第五百九十八話 下ごしらえの始まり
三つの部隊が動き出す戦場。それぞれの行動は違えど、思惑は同じ。
「死ね・・・・・!!!」
クトゥルフを討ち果たすために暴れる龍穂と楓。厄介なリソースを削るため動き出した
古き英雄達。
「龍穂・・・・!」
そして龍穂を援護するために動き出す残された星空。目的はただ一つ、クトゥルフの討伐。
闇に紛れ、日ノ本の新たな夜明けを求め全員が動き出す。
兼定が示した策。それは龍穂の動きが分かる三人を援護に送り出す奇策。
本来なら大神の力が行きかう戦場に人間が踏み込むことは不可能だが、兼定はあえて
その選択を取った。
リスクを取らなければならない。だが、それでもやれる限り抑えなければすぐさま命を落とす
地獄のような戦場。吹き荒れる嵐が近づく千夏達の心がこれ以上近づけば先はないと
訴えかけている。
「・・もっと詰めましょう。」
止まる足を何とか動かし、千夏達は進む。兼定が作り出した影の床をゆっくりと進む。
兼定が星空に対して提案した策。それはあまりに単純で、あまりに無謀に聞こえる奇策。
これだけ荒れた戦場をあえて静か、そしてゆっくりと近づくという提案に対し、
すぐさま異論が上がったが、兼定なりの考えがそこにはあった。
「だい・・・じょうぶやろか・・・・・。」
「大丈夫もクソもないよ。私達に出来る事はクトゥルフに見つからないように祈るだけだ。」
このような状況において、力が劣る者が取れる選択肢は限られる。
忠行の体を持ったクトゥルフはこれまでの龍穂の歩みを十分すぎるほどの認知しており、
味方を狙えば狂気を薄れられることぐらい知っているだろう。
始祖の悪魔の力を持つ楓ほどの実力がある中まであれば庇う事は無いが、
純恋達が無防備に突っ込めばすぐさま狙われる。
「・・ここまで来て弱気なこと言わんでや、桃子。」
それは兼定達も十分に理解している。だからこそ、その盲点を突くべきだと策を打ち上げた。
だが、単なる博打を打ったわけではなくクトゥルフに察されることなく近づくための
策を持っていた。その一つが純恋達が歩いている影。夜という時間帯は春の支配下であり、
影は全てを隠して闇に包み込む。それはクトゥルフの領地である海でも関係なく、
抗えることが出来ない。太陽の光を弾き、辺りに光を反射させるが闇を弾くことは出来ずに
受け入れるしかない。海という広大な領地内で行われる操作を阻まれたクトゥルフは
密かに近づく者達を感知できず、隠密行動が容易に行える環境となっていた。
「俺達も動くぞ。」
それは純恋達だけではなく、残された星空にも影響を与える。海の操作を行う事は出来ずとも、
魔力や神力などの力を使えば歴戦の猛者であるクトゥルフは感知を行い、
すぐさま反撃を仕掛けてくる。攻勢を仕掛ければ危険にさらされる事で簡単に手出しは出来ず、
海水から離れた長距離での援護が選択として最善であり、クトゥルフもそれを察し
龍穂と戦いながらも力を発信源を探りながら対処を行う準備を整えている。
だが、それはあくまで二つの力を主体に戦ってきた者達。クトゥルフの配下達との戦いを経た
白は配下の神々と相対する際、同じ様な状況を何度も体験し、その危険性を十分に理解している。力を使わず戦える武器。刀などの近接だけではなく、離れた距離でも神々に対し
有効な一撃を放つことができる武器を探した結果、近代的な銃火器を採用しここまで生き残ってきた。
業や残された者達は安全に距離を取り、銃火器を手にした白達は純恋達とは別舞台で
白達は行動する。神々の国である日ノ本を敗戦にまで追い込んだ大国が扱った銃火器。
力無き者達が移住し、人の手によって繁栄を続けたかの国が手にした人間の武器。
知識を集結した銃火器を前に、神々の力は意味を成さなかった。
クトゥルフの存在を人類史に初めて仄めかした著者を生み出した大国の存在が
兼定達に与えた力がここに来て付け入る隙を生む。
「一応、もう一度策を確認しておくよ。他のみんなが気を引いた隙に龍穂と合流する。内容としてはシンプルだけど、クトゥルフに近づくと言う事はたったそれだけで精神が乱される危険性があるってことだ。恐怖に支配されても誰かが策を覚えておけば行動に移せる。
各々が忘れないように、しっかり覚えておくんだよ。」
影によって存在感を隠された星空達をクトゥルフは警戒している。
目の前にいる龍穂存在が警戒以上の行動を取らせる事は無い。そうなった時に一番
警戒しなければならないのは直接手を下す以外の行動。クトゥルフが扱う特殊技能。
夢への干渉とテレパシーがあげられる。どちらの脳へ干渉する術式だが、
同じ力を持つハスターを力を持つ龍穂がおり、術式に干渉されれば未だその存在が
封印されている事を知られることを押されたクトゥルフは仲間達に一度も使ってこなかった。
だが地上に現れた今術式を縛る意味はなく、姿の見えない敵に対して無差別の精神攻撃は
数ある中でも一番に有効な選択肢。戦う狂気ではなく、恐れに対しての狂気を与えられては
まともに体を動かす事さえ出来ない事もある。そうなれば策の実行も困難であり、
出来る限り早急な対応が必要だが兼定は時間を優先し、ここでもリスクを取った。
「・・始まったね。」
ゆっくりと、そして着実に移動していた千夏達。暗闇の中、静かに呟く。
まず動き出したのは後方に控える業と残された謙太郎達による一斉射撃。
それぞれが持つ最大火力を打ち放つ。闇の中を駆けていくいつものの術式達はそれぞれが
光り輝き純恋達の頭上をまるで彗星の様に突き進んでいく。
「龍穂!!支援するぞ!!!」
闇の中、響くのは謙太郎の声。非常に通るその声は離れた純恋達の耳にもしっかりと聞こえており、空気を感知できる龍穂の元へも届いている事だろう。狂気に包まれている龍穂が
謙太郎のものだと認識するか、今はそんなことはどうでもいい。
クトゥルフの予想通り、離れた位置からの支援を行っている事を認識させる事。
強大の力を持つ者の予想通りに事が起きている現状を知らせる事だけで十分。
「はははははは!!!!!」
飛び込んできた彗星立を気にする様子を見せない龍穂は予想通り一切触れずに攻勢を続ける。
目標であるクトゥルフは自らの向かう彗星を領地や触手を振るうのではなく、子孫達の力に
よって退けようと体から生えた口から術式を打ち放った。
「・・苛立つね。これほどまで完璧に予想されるとさ。」
別部隊が攻撃を打ち放つ際、重要なのはどうやって迎え撃つか。兼定が策の中で重要視する点に
上げたクトゥルフの行動の重要度を見る事を上げていた。
ハスターの力に対抗できるのは自らが司る海の力と大神にふさわしい強靭な力。
忠行と思考が異なるクトゥルフの意識が前面に出てきたことで優先順位の変動が起こるかもしれないと兼定は警戒し、奴が予想できた一撃を放つ事で整理された上で行われる龍穂以外の者への
対処に使われる攻撃手段を明確にした。
「・・・・・ええ。ですが、これで隙が作れます。」
千夏達や白が狙うのは不意打ち。思考が乱された中、龍穂と相対しながら使われる対応手段が
子孫達の術式になるのかは不明確だが、少なくとも遠距離攻撃を防ぐ際に使われるのは
子孫達の力という事実が確認できた。これであれば龍穂から預かった家系図を使った
奇襲が可能。どれほどの効果を発揮できるかは分からないが、龍穂のために隙を与えてやれる
のはまず間違いない。
次の動き出したのは近づいていた白達。千夏達とは違い、密集せずに点々と配置された
白達が得物である銃火器の引き金を引き、込められた銃弾の束をクトゥルフに向けて打ち放つ。
「・・・!!!」
完全なる不意打ち。力を感じさせずその身を襲う凶弾に対し、クトゥルフは一切抵抗することなくその身で受け止める。白達が持つ銃火器は対人間用に設計された自動小銃ばかりであり、
規格外の巨体と柔らかくも耐久性を持つ皮膚、そして並外れた回復力を持つ大神の前では
かすり傷にすらならないが、問題は皮膚を貫いた銃弾にある。
人間の命を奪う程度の火薬しか扱えない自動小銃。仙蔵の家の地下にあった試作品達は
大神相手でも通用し、且つ持ち運びに困らない銃火器の製造を目指した後だったが
それらは全て失敗作。大神の体を貫く火薬に耐えれるほどの銃身から弾倉まで全ての強度が足りず、銃火器のサイズを大きくする以外に選択は無かったように思えたが白達が持たない知識と技術を持った者との出会いが彼らの研究に終止符を打った。
「猪口才な・・・!!」
クトゥルフの皮膚に突き刺さった弾丸。それらが本来持たないはずの術式によって
内部から様々な効果を植え付ける。燃え上がらせ、凍らせ、肉を媒体にし木々が育ち、
柔らかい肉を食い破る式神の姿が純恋達の視界に映し出された。
ショッピングモールでちー達が使った特殊な弾丸。術式の刻印が込められたその弾丸を
作り上げられるのは日ノ本でも数少ない”武器職人”。雑賀家の者のみが扱えるという
特殊な技法により、小さな弾丸に複雑な術式を込められるようになった。
国學館交流試合の際に雑賀が使った弾丸も同じ仕組みであり、弾丸の改良によって
威力を高めることに成功した白達の攻撃力は飛躍的に上がり、世界中での活動を大きく支えていた。皮膚に突き刺さる弾丸が織り成す様々な効果。それに対しクトゥルフはどう対応するのかを
兼定や千夏達は眺めていたが、取った行動はまさかの無視。
龍穂の一撃に比べれば他愛のない弾丸達が作り出す傷を異様な回復で傷口は広がることなく、
込められた力が少なくなるにつれ効果が薄くなり、ついには傷が完全に閉じられてしまう。
これもまた、兼定が取りたかったクトゥルフの優先順位。たとえ不意を打たれたとしても
半端な攻撃に対してはあえて対応せず、ガス切れを待つ事で龍穂に集中していた。
回復能力に関して奴は絶対的な信頼を置いており、龍穂以外であれば待つだけでも対処できる。
能力が導き出す最善策。優先順位をより明確にしたのは良いが、突破口を見つけるには
あまりにわずかな情報しか得られない。
「・・・・・・・・・。」
だが、その姿を見つめていた兼定はわずかに口角を上げ、何かを確信した様に一度だけ大きく頷いた。急ごしらえて立てた策は今の所順調。目的も果たすことができると確信したように
頷いた後、すぐさま白と業に指示を出す。
その指示は千夏達に伝わるは無く、ただ着実に足を進めるのみとなっていた。
気付けば龍穂まであと少し。狂気に包まれた龍穂と楓の援護が出来れば勝機は必ずある。
そう信じ足を動かす。健気な五人の姿を見た兼定は、次なる行動を残された二部隊に対して
送り為、静かにマイクを口元に近づけた。
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