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第五百九十五話 化け物の苦悩

「龍穂!!!」


必死に声を上げたのは竜次。兼定が仕組んだ狂気に支配された龍穂を止める術は無く、

移動中を狙われる事を一切考えずに突き進む姿を見た古き英雄達はその足取りを追う。

隣にいた楓はすでに動き出しており、龍穂の傍に追いついていた。

始祖の悪魔の力をものにした楓もその体に狂気を忍ばせており、主君が狂う姿を見て

隠していた才能を開花させる。


「はははははははははは!!!!」


月夜に鳴り響く笑い声。ハスターの力を持つ者と、クトゥルフの力を持つ者。

宇宙の大神の力がぶつかればどうなるかを兼定は十分に理解している。


「・・・・・次だな。」


隣に立つ春の背中を軽く叩くと、計画通りだと言わんばかりの一言を呟きヘッドセットの

電源を入れる。


「千夏ちゃん。聞こえるか。」


連絡を取ったのは龍穂と契約を結ぶ千夏。式神契約は結んだ者の影響を受けやすく、

離れている三人も影響を受けていないか確認を取るための連絡だが

聞こえてきたのはひどく冷静且つ、冷徹な言葉尻の声。


「何が起きているのか。説明していただきましょうか。」


灯りのない海。遠く離れた千夏達は龍穂の様子を肉眼で確認する事は出来ないが、

式神契約からその異変を察するには十分なほど、龍穂は狂気に包まれている。


「俺が龍穂を狂わせた。全て俺の責任だ。」


言葉を間違えば怒りを買う。いや、怒りを買うだけならまだマシ。

一生恨まれるどころか、命を奪われる可能性も十分にある。千夏と純恋、そして桃子は

龍穂と未来を歩むことを望んでおり、それを知らない訳がない兼定だが簡潔に状況を伝える。


「理性を少しでも持っていれば、決着はつかない。安全な道を選べば、今まで見たいに

戦いは長引く。それは俺達にとっても、そして龍穂にとっても苦しい道になる。」


「・・言いたいことは分かりますが、龍穂君にとって苦しい道とは言えないでしょう。

長引く戦いで疲労する事は容易に予想できますが、その疲労を肩代わりするのは

私達の役目です。」


「それこそが龍穂にとって一番の苦痛。長引けば長引くほど、仲間を失う危険性は

高くなる。戦いとは誰かが傷つくものだ。だがあいつはそれさえ嫌う。

自らを思う仲間の気持ちを理解し、あえて前線に向かわせる事はあれど決着はいつも自分。

手負いの敵相手への詰めは危険だ。その危険を背負わせる事が出来ないと前に出る。

あいつは優しすぎる。だからこそ、狂わせる必要があった。」


裏切りともとれる行動の真意を必死に伝えるが、千夏は納得する事は無い。


「・・・・・何故、私達に伝えなかったのですか。」


「伝えたら承諾するか?やめてくれと懇願するはず。もし、承諾するとしても

自分達も連れていくことを条件に出す。どうだ?間違っているか?」


答えは沈黙。兼定の返答が何一つとして間違っておらず、反論の余地さえない。

それ以上、兼定は何も返さない。そこまで分かっているのならわざわざ言う必要もない。

相手の命を奪う事だけを目的とした龍穂に自分達が追いつけないのは明白。

それでもついて行く決意はあるが、その結界の命を落とす結末も。


「・・俺の間違った決断。申し訳ないが、それを覆して欲しいんだ。」


ここで動く事こそが悪手。それでも受け入れられない現実に唇を嚙みしめていた千夏に対し、

兼定は突如として思いがけない願いを申し出る。


「覆・・・す・・・・・?」


「勝負を決めに行く決断を下したとはいえ、俺は自らの弟を化け物にしてしまった。

このままだと、あいつは忠行と相打ちになりかねない。」


クトゥルフとハスター。敵対している強大ではあるが、上げた実績で言えばハスターの方が上。

ガス惑星とはいえ、一つの惑星を征服しかけた事実は敗北を喫し、惑星の奥深くに

封印されたクトゥルフとは比較にならない。だが、封印された長きに渡る期間は

クトゥルフがこの惑星に適応するには十分な期間であり、自らの領地として扱う技術を

育て上げた。


「化け物は人間でしか倒すことはできない。それは日ノ本・・・いや、地球の歴史が

物語っている。これまでの戦いを人間として勝利を収め、そして背負い続けてきた

あいつは日ノ本を救った”英雄”に成ってもらわなければならない。」


技術を培い、そしてその領地で戦うクトゥルフ。そして大気を領域とするハスターであれば

その力は対等。実力が対等であるなら、それ以外の力で補わなければならない。


「先程の言ったようにこれは龍穂が勝つための策。だが、このままいけばそれ以上でも

それ以下でもない結果が待ち受けている。残念ながら、俺が助けることはできない。

何故なら俺は龍穂を化け物に仕立て上げた大馬鹿者であり、同じ化け物だからだ。」


「・・全て、算段の上での策という事ですか。」


「そうだ。笑うならいくらでも笑え。殴りたければ殴れ。命を取ってもらったって良い。

この策はこれまで君達が辿ってきた道のりを近くで見て、そして聞いてきたからこそ

取れた策。本来使うべき言葉じゃないが、あえて言わせてもらうなら龍穂を、そして

君達を信頼してだ。最も、行動する前に相談してくれと言われれば何も言い返せないがな。」


必死で訴えかける兼定。取れる行動中でも最善の策を取ったのだと千夏も薄々感じている。

だが、それは最善の結果を求めただけであり、最悪の結果を辿る可能性も十分に秘めている。


「・・・・・・・・・。」


答えは決まっている。断る理由は一切ない。だからこそ、千夏は心底気に食わない。

先程の自らの言葉を上手く使われている点もそうだ。龍穂の苦しみを肩代わりするのは

傍で支える自分達の役目。苦しみではなく、人間として歩めるように傍に支える役目を

都合よく与えてきた兼定の手のひらの上に誘われている様に思えて仕方がなかった。


「・・貴方が気に食わない。」


腸に抱える不満をそのまま吐き出す千夏。その言葉が願いを受け入れる何よりもの証な事も

全てが気に食わない。


「手のひらの上に乗せるなら、半端は辞めていただきたい。最高の形まで

しっかりと導いていただけなければ心の底からあなたを信頼できません。

手の内を隠している事にも腹が立ちます。はっきり言って、お受けしたくはありません。」


兼定は待つ。千夏が全てを吐き出すまで。


「あなたがどれだけ私達の事を思っての事だと訴えかけてきても、信用できない。

貴方の身勝手な行動で龍穂君を化け物にして、その上助けろと?

馬鹿にするのもいい加減にしてくれませんか?」


声色が強くなってきている。この連絡は全体へ伝わっており、後から静止させようとする

ちーの声が聞こえているが、やめろと叫ぶ純恋の声が遮った。


「龍穂君を化け物扱いしていますが、あなたこそ真の化け物です!

しかも自覚した上での行動なんて・・・同じ人間とは到底思えない!!」


「・・・・・すまない。」


「謝罪なんかいりません!!本当に・・・あなたという人は・・・・・!!!」


戦い、傷つき、そして倒れてきた。これまでの歩みが千夏の脳裏に流れている。

次はどんな言葉をぶつけられるのかと兼定や周りに人間が構えているが、出てきたのは

絞り出したような声。


「・・・・・・・・龍穂君のためです。」


諦めたようにこぼれた了承。いつも冷静な千夏が見せた乱れと怒りを抑え込んだのは

龍穂共に歩んだこれまでの思い出。


「・・助かる。」


「勘違いをしないでいただきたい。あなたの手のひらの上に乗るのではない。

貴方という化け物から龍穂君を救い出す戦いに、我々は繰り出す。」


手を取り合うのではなく、利害の一致で仕方がなく飲み込むのだと自らに言い聞かせるように

マイクに言い放つ。


「分かった。呉越同舟と行こう。利用するだけ利用してくれ。」


その言葉を引き出せただけで兼定は勝負に勝った。その事実も千夏の心を逆なでるが、

一度決めたことを感情で覆すことは無い。


「まずはこちら側に来てもらう。千夏さんだけじゃなく、白や業もだ。

海は広がっているが、それは俺達が何とかしよう。」


兼定からの指示が飛ぶと、返事なく千夏のヘッドセットの電源が切られる。

少し遅れて同じ様に複数の電源が切られると、複数の気配が移動を始める。

急ごしらえの策が動き出した。ここからは全てを臨機応変に対応しなければならない。


「・・・・・兼定よ。」


向かってくる千夏達の安全を確保するために動こうとする兼定の耳に入ってきたのは、

これまで仕えてきた主の声。


「・・すまん。」


たった一言。それは謝罪。


「・・・・・勿体ないお言葉です。」


その謝罪には様々な意味が込められている事を、兼定は知っている。

たった一言で全てを察した兼定は、同じ様に様々な意味を込めた一言で返すのだった。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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