第六百二話 最悪の可能性
「・・・・・・・・・・・。」
離れた戦場で行われていた会話に聞き耳を立てていた兼定は、その内容を否定することなく
ただ黙っている事しか出来なかった。
自らが考え出すことが出来なかったクトゥルフの狙い。それが地球の操作だったとするのなら、
マズいことになるかもしれないと兼定は頭を悩ませる。
外なる神と呼ばれるニャルラトホテプは太陽系の侵略の指示を受けてはおらず、
本人も惑星を手にすることに興味はない。
『・・私は惑星の支配など微塵も興味がない。そのような事をしても面白みが
ありませんからね。』
『だろうな。お前らしいよ。』
『支配など何が面白いのでしょうねぇ・・・。いえ、領地を持つ事は否定しません。
自分だけの世界。自分の好みな物だけを置ける空間というのは必要です。
人間の言葉で言うならおもちゃ箱と言えばいいでしょうか。夢のような空間に
足を踏み入れるのはいついかなる時でも胸が高まりますからねぇ。』
ニャルラトホテプが高揚しながら口を開く時にいつも抱いていた嫌悪感。
『悪趣味だな。』
『そのような事、初めて会った時からあなたは嫌というほど思い知ったはずですよ?
支配など、私にとってしてみればあまりに不自由過ぎる。ある程度の自由、わずかな希望。
そして大いなる絶望を私は求める。自由と希望を求めた生物がか細い糸を必死に登っていく
姿を眺めながら、小さな鋏を絞る。縋り、求めた者が堕ちていく姿と表情・・・。
あぁ・・・たまりません・・・。』
このような悪神をその身に秘めている事を改めて疑問に思う兼定だったが、
この力が無ければここまで来れていない事実がほんの少しだけ考えを改める。
『・・惑星を支配下に置くには何をする必要がある。』
このまま体の中で光悦に浸られていても邪魔で仕方がないと兼定は止めに入る。
『ん・・・?そうですねぇ・・・・・。惑星が生きているという仮説があり、
使役関係を組むことで支配下に置くことができると言われていますが、
馬鹿げた話・・・と言えないのも一つの事実。』
様々な表情を見せる惑星が大きな一つの生命体であると仮説。いわゆるガイア理論と
呼ばれる説だが、その中身と言えば地球に存在している生命と地球は相互依存しているという
あくまで地球上の生命体に重きを置いた説であり、惑星の命が宿っているという
根拠は一切出てこない。だがそれは当たり前の話しであり、人類は未だ自らが住む
惑星の事を深くまで知り得ていない。表面に住み着いただけでの生命体であり、
その核心まで触れていない人類が地球の心臓など見つけられるはずがない。
『どういうことだ?』
『惑星が生きているというのは真っ赤な嘘。この地球もそうですが、生きてなどいません。
ですが・・・この地球においてのみ、使役の可能性は拭えない。』
兼定の頭の中を巡る様々な憶測。母なる海の力を使い、地球に生命を与える・・・。
だが、それでは本末転倒。地球の力で地球に生命を与えるなどという矛盾は
この世にあってはならない。
「・・・・・・・・・・・。」
では、一体どういう仕組みで地球を支配下に置くのだろう。そもそも式神契約という
対等な関係を惑星を築き上げる事など出来るのだろうか?
「・・・・・・・・!」
頭の中に浮かぶ可能性を全て並べ、一度冷静になって考える。そして、並べた札の中に
たった一つ、わずか所かそれ以外考えられないと思えるほどの選択肢を兼定は手に取り
口に出す。
「付喪神・・・・・か。」
思わず口に出した兼定に対し、春が視線を向けるとその一言で全てを察してしまうほどの
確信に触れる一言。
「・・ご名答。」
その言葉を来たニャルラトホテプは闇の夜中、兼定の背後に姿を現す。
「空、海、大地。先ほど龍穂が作り出した神もそう。自然の化身と言われた神々は
日ノ本のみならず、様々な神話で登場しますがそれは全て地球への信仰と同義。
何故なら、先ほど申した全ては地球という惑星の一部分を切り取ったものなのですから。」
強い信仰は無敷津な物であっても神の力を与える。本来であれば不可能なはずだが、
日ノ本という特殊な環境と、研究によって組み立てられた術式がそれを可能にしている。
「筋は通っている。ですが、あまりに現実が無さすぎます。例え神に成っていたとしても
まず対等な関係ではない。それに式神契約には信頼関係が必須、意思疎通の出来ない
惑星にどうやって語り掛けるのでしょう。」
式神契約が生み出された当初、妖怪達を実力でねじ伏せていたが術式の解明が続けられ
その定義に様々な項目が追加された。心を通わせる事、そして・・・もう一つの定義であれば
契約が可能かもしれないと、兼定は口を開く。
「”互いに認める”。相手と契約をしていいと互いに認めれば契約は可能だ。
口に出す事ではなく、そう思わせればいい。」
「それが出来ないと言っているのです。あまりに薄い可能性を恐れていてはクトゥルフの
思惑通り。ここな気にせず———————————」
戦う方がいい。精神衛生上も、付け入る隙を作らないためにも。
目の前で見方が戦ってる。今は無駄な事を考えるのは辞めようと諭そうとして春だったが、
酷く面白そうに高く口角を上げたニャルラトホテプが割って入る。
「意志疎通が難しい。その前提はおかしいですねぇ・・・。」
「・・何がおかしいのです。」
「この惑星に語り掛ける方法は私が考えるだけでもいくつかある。
一つは化身に語り掛ける事。そのような者はいないとおっしゃるかもしれませんが、
そう考えれる神はいくつかいるはずですよぉ?」
「ギリシャ神話で言えばガイアがそれにあたる。日ノ本で言えば・・・
地球を作り上げたと言われている伊邪那美と伊邪那岐があげられるだろう。」
神話の中には創造神と呼ばれる者達がいる。彼らはこの地球を作り出したという逸話で
語られるが、その真偽を知る者は現代にいない。
可能性を上げるのは簡単だが、それらの神は神話の主神クラス。当然、呼び出すのは
困難を極め、力を借りるだけでも心臓の一つや二つで済まない様な代償を要求される。
それこそ先ほどの春が言った通り、薄すぎる可能性に過ぎず考えるだけ無駄。
だが、それだけではないと語るニャルラトホテプの視線は春の顔を捉えており、
これから変化する表情や態度に心底期待していた。
「そして・・・もう一つ。神格が与えられるほどの力を持つ惑星、地球。
生命は宿っていませんが、意志はあると思いませんか?」
「・・・・・それは、否定できません。ですがそれで一体・・・・・。」
「何が出来るのか、でしょう?本来何もできません。意志があるのかどうかなど
関係ない。それに触れる事さえ我々は出来ないのです。」
無駄なはず。そのはずという言葉に隠された不安を見抜いたニャルラトホテプは
闇夜に蠢き、春の目の前に現れ顔を突き出す。
這い寄る混沌の体は漆黒に染まり、その白い眼が春をじっと捉える。
「ですが、クトゥルフには出来るのですよ。奴が持つ特殊能力があれば
意志のある者との会話は可能。だからこそ、あのすさまじいほどの再生能力と生命を得ている。」
「・・どういうことですか?」
「”テレパシー”だ。選んだ相手の頭の中に強制的に語り掛ける能力。
もし、地球の意志があり、海底に封印されていた期間で奴がその意志を特定していれば
語り掛ける事は不可能じゃない。」
クトゥルフが持つ力の中でも比較的脅威ではない特殊能力。楽観視していたその能力が
自分達を聞きに追い詰めている可能性があること知った春の表情が真剣そのものに変わっていく。
「気付きましたか?脅威が迫っている事を。」
その変化を見たニャルラトホテプは満足そうに顔を遠ざけ再び影に戻っていく。
あまり態度を表に出さない春だが、思考の不意を突かれ現実を直視したその心境の揺らぎを
這い寄る混沌は一切見逃すことは無かった。
「・・・・・どうしますか?」
対応策などない。あるとするなら今すぐにでもクトゥルフを倒すのみ。
明らかになる真の脅威を前に、兼定は春への答えを出さずに新たな指示を全体に言い放った。
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