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第六百四話 夜の支配者

「全体、道を作る。俺の援護に回ってくれ。」


兼定が選択したのは自らの援護。荒れ狂う海の領地を白や業では荒せないと判断した

兼定は春を連れて直接踏み荒らそうと動き出す。


「・・・・・・・・・・!!!」


影の支配者。そして夜の主が動き出した事をクトゥルフが察知しない訳がなく、

襲い来る龍穂を上手くしのぎながら接近を拒もうと動き出した。


「恐れていますねぇ・・・・・。」


影から口を開くニャルラトホテプ。外なる神の力は強大であり、状況が状況であれば

龍穂以上に厄介な存在になる。兼定もそれを理解しており、本来なら純恋達を龍穂の元へ

たどり着かせてから存在感を放ち、安全に龍穂の隣に立たせ続ける算段をつけていた。


「そりゃ、お前は面倒だなからな。何をしてくるかあいつでさえ読めない。」


千夏達や全体に策を伝えたが、兼定はそこまで伝えていなかった。その理由はたった一つ。

この死の匂い溢れる戦場において拠り所を作らないため。ここにいるのは日ノ本屈指の

強者たちだが、相手はさらにその上を行く化け物。弱者として立ち向かわなければならず、

心の拠り所という弱点をさらけ出してしまえば奴はそこを突いてくる。

化け物の嗅覚。幾度となく命ある者達を殺戮してきた化け物に勝利への嗅覚が

備わっていない訳がなく、仲間を危険にさらしてでも隙を見せる訳にはいかなかった。


「想定より早く、我々に注意が向く事になります。負担が増えますよ。」


それでも、追い込まれればすぐさま動き出す準備は済ませていた。

だが想定外だったのは竜次達の苦戦。ルルイエの破壊はクトゥルフ討伐において大きな意味を

もたらす重要なカギであり、頼りになる三人を向かわせたのは間違いのない選択。

だが、命を吹き込むことは想定外であったため破壊が遅れているのは責めるべきでは無く、

むしろ一つの危険性を見つけ出した成果は兼定達に新たな選択肢を与えた。


「分かっているよ。」


日が沈んだことで優位を掴み取った事で龍穂の負担を春が担い、目の前に集中するために

あえて狂わせた。綱秀を目の前で失いかけたことで植え付けられた仲間への守護意識。

植え付けられた恐怖を引き抜くためには脳に直接作用させるしかなく、

それを龍穂に気付かせたうえで純恋達と合流させるのが狙いだった。


「受け入れるしかない。ここは背負うぞ。」


屋台骨である二人が動くことは策の遂行の変動が起きる可能性が高いが、

惑星を支配界に置かれてしまえば龍穂と自分がいたとしても勝負が決まりかねない。


「・・動くか。」


動きを察したクトゥルフは海を動かし兼定達に向ける。津波、水柱など形を変え、

四方八方から進行を阻もうと試みる。


「上位存在は呪文や祝詞を使わずに仕掛けてくるので厄介ですね。」


だが、この場は既に春の支配下。海面から少しでも飛び出した海水を動きを阻もうと

闇を動かすが、強大な力を持つクトゥルフの前では足止めにしかならない。


「そう言うな。お前や俺も同じもそう思われている事だろうよ。」


闇を信仰する海水が突然動きを止める。兼定が動かした影が海水を縛り上げ動きを

完全に止めてしまっていた。どれだけの力を持っていたとしても、神の力を借りる事や

魔力での操作を行う場合は必ず口に出さなければ行えない。

それは人間という生物の力が弱く、必ず願い出なければならない事が原因だが

神の力を完全に操る者達は言葉に出さずとも操作する事が可能となる。

意識の中で操作を行うとなると膨大な範囲の操作出来、神と相対する人間は多重詠唱など

高度な技術での対応が求められ必ず後手に回ってしまう。

神の相手は神でしかできない。神の相手をして来た白達や業ならまだ対応は出来るが、

経験の浅い謙太郎達を近づける訳にはいかなかった。


「全体、一斉にやれ。」


準備させていた部隊に対し、一斉に指令を出す。散らばっていた遠距離部隊はクトゥルフを

囲う形で一斉に攻撃を放ち、あらゆる方向からの対応を押し付ける。

それに対し戦う龍穂に狙いを絞るかのようにドーム型に水の壁を作り上げ、全ての

攻撃を阻みにかかるが、近づいていた白達が術式が込められた弾丸を打ち放つと、

着弾した水が重力に負け大きな穴を開けた。


「楔は効くようですね。」


雑賀家特注の弾丸を崩し、その技術を習得していた白達の切り札の一つ。

敵の術式に対して楔を打つ特殊弾丸。詠唱などを行わない神の操作だが、ありとあらゆる

操作には術式が込められている。無意識下で操作を行っているものの、その工程を

飛ばすことは不可能であり、白達はそこに目をつけ開発に至った経緯を持つ。


「神が行う操作は単純だ。強大な力を持っているがゆえにな。」


下から願い出る人間とは違い、化身と呼ばれる神は上から強制的に操作を行う事が出来る。

それゆえ組まれている術式は単純。だからこそ無意識下で行う事が出来るが、

たった一つの楔を、狙うことなく打ち込むだけでも機能を停止する事が可能。


「さて・・・道は作れたな。」


打ち込めれた楔を破壊する事は例えクトゥルフであっても難しい。

一体時間穴が開き、兼定達が入り込む隙が生まれた。


「行きますか?」


「いや、見え見えの道に行くのはマズイ。あそこに突っ込んだとしてもすぐに追い返される上に

一緒に居た純恋ちゃん達が危ないだろう。」


たった一本の道はあまりに狙われやすい。あの程度の穴はむしろ好機だと内部にいる

クトゥルフはあえて塞ぎにかからないだろう。


「それでは彼らの援護が無駄になりますよ?」


「いや、無駄にはしない。利用させてもらおう。」


明らかな隙は敵の意識を向ける。囲まれた龍穂のためにもあの程度の隙だけではなく、

もっと大きく明確な隙を作り出し失った信頼を勝ち取ることが必要だと語る。


「では、どうしますか?」


「俺達で道を開く。行くぞ。」


指示を受けた春は、近づきながら小さく口を開く。


「月読の尊は以て・・・・。」


神が口を開く時、それは化身としての力を開放するための予備動作となる。

太陽が昇る世界を支配するのが天照であるのなら、月が光輝く闇夜の支配は月詠。

その真価。闇夜の世界の支配者ではなく月の化身としての力を発揮するには神であっても

詠唱が必要であり、春の祝詞ととも夜空を登る月が強く光出す。

日ノ本の神話を語る文献のどれもを並べても、月の世界の記述はほぼ記されていない。

そのほとんどが日が高く上る日中での出来事であり、夜の世界は謎に包まれている。

その謎について多く議論が語られているが、正確な情報は一切ない。

だが一つ、共通して語られるのが夜の世界はあまりに危険であり、誰一人として

月詠の世界に深く踏み込むことは許されることなかったとされる。


「滄海原(あをうなはら)の潮之八百重(シホノヤホヘ)。」


春が祝詞を全て吐き出す。光り輝いた月が術式が込められた月光を辺り一面に強く放つ。

夜とは死の世界。人間だけではなく、その他すべての生物が狂暴性を増し死と隣り合わせの

世界となる。文明の発達により、防衛の全てを多く持つ事が出来た人間ではあったが、

それでも死の匂いを消し去ることは出来ず、危険な時間帯であることは否定できない。

春が打ち放った術式は月詠の力を他社に分け与える効果を持ち、指定された生物に対して

夜の住人として力を付与する効果を持つ。


「・・お願いします。」


月光を強く浴びたのは兼定、そして古き英雄達。他の部隊にも光を浴びせる事は出来たが

心の奥に隠した強い狂暴性を引き出す作用もあるため、高度な精神操作を行える四人が

対象として選ばれた。

光を浴びた兼定はその体を影に染め、雄たけびを上げる。その背中から顔を覗かせる

ニャルラトホテプは満面の笑みを浮かべると、その背中から生やした大きな羽で空へ

飛び立ち身を護るクトゥルフの元へ強く踏み込んだ。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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