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第五百九十七話 寄り添うための狂気を

各々が役目を果たしていく戦場。龍穂や楓、そして古き英雄達がルルイエの破壊に向かう。

大気を司るハスターの支配力は強力だが、この地球という惑星においてクトゥルフの右に

出る者はいない。それらを真正面から叩き潰すのは至難の業。だが、龍穂なら

やってくれると狂気を与えた兼定の決断は果たして正しいのか。


「・・来たな。」


後方からやってきた千夏達を暗闇の中から見つけ出す。決断とは、下した瞬間

答えが出るのではなく、たどり着いた先に現れる結末。

決断とはその過程でしかなく、その道のりが全てを決める。


「・・・・・・・・・・・。」


先陣を切ってやってきたのは千夏と純恋。本来なら中遠距離で戦う後衛を務める二人が

護衛をつけずにやってきた訳はたった一つ。

兼定への怒り。式神契約を結んだ大切な者を狂わされた怒りは表情に現れており、

純恋は眉間にしわを寄せ、千夏はひどく冷たく静かな視線を送る。

少し後ろを歩く桃子も同じ様な表情だが利手である右手は柄に添えられており、

存在感を放つ二人の影からいつでも切りつける準備を整えていた。


「・・・・・怖いですか?」


これから己が身に訪れる未来があまりにはっきりと浮かんだ兼定に対し、

すぐ近くに立つ春が尋ねる。


「・・怖いな。クトゥルフよりよっぽど怖い。」


冗談のように返した兼定だが、その言葉は本心からそのまま出された恐怖。

怒りのままやってきた千夏達への恐れもあるが、それ以上に彼らの信頼を失った事が

大きい。龍穂が勝利を収めたその時。傍にいた彼女達も同じ様に英雄として民衆に周知される。

これまでの戦いで大きく崩れた三道省を立て直すのは彼女達しかいない。


「身から出た錆です。受け入れなさい。」


業の長として、龍穂に寄り添う彼女達とは良好な関係を築かなければならない。

目の前の勝利を追いかけるあまり、それが困難になったことに兼定は恐怖を抱いたが

春は諦めろと諭した。


「・・どうすればいいの?」


そんな二人の前に出た二つの影。一人は兼定に詰め寄ろうとする二人を静止しながら

策はなんだと尋ねるちー。そして少し後ろにいた桃子の鞘を優しく手で押さえるゆーの

姿がそこにはあった。兼定と関係が深く、妹として接してきた二人がまさか窮地を

救おうと働いてくれる姿に心を動かされるが、その中に若干の苛立ちを含まれている姿を見て

二人の龍穂へ大きな信頼を寄せている事に気が付く。


(こりゃ・・・・・。)


さらなる恐怖と共に、大きな安堵が兼定の心に差し込む。

クトゥルフの力を削るため、部隊を分けた白は日ノ本で忠行の動向を見る者達と

世界各地に残る教団を見つけ出し殲滅する部隊がおり、時には場所を選ばずに銃火器を扱う

彼らは国政的に危険視されていた。この戦いが終わればそんな彼らは居場所を失う事になる。

戦いの中で過ごした者達が平穏訪れる日ノ本で平和に暮らすには限度があり、

国際機関から白達が日ノ本にいると認知されれば白達は居場所を失う事になる。


「・・ここは奴の領地の上だ。本来ならすぐさま排除しようと動かれる所だが、

龍穂が気を引いている上に、夜は春と俺の時間帯。」


業で引き取ることが彼らのためであると兼定は思っていたが、それはこの先一生を

日ノ本、そして皇のために働く事になる事になり、その役目を終えたとしても

その身に刻まれた闇を外に出さないため指定された土地で余生を過ごすことになる。

長としてこの戦いを終えた後、その仕来りを撤廃するべきだと考えた兼定だが

闇を外に出す危険性を指摘されるのは目に見えていた。だが、龍穂が神道省の長として

白を匿えるのなら話は別。警戒心が高いちーが苛立ちを覚えるほどの信頼に龍穂が答えない

訳が無く、彼らを戦いと闇から解放でき、自らの使命に巻き込む必要がないと強い安心感を

覚えていた。


「だからこそ呼んだ。俺達がいる限り、奴の隙にはさせない。」


「それは分かっているよ。だからここに来たんだ。」


速く指示を出せ。助けに行かせろと苛立ちを露わにしながらちーは急かす。

だが、狂気に包まれた龍穂とクトゥルフの戦いに割って入れる者は数少なく、その一人である

楓は既に龍穂に寄り添い戦っている。


「龍穂の事は千夏達の方がよく分かっている。だからこそ、楓は早めに龍穂に声をかけた。

あの場に居たら狂気は足枷じゃなく、むしろ必要なことぐらい私達だって分かっている。

だけどさ、いつもの事だよ。少しでもいいからこっちに情報をくれ。

私達は人間だよ。都合の悪いことがあれば苛立つし、それが大切な奴の身に降りかかっている

のならなおさらだ。」


「・・そうか。そうだよな。」


本来、すぐさま謝罪を述べなければならない兼定だったが、ちーの言葉を聞いて

裏が取れたことに対して嬉しそうに頷く。

その姿を見たちーは馬鹿にされていると勘違いし、神経を逆なでられたと

強い怒りを露わにするが、隣にいた春が止めに入り、兼定もすぐさま謝罪を述べる。


「何さ!こっちは死ぬ気で・・・!!」


「分かっている。すまない。ひとまず、ここは俺達の指示に従ってもらおう。

夜は俺達の時間帯だが、龍穂の様な広大な範囲の操作を行えるわけじゃない。

そして単体で行動すれば奴は必ずそいつを狙ってくる。組織的に動くことで

龍穂の支援を行うぞ。」


楓の言葉によってクトゥルフのみに集中している龍穂は周りのとの連携を取ることはできない。

一方的に龍穂の合わせるのは至難の業。


「部隊を編成する。」


だが、どれだけ狂気に包まれていようと龍穂は龍穂。ここまで練り上げた技術の全てを

用い戦っている事には変わらない。


「・・千夏ちゃん。」


龍穂の動きに見慣れている木星なら近くで戦う事が出来る。そう判断した兼定は

怒りを未だ収めていない千夏に格となる部隊の長に任命する。


「そして純恋ちゃん、桃子ちゃん。この三人を核として動く部隊を編成する。

ちー、ゆーは傍で支えてやってくれ。」


「・・・・・五人だけでよろしいのですか?」


兼定の指示を受けた千夏は怒りを抱えたままではいられなくなる。

龍穂のために戦えることには何一つとして不満はないが、大神同士の戦いに

たった五人で援護を行うのはあまりに無謀だと熱くなった頭でも理解できる。


「心配はあるだろうが、大丈夫だ。そのために俺達がいる。君達が龍穂の元へたどり着くまで、

そして援護を行う際。一挙手一投足全てにおいてカバーする。」


むしろ本隊を五人に押さえることによって手厚い援護を行えると兼定は語る。


「あまりプレッシャーをかけたくはないが、むしろそれぐらいしなければ君達を送ることができない。俺達の背中を任せて、君達は龍穂のために狂ってやってくれ。」


「・・私達も化け物に成れっちゅうんか。」


「違う。化け物に人は守れない。向かう先、何をもってして狂うかが肝心だ。

龍穂の様に単に命を奪う事だけ考えれば人類にとっての化け物に成るが、そんな龍穂を

守る事だけを考えた君達は周りからしてみれば化け物かもしれないが、龍穂にとってしてみれば

自分に寄り添う唯一の仲間となる。それに、それを批判する者はこの場にいない。

いるのは君達を援護する俺達だけだ。どうだ、やってくれるか?」


目標を明確化し、彼女達にとっての害はないと主張してその援護を申し出る。

そもそも、このような状況になって時点で千夏達の拒否権はないと同義。

それでも兼定が申し出たのは少しでも彼女達の信頼を取り戻すため。


「・・・・・もう、遅いんちゃいますか?」


見え透いた下心を千夏達は既に見抜いており、ゆーに止められていた桃子は

言葉の後に無理やり指で鯉口を弾き音を鳴らす。


「そうかもしれない。だが、君達にならこの提案を飲んでくれると信じている。」


あまりに筋の通らない申し出を、千夏達は破棄してもよかった。

だが、兼定の背後。暗闇の中から聞こえてくるまるで近代兵器を用いた攻防を知らせる様な

激しい戦闘音の数々が、三人の心を焦らせる。


「・・・・・しゃあないな。」


実質龍穂を人質に取られている三人は首を縦に振る事しか出来なかった。

このような事は間違っている。龍穂を狂わせた人物の提案を飲むのも腸が煮えくり返る様な

苛立ちを覚えさせる。


「何をすればいいのでしょう。」


それでも、全ては龍穂のため。過程が間違っていたとしても三人が望む結末を兼定は抑えている。従うしかない。危険だとしても、その先に龍穂がいて共に戦い勝利を収めることが

出来れば三人は他に何もいらなかった。


「詳細を話す。全員、よく聞いてくれ。」


ここから先。今まで以上に危険な戦場に立っている現状は星空達が取る行動に必ずリスクを

負わせる。だが、既に長きに渡る戦闘を行ってきた彼らはリスクを恐れない。

兼定が語る策。それは大きくリスクが含まれていたが、静かに耳を傾ける彼らが

異論を唱える事は一切なかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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