第五百九十九話 手痛い反撃
「確認は取れた。次、行くぞ。」
たった一手。三部隊の内、二つの部隊が起こした行動。それを確認した兼定は
再び行動を起こす。
「青い衝動!!!」
遠く離れた白や謙太郎達は再び遠距離での攻撃を試みるが、その数は前回とは
比べ物にならない程少なく、龍穂との戦いの合間に海水の壁を作り上げ防ぎにかかる。
伊達や雑賀、そして藤野の一撃は海の壁を貫くことは無いが唯一謙太郎の青い炎は
クトゥルフの領地に進行しようと海の束を燃やしにかかる。
触れた瞬間、水蒸気に変わる海。だが壁を開けるには敵わず炎は水に包まれ消えてなくなって
しまう。
「それでいい。」
悔しがる謙太郎だが、反撃が飛び込んで来ないほど海との距離を取った一撃は
どうしても威力が下がってしまう。だがその姿を見て、兼定は小さく肯定した。
「近づけさせたらマズいと思わせろ。関心を持たせる事こそが不意打ちへの第一歩だ。」
不意を打つ場合、その手段は大きく二つに別れる。敵の関心を一切引かずに立ち回る事で
意識外からの奇襲が可能。だがそれは完璧に気配を消すことが最低限必要になり、
見通しの良い場所ではほぼ不可能。兼定の作り出す影からの奇襲も選択肢の一つに上がるが
ニャルラトホテプの力をよく知るクトゥルフが警戒しない訳がない。
「まだまだ行くぞ・・・!!!」
そしてもう一つがたった今謙太郎が実践する注意を引く事。強い関心は周りの気配を完全に消し、関心ない味方が意識外となる集団戦でのみ使える奇襲策。
戦場において関心とは、命を脅かす者や戦況をひっくり返すほどの力を持っている事が
必須であり、仲間との連携を行う事で本来命を脅かすほどの力を持たずとも脅威だと
感じさせることも可能。今回の場合、狂気を帯びた龍穂が近くにいる事で
僅かな隙であってもクトゥルフにとっては致命傷に繋がりかねない危険な状況に陥りかねない。
例え防御をわずかにはがされる一撃であっても、龍穂や兼定の存在を認知している
クトゥルフにとって警戒しなければならない厄介な存在へと昇華される。
自らにとって有利な領地であったはずが、気が付けば兼定の手のひらの上に変わりつつ
ある現状をクトゥルフが良しとするはずがないが、それを変えるためには少なくとも
龍穂を戦闘不能にまで追い込ま気ればならないが、隙を作ろうとも傍に寄り添う従者が
隙を作ることを許さない。
「・・仕掛けてくるぞ。」
手も味も出ず、このままいけば徐々に追い込まれる状況を何とかしなければならない。
手札の切り所はここだと兼定は周りに警戒を促した。
「舐めおって・・・・・!!!」
兼定の予想通り、クトゥルフは龍穂と戦いながらも海を荒立たせながら怒りを露わにする。
これ以上放置する事は出来ない。下等生物が図に乗るなと声を荒立てると
波立海から大量の水音が響き始めた。
「飛んでくるぞ!!警戒しろ!!!」
何が来るのかを察した兼定が声を荒立てたその時、安全地帯にいるはずの謙太郎達に
向かって何かが飛び込んでくる。怒りのままクトゥルフが海を飛ばしてきたかと思ったが
暗闇の中で聞こえてきたのはただの水音ではなく何かが飛び跳ねるような音。
そしてその場にいる全員の鼻に入ってきた異様な生臭さは飛び込んできたのが海水ではなく
自らの命を狙う生き物であることを謙太郎達に報せていた。
「謙太郎!!」
「分かっているさ!!!」
意志を持った何か。それはクトゥルフが扱い海水より対処が簡単かもしれないが、
先程の自分達と同じ、状況によっては大きな脅威となる。
クトゥルフが操る海水が向かっているのなら脳のリソースを割いている証拠であり、
それだけで龍穂の支援になるが奴の意志とは全く関係の無い別の何かが攻勢を仕掛けてきている
のならその何かが作り出した隙を見て、クトゥルフが命を刈り取りに来る可能性が高い。
「青い金剛石!!!」
その何かを判明させるため、そしてこれ以上近づけさせないために謙太郎は大きな動きを見せた。自らが放つ炎を身に纏い、辺り一面に一斉に向けて撃ち放つ。
冬の夜空に浮かぶ大三角形。ひと際光を放つ星々にさらに三つの星を加えたダイアモンド。
それを炎に見立てて味方を護るように打ち放った青い炎の光が飛び込んで来た正体を
眩く照らしつける。
「なっ・・・!?」
深き者共か、それとも落とし児か。遠く離れた自分達の動きを止める刺客と言えばと
謙太郎達の頭の中に浮かんだ二体。だが、その予想を大きく外した謙太郎達は驚きを隠せない。
謙太郎達の元に飛び込んできた刺客。それは命を刈り取る者ではなく、むしろ捕食される側。
海を泳ぐ魚達。食用として知られるようなありきたりな魚達は飛び込んで来た炎を
迎え撃つ事など到底できず、最低限に身を護るだけに備えつけられた鱗は炎の温度を
簡単に通し、その身を焼かれていく。
「・・かかったな。」
クトゥルフが求めたのは最低限で最大の効果。海を支配するクトゥルフだが神を信仰する
深き者共達という手駒のほとんどを失っている。たとえ呼び寄せたとしても龍穂や
古き英雄達はおろか後方に控える謙太郎達であっても到底かなわないだろう。
意味もなく配下達を失う事は王としてあってはならない。であれば、地球の生物を
犠牲にすればいいと支配下に置いた海水を泳ぐ魚達を海流で無理やり動きを変え、
謙太郎達に飛び込ませた。
「何のこれしき・・・!!」
思わぬ刺客に驚く謙太郎達だが、すぐさま全てを焼き払う。だが、既にクトゥルフの術中であり、それ高く影に乗る謙太郎達の真下には巨大な渦が出来上がる。
クトゥルフは魚達が謙太郎達を倒す所か、傷一つ付けることは無いと端から分かっていた。
それでもあえて飛ばしたのにはたった一つの理由がある。それは謙太郎達の位置を
詳細に把握する事。青い炎は眩く辺りを照らす。先ほどの援護では詳細な位置を把握できなかったが、辺りを照らす炎が放たれたとなれば話は別。暗闇という状況を機転を聞かし
むしろ謙太郎の位置を引き出したクトゥルフは戦いのわずかな隙を縫って
謙太郎達の足元から巨大な水柱を打ち上げる。
「まずはお前達だ。」
凄まじい速度。再び暗闇に包まれた謙太郎達は水柱が向かってきている事など知る由もない。
そこにあるのは出所の見えない爆発音と空気を切り裂く音が織り成す死への恐怖。
視界という情報が絶たれた謙太郎達は応戦しようにも向かってきている場所も想像が
憑かずにただ回りを見るだけ。もはや間に合わない。このままいけば謙太郎達は
水柱に打ち上げられ、そのまま海へと引きずり込まれる。それはクトゥルフの前では
死を意味する。未だ誰も倒れていない状況で謙太郎達の死を知ることがあれば
纏った狂気を引きはがし正気を取り戻すだろう。
謙太郎達が行った策をほぼ返したような形の一撃は、謙太郎を飲み込む。
まずは一人。命を奪った後目の前で暴れる龍穂の前に差し出せば少しは効果があるだろうと
クトゥルフは笑みを浮かべるが、話しはそう簡単に行くことは無かった。
「お前の行動ぐらい、簡単に予想できる。」
打ち放たれた海水の中。いるはずの謙太郎達を掴むことが出来ず何が起きたのかと
動揺するクトゥルフ。
「おい・・・。何よそ見してんだよ!!!」
その僅かな動揺を龍穂は見逃さず、風の塊をクトゥルフの腹部に叩きつける。
そのまま深海まで沈められるのではないかと思わせるほどの一撃を喰らった大神の頭の中は
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられており、簡単に上がってくる様子を見せない。
掴んだはずの勝機。それを奪ったのは間違いなく兼定だろう。一体何をしたのか予想は簡単。
影に沈ませ移動させたに違いない。ただそれだけならいい。だが兼定はこの状況で
止まっているほど愚かではなく、次なる策を打ち立てているはず。
手駒と余裕があまりに少なく、取る事しか出来なかったあまりに中途半端な策を取った
自分に苛立ちのあまり、この海を全て動員し暴れてやろうかと思ったが
海の上から打ち放たれた龍穂の空気の塊が、自らを狙ってきていると理解すると
すぐさま冷静になり静かに身を潜める。全ての海を動かすにはそれなりの時間が必要。
その時間を深海に身を隠して稼ぐ手もあるが、それは龍穂も同様であり下手に時間を与えれば
今の龍穂は大気圏の外から宇宙の風を直接呼び出してもおかしくはない。
海面に飛び出す必要があるが、また劣勢を強いられる。どうするかと考えるクトゥルフを
兼定は外からじっと見つめる。引き出す必要がある情報は着々を手にしている。
後はルルイエの破壊と龍穂がどれだけクトゥルフを追い詰めるか。
その成果によってとるべき動きが変わると、狂気に包まれる龍穂に視線を移した。
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