第五百九十三話 這い寄る混沌の金言
これまでの戦いをずっと見守ってくれていた太陽。民達を照らす日差しが残りわずかと
なった暗がりの中。足音も無く死神たちがこちらにやってきた。
「・・遅いご到着だな。」
こうなることを分かっていたと言わんばかりに悠々とこちらにやってきた三人。
古き英雄達が自らの使命を果たすための場に導かれる。
「月が輝いた時に姿を見せろと伝えていたのはあなた方ではありませんか。」
俺と楓の必死に攻防を前にしてずいぶんと余裕を見せてくれる。内心、こっちの身に
なってくれと思ってしまうが、戦っている俺達の姿を見てか妖精達が援護をくれる。
子供、大人。動物など様々な姿をした異なる妖精達が俺達の傍を護り、
そして後方支援を警戒する忠行に向かっていく。
「っ・・・!!!」
妖精達の存在をうっとうしく思ったのか、それとも後方支援と俺達の連携に対応できなかったのか。いや、死神達に相手に少しでも有利な領地で戦うべきだと判断したのだろう。
宙に浮いた海を捨て、大きな体で跳ねあがり海へと戻っていく。
「逃がすか・・・!!」
せっかくの好機を逃すわけにはいかないと空気を固め、即席の砲弾を作り上げる。
近くにいた楓も俺と同調し、飛び出そうとするが目の前に手の広げたアルさんが姿を現した。
「待ちなさい。」
「待っていられませんよ!!」
情けなど不要。ここまで敵を見逃して状況が好転したことなど一切ない。
兼兄達のために時間を稼ぐために、そして倒すために少しでもダメージを与えるためにも
これ以上の好機を見逃すわけにはいかない。
「タム・リン(妖精の騎士)、抑えて頂戴。」
構わず進もうとすると、突如として現れた馬に行く手を阻まれてしまう。
見るとその馬には足が無く、鞍の上には西洋の鎧を身に纏った騎士が俺達を睨みつけていた。
「今更・・・!」
行く手を阻もうとしても関係ない。離れた位置での空気操作で砲弾を打ち放つ事は容易。
見るからに屈強な騎士だが楓の行く手を阻むにはあまりにか弱い。
「・・・・・龍穂さん?」
だが、これ以上は踏み込めないと俺の空気操作が訴えかけてきている。
辺り一面に広がった妖精達。気ままで、天邪鬼な彼らの視線が俺達に突き刺さっており、
これ以上は手を出すなと訴えかけてきている。
「・・それなりの理由はあるんですね?」
俺が作り上げた砲弾。その中には大量の空気が含まれており、触れた瞬間解き放たれ
辺りにすさまじい衝撃波を生む。それは間違いなく、妖精達を巻き込んでしまう。
その瞬間、忠行に向けられていた敵意は俺達に向けられる事だろう。
相当な数に囲まれればかなり厄介だが、なぎ倒すことは可能。だが、わざわざ敵対する理由は
何一つなく、それは隣にいる楓も同じ。
「ええ。」
俺の問いに対し、アルさんは視線だけで応える。その先、自らの領地に潜ろうとした
忠行の体が黒い何かによって串刺しにされている光景に突き刺さっていた。
「なっ・・・・・!?」
一体何が起きたのか。俺と楓は訳が分からない。傍から見れば領地である海水で自らの
体を貫いているように見える。なぜそのような事をするのか。まさかここまで来て
白旗を上げ、自らの命を断とうとしている・・・のか?
「あなた達のおかげで時間を稼げたわ。まだ十分じゃないけど・・・それでも
奴の不意を打つには十分よ。」
よく見ると荒立つ波の出来た影が形を変え、大きな刃へと姿を変えている。
「あれが・・・月詠の力・・・・・。」
「いえ、そうじゃないわ。あれは兼定の力よ。」
影の力・・・。ニャルラトホテプ・・・・・。
「チャンスと思うかもしれないけど、絶対に踏み込まないで。あの力は危険、
龍穂であっても飲み込まれかねないわ。」
飲み込まれるという言葉の意味は計りかねるが、俺達以上に兼兄の事に詳しく、
そしてクトゥルフ達の力についてよく知っている。
俺達が越えてきたより遥かに多い死地を乗り越えてきた人達だ。ここは・・・大人しく
退くしかない。
「ふふっ・・・。相変わらず、無様ですねぇ・・・。」
聞こえてきたのは聞いた事のある声。この声は・・・無名先生の声。
「貴様・・・・・!!!」
「負け犬の遠吠え。日ノ本にある言葉ですが・・・今のあなたがどれだけ吠えようと、
全て強がりにしか聞こえない。結局、あなたはここで朽ち果てる運命なのです。
我が父の期待に応えることが出来ず、同胞の手によって全てが水の泡となる。」
綱秀、そしてシュド=メルの決死の爆発に飲み込まれた後。運び込まれた病室があったビル。
そこで聞いた純恋との言い合いの相手であった無名先生が兼兄の体から聞こえると言う事は・・・・・。
「ニャルラトホテプ・・・!」
隣に立つ楓が最大の警戒を敷く。アルさんも同様、後ろに控えていた竜次先生達でさえ
明らかな殺気を向けていた。
「お似合いです。あなたのような無様な者には当然の不格好。ですが・・・
まだ終わっていない。」
残された日差しが伸ばしに伸ばした影。その影が動き出し、兼兄の体に張り付いていく。
「・・・当然だ。」
影にくし刺しにされている忠行・・・いや、答えているのはクトゥルフか。
流れ出る体液が海へと流れており、どう見ても瀕死にしか見えないが答える言葉には
強い意志が込められている。
「一度、無様に封印されている身。そして、下等生物である人間にすがったあなたには
誇りと呼べる栄光を全て払いきった。」
敗北者であると貶していると思っていたが、風向きが変わってきた。
這い寄る混沌、無貌の神。クトゥルフを語る神話の中でも行動心理を一切読むことができない
トリックスターは、まるで最後の一滴までこの戦いを楽しむための下ごしらえを
行っているように見えた。
「このままいけば、あなたは敗北する。日ノ本の闇夜で絶対的な存在である月詠の力。
血の繋がった憎き宿敵であるハスター。そして・・・屈辱の限りを尽くされた英雄達の
血を引く子孫達が、確実にあなたの命を刈り取る。私はこのように気まぐれ。
手を貸すかは気分次第ですが・・・・・負け戦は嫌いです。
何よりハスターがいますからねぇ。下手をしなくとも、この身に危険が及ぶのは確実。」
置かれている状況。一変した悪機に絶望は目の前。
「全てを使うのです、クトゥルフよ。手を貸した下等な人間にいつまで主導権を
渡しているのです。一矢報いたつもりかもしれませんが、日が沈もうとも彼らの心の中にある太陽は今が健在。何故なら、日はまた昇る。超えてはならない一線を彼らは守り続けている。
無様に足掻き、海を這い血反吐を吐き、希望にすがりなさい。」
文字通り、全てを使わなければ悪機を覆せない。古き英雄達に封じられた屈辱を
何千年、何万年と深海の奥底で練り上げた執念で覆すしかない。
「・・・・・まだ足掻き足りないのか。」
「ええ。彼らは下等。ですが私の興味をひどく刺激する。力無き者達が我らと戦うため、
小さな器官から振り絞る知恵と、生物として能力を最大限に活用する。
そしてそれでも生まれない差をわが身に流れる血で紡ぎ、攻勢に託す。
決して侮れない。無様に足掻いてきた末裔相手に誉れ高き誇りや名声は意味を成さない。」
貶されいるはずだが、ニャルラトホテプの言葉にむしろ誇りを感じさせる。
ここまで紡いで来た血。父さんや母さんだけではない。隣にいる楓もそう、
竜次先生や兼兄、毛利先生もそうだ。ひどく醜く足掻き、後世に全てを託してきた
結晶が俺達。
「・・そうか。」
太陽は沈む。ここからは闇の世界。俺の空気操作は未だ健在。毛利先生の月詠の力、
そして古き英雄達の末裔も傍におり、手を貸すかは分からないが、ニャルラトホテプも
こちら側陣営に席を置いている。
「誉など、既に捨てていたと錯覚していた。だが、”王座”を残していたのが
捨てきれていない良い証拠だな。」
吹っ切れたように、クトゥルフは呟く。触手を伸ばし、自らの体を貫く刃に巻き付け
押し込み、その思い体を持ち上げ引き抜いていく。
「全てを捨てよう。人間よ。取り戻すのは長らく先で良い。」
このままいけば勝てると確信していた俺達の判断を鈍らせるほど、クトゥルフは
いやに静かで、冷静を取り戻す。むしろこれこそがクトゥルフであり、情熱を燃やし
高ぶらせていたのは忠行だった。
「互いに全てを出し切る事にしよう。」
刃を引き抜いた奴は暗い海に身を浸す。そして、その背後に破壊したはずのルルイエが
ボロボロの姿で海面に浮上する。
やはり・・・攻め込むべきだったのかもしれない。あの時、無理に攻めていれば痛手を
追っていたかもしれないが、簡単に終わらせる事が出来たのかもしれない。
だが不思議と後悔はなく、むしろ腑に落ちている。唯の殺し合いではなく、国取りでもなく
ただ誇りを取り戻すだけの戦いへと昇華された。
そんな戦いに身を浸す事が出来た事こそが誇りなのかもしれない。
全てを賭け、そして何にも縛れない戦いが幕を開けようとしていた。
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