家系図を受け取ってくれ。」
ここに来て、兼定は家系図の名を出す。龍穂の子孫が力を使った際に刻まれた名前が
輝く特殊な術式が込められた家系図。重要な書物であること以外何も判明しておらず、
使い方が未だに分からなかった。
その名をわざわざ出したという事は、何かしらを掴んだのだろうと純恋達は静かに待つ。
「・・・・・・!!」
白からの支援。一体誰が来るのかを暗闇を見渡すが、波の音で情報が遮断され近づいているのか
さえ分からない状況で、月明かり光る夜空に一つの炎が生まれる。
「青い・・・。」
青い光。謙太郎が放つ青い炎かと純恋は思ったが、明らかにこちらに向かってきている事から
それはないと判断する。
「・・火嶽か。」
青い炎を操る者は日ノ本でも数少ない。その中の二人が星空には所属しており、
青い炎を放つ謙太郎とは対照的な、青い炎を見に包んだ火嶽が翼を羽ばたかせて
純恋達へ合流を試みている。暗闇の中で翼を羽ばたかせればあまりに目立ち、クトゥルフに
撃ち落とされる危険性は十分にあるが、奴の警戒のほとんどは動き出した兼定達に
向けられており、例え気付いていたとしても撃ち落とす暇はない。
「お待たせしました。」
宿りついた火嶽の額からは溢れ出した汗が滴っていた。兼定に注目が集まっているとはいえ
無防備な中、目立つ体で暗闇の空を駆けるのはあまりに危険であり、恐怖が体を支配している中でよくここまで来た純恋が迎え入れる。
「家系図について、何かわかったんか?」
「はい。やはりこの名には契約が繋がっています。正確に言えば、忠行が結んだ契約に
無理やり括りつけた形になっています。」
遡れば平安時代まで遡る子孫達。その契約を全て記した家系図が作られたのは千何年と
比べればごく最近に当たる。
「この名に細工された術式を辿れば、忠行の契約までたどり着くことができる。
出来る事は限られていますが・・・・・楔を打つことは可能です。」
「よくこんなことが出来たな・・・。あの宮司に感謝せなあかんね。」
火嶽の言葉を素直に受け入れる純恋だが、近くで徐々に平静を取り戻した千夏は
一体何故そんなことが出来たのかと疑問を浮かべる。
宮司が隙を突き、作り上げたにしてはあまりに数が多すぎる。その全てを把握するのに
どのような手を使ったのかが気になって仕方がない。
「・・気になるのは分かります。ですが、今はそんな場合じゃない。」
考え始めた千夏の様子を見た火嶽は状況を考えろと思考を止めると、懐から古い布に包まれた
何かを取り出す。
「これを使います。かなり繊細な作業になりますが、やるしかない。」
「これって・・・どう使うんやそれ。」
「雑賀家直伝の墨を我々で改良した物です。これを術式が書かれている墨に上塗りする事で書き換えることができます。」
術式の書き換え。龍穂がよくやり、そして忠行にやられていた操作の強奪とは遥かに難易度が
高い超高等技術。魔、神力操作は基本動作な事から力が上回る事で簡単に奪う事が出来るが、
術式の乗っ取りや書き換えは既に組まれた術式を全て理解し、そしてそれらを完全に解いた上で
組み替える必要がある。
「それは・・・・・。」
それゆえ書き換えには相当な時間を要する。例え、それが陰陽師や魔導師であっても。
ごく最近生まれた術式であれば資料があるため時短が出来たと言われているが、それでも
一日以上は書き換えを行う必要がある。少しでも失敗すれば元ある術式が発動してしまう
危険性はあるが、それならマシ。下手をすると書き換えを試みる術式と元ある術式が混ざりあい
凄まじい破壊力を持った術式が暴発する可能性を秘めている事から慎重で繊細な
作業を要求される。
「大丈夫です。書き換えるのは空の術式。たとえ暴発しようとも、元の術式が何も起こらない
術式であれば危険は少なく、安易に行えます。」
その危険性を省くため、近年では何も発動しない術式が開発され安全に書き換えを行う
技法が新たに開発された。
「神道省、魔道省。そして業までもが介入し開発された特殊な術式です。
兼兄もその安全性を保障していますし、海外で活動していた白達も実戦投入していますので
有効性も保証できます。」
術式を組む際、必ず属性の指定が必要になる。どれだけ弱い術式を組んだとしても、
元ある術式と組み合わさる事で起こる危険性を排除しきれなかった。
安全性を排除する事は叶わないと長年放置されていたが、その問題に新たな可能性を
作り出したのは兼定でもなく、泰国でもない。
最年少で陰陽師の資格を取得し、ありとあらゆる属性を操る神童と名をはした上杉影定。
全ての属性を指定し、その威力を均等に発動させる術式を組むことによって無を生み出すという
斬新な提唱を上げた。
「その代わり、術式はかなり複雑です。俺が教えるので全員で手分けをして上書きを行い、
奴の手札を削りましょう。」
試験段階では四、五属性を同時に放つ案は出ていたが、複数人での術式の組み立てでも同じ威力を同時に放つことが出来ず、没案とされていた。その机上の空論とされていた術式をたった一人で行う事が出来た影定の存在が全てを変え、正式に採用されることになったがここで一つ
大きな問題が浮上する。空の術式を発動できるのは影定たった一人であり、術式の上書きを
安全に行うには影定を呼ぶしか方法は無く、汎用性の低さから重大な術式の処理のみ
行われることになった。だが時代が進み、もう一人の天才である上杉捷紀が影定と同じ様に
たった一人で空の術式を発動に成功させ、そして術式の簡素化に成功。
さらに時代が進むと兼定と泰国が汎用性を高めるための威力を抑え込む術式を組みこむことで
多くの人間が空の術式を発動可能となったが、それでも行えるのは百人もおらず、
現段階では非常に危険性の高い術式への対処に用いられる程度に収まってしまっている。
「なんか・・・聞いた事のある様な話しやけど、まさかこんな所で使うとはな。」
「術式はかなり知られていますが、簡素化されたと言っても一般的には非常に難しいとされて
います。それに術式の上書きを行う時点で相当危険な場面に直面している。
陰陽師であっても日ノ本において重要な人物である純恋さん達には触れる機会がない
術式であってもおかしくはありません。」
上書きにおいて万能な術式の様に思えるが、呪いと呼ばれる複雑な術式には不向きと言わざるおえないのが大きな欠点。その理由が禁の属性についての詳細が進んでおらず、
世間の認識である金の知識ではあまりに浅く同じ威力を出し切れてない。
だが、禁をよく知る兼定の介入によって呪いへの対処も可能になり忠行の術式であっても
上書きする事が出来る。
火嶽の指示通り、開かれた家系図の術式を上書きしようと火嶽から墨の使い方を
習おうとしたその時。千夏が手を書物の上にかざすように差し出して止めに入る。
「・・少々お待ちください。」
「どうしましたか?色々と気になるのは分かりますが、先ほども言ったように時間が足りません。ここはひとまず・・・・。」
顔を上げ、千夏の表情を見ながら語る火嶽は徐々に声を失っていく。
そこにはあまりに真剣な表情で止めに掛かる千夏の姿があったからだ。
「その小さな墨では全ての子孫の力を止める事は出来ません。」
「・・・・・では、どうしろと?」
火嶽の他に、銃火器を持つちー達は同じ大きさの墨をもっている。それを合わせる事で
上手くいけば全ての名を上書きする事は可能。だが時間が急がれている以上、
不慣れな三人が失敗するのは目に見えており、完全に手札を奪う事は難しい。
興味本位ではなく、ちゃんと論理づけた上で千夏の質問に耳を傾けた。
「後ろのちー達が墨を持っているかもしれませんが、それでも順位付けは必要かと。
失敗の可能性は頭に入れておかなければなりません。」
「そう・・ですね。」
「少し考えました。この名を刻んだのは宮司様かもしれませんが、もしかすると
この中の誰かが何かしらの目的で別の書物に刻まれた名を書き写したのだとしたら、
その名を刻むように指示をした者の力を先に封じておく必要がある。」
何故宮司がこの書物を作ることが出来たのか。単純に賀茂家の名を後世に残すのなら
血を引いていると言えない程、遠い子孫達の名など記しておく必要がない。
「優秀な側近がいたはずです。陰陽寮に名を馳せ続ける賀茂家の礎を作り出した者が。」
「そんな奴に・・・心当たりがあるってことやな?」
純恋の問いに静かにうなずき、家系図を一度閉じ表紙から一枚目。
賀茂忠行名が刻まれたページを開くとそのすぐ下に指を指す。
「この方から封じましょう。」
そこには賀茂忠行の子であり、また安倍晴明の師や兄弟子として後世に伝わる
日ノ本における陰陽の発展に大きく影響した人物の名が刻まれている。
賀茂保憲の名を、千夏は指差していた。
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