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第五百九十二話 伸びた影が支配するまで

太陽の日差しに出来る影。俺達の背後に伸びるものから小さく揺れる海水に現れる死角。

日差しを遮る物には必ず作り上げられる影。その影達にまるで生命が込められたように

ゆらゆらと蠢き始める。


「・・日月分離の後、我らの世界は二つに断たれた。日は姉、日の沈んだ後の

漆黒の世界は我。」


毛利先生の様子が酷く変わっている。佇まいは変わっていないが、体に秘めている力は

段違いに強大になっている。そもそもこの人が持っていた雷の力だけでもかなり強く、

その上真田とは比べ物にならないほどの繊細な操作が先生の強み。

例え俺と真正面からぶつかったとしてもあれほど速さを初見で対応するのは難しく、

早期決着を狙われればどうなるかは分からない。

それほどまでの力を持っているにも関わらず、さらなる引き出しを持っておりとは驚きだが

しかも雷の力以上の強さを秘めているとなると古き英雄達と同格。

そして呟いた神の力を存分に発揮できるとなれば、この先の時間帯では兼兄の目論見通り

相当な有利を押し付けることができるだろう。


「未だ姉上の姿が見えるこの時間帯に姿を現すのは禁忌に触れるが日ノ本の危機だ。

何も言ってこない所を見るに、許したという事なのだろうな。」


日月分離が行われた理由。それは月詠の狂暴性を恐れた天照が共いては危ないと

判断して世界を分けたと言われている。とある神の行動が許せずその場で命を奪った

凶行を見ての判断だが、日ノ本を祟る様な行動をとっており荒神として鎮めたという

記録も残されていた。そんな気性の荒い神を体に秘めた上に制御できる者など

日ノ本にいるかどうかわからない。


「・・春。」


そんな毛利先生の声をかけた兼兄。体に込められた月詠の意識が前面に出ていたが、

すぐさまいつもの先生の表情に変わる。


「なんでしょう。」


「ここから時間が立てばたつほど、俺達の時間に変わっていく。

そのわずかな時間、奴は必ず攻勢を見せるだろう。」


油断はするなと声をかけると、重力に負けていたスーツの右腕部分が膨らみ肉感を宿す。


「分かっています。」


失った部位を再生させる回復術は現在確認されていない。切り落とされてすぐの腕を癒着させるため、細胞を活性化させた末に回復を遂げた事例を文献で見かけたが、

世界を旅している道中に切り落とされたとなるとその事例には当てはならない。


「龍穂、楓。」


右腕の袖からは漆黒の腕が新たに姿を見せている。左にはめられた手袋も漆黒に染まっており

傍から見れば同じ色の手袋をはめている様にしか見えない。

あの手袋は影の義手を隠すためであり、水銀の義手と見分けがつかないようにしていたのだろう。


「日が落ちたら俺達の時間になる。それまでは変わらずお前達の世界だ。

必ず奴は仕掛けてくる。あの太陽が沈むまで時間を稼いでくれ。」


まだ陽は落ちていない。水平線にその身を浸し、そして沈んでいくにつれ毛利先生の

力が増していくのをひしひしと感じる。日月分離とは支配する神を明確した契約であり、

太陽の光が月詠の力を押さえつけていたのだろう。


「・・了解。」


楓と共に二人の前に立つ。忠行が恐れた力。陽の登る時間帯で仕掛けた理由。

戦いが進めば進むほど、何故忠行が俺達に対して不意討ちを仕掛けてきたのかがよく分かる。

古き英雄達と兼兄達が俺達の近くにいたのなら不意を打つしか命を取る機会はない。


(・・八海にいた時はどうなんだろうな。)


ふと出てきた疑問はいったん置いておき、空気操作を行う。隣に立つ楓も

指示を大人しく受け入れ、海面に視点を集中させた。


「・・・・・私がいつ恐れたんだ?」


兼兄の言う通り、奴は仕掛けてきた。静かだった海面が突如として動き出し俺達を包み込もうと辺りに海水の壁がこちらに迫ってきている。だが、今さらこんな壁にやられる俺達じゃない。


「流星領域(コラプサ―)。」


辺りに無数の岩を作り出し、一斉に壁に向ける。迫る壁に当たった瞬間、

壁には無数の大穴が開き、それでも向かってこようとする水滴を周りの空気を固めて止めに掛かる。


「自分が安全だとは思わないでくださいね・・・!!!」


攻めているだけでは全てが後手に回る。それではただ一方的に押し込まれるだけ。

そう判断した楓は左手で手首を握りながら右手を天に掲げる。


「悪覇刃黒風(あくはじんこくふう)・・・!!!」


自らの純粋な力。始祖の悪魔の力を前面に出した巨大な塊を手のひらの上に作り上げる。

その中には俺の風の力も混じっており、以前から見せていた俺の中にあるハスターの力に

苦戦している姿はどこにもない。


「・・ふふっ。」


海面近くに出てきたらこうなると報せる牽制にしてはあまりに強力な一撃。

だからこそ効果がある。打ち放とうとした瞬間、後から一つの笑い声が聞こえた気がした。


「喰らえっ・・・・・!!!」


力強く投げられた力の塊が深紅に闇が差し込められた海面へと打ちつけられる。

忠行も応戦しようと海面を動かすが、ただの海では対抗できるはずがない。

海面に落ちる瞬間、辺りの音が全て無くなったと錯覚するほどの衝撃が辺りに放たれ

俺達の真下に敷かれていた海に大きな穴が開いた所か深い海の底まで見渡せる様な

空気の柱が海中に出来上がった。


「龍穂さん!!!」


奴の海水を全て弾くほどの一撃。当然生かさない訳がない。

視界が広がると言う事は空気が広がっている証拠。それすなわち奴の領地に進行した証。

空いた穴を防ごうと海水が即座に動き出すが、空いた穴に広がった大気を操作し、

大きな穴を維持しようと試みる。


「くっ・・・・・!!」


世界の七割を占める海。そのほとんどが繋がってることからその圧力はすさまじい。

全体から見れば針の穴にも届かないほどの小さな侵略を許さまいと全てをかけて

押し返そうとして来る。


『惑星の意志だな。自らの領地を脅かせやしないと。』


「そりゃ・・・厄介だな・・・・・!!!」


水に覆われる惑星の意志の前には歯が立たないが、もし楓が作り上げた柱の中に

忠行がいたとすれば絶好の好機。奴に対抗できる力を持っている今、空気で奴の体を

掴むことが出来れば空中に引きずり出すことができる。

だがいくら探しても奴の姿はなく、このまま続けていても無駄な力の消費を続けるだけ。

そう判断し空気操作を解除すると柱は跡形もなく姿を消す。


「・・油断したな!!!」


聞こえてきた忠行の声はなんと空中。俺が弾き飛ばした海水を集め、空中に小さな海を

作り上げている。


「楓の一撃の隙をついて上に跳ねたな。」


自らが仕掛ける事で生まれる隙を上手く突いたと兼兄は語るが、飛んだ先は俺の領域。

小さな海で侵攻を仕掛けてきたは良いが、広大な大気の全てが牙を剥く状況を受け入れた

決死の飛び込み。そんな隙を俺が逃すわけがない。


「いつまでも上を取れると思うなよ!!!」


見上げる奴と高い位置から俺達では得られる情報は段違い。そんな状況を覆すための

一手を奴は仕掛けてきた気でいるが、空気操作を止めない限り何も変わらない。

だが厄介なのは離れていても海は奴の領域だと言う事だ。挟み込まれた形になり、

相棒である楓の手を借りたい所だが、強力な一撃を放った直後で対応が遅れている。


『面倒だな。』


両方に対応は可能。だが、両方の対応には隙を生んでしまうリスクが高い。

俺だけで戦っているのならそのリスクを飲んだうえで戦う事も出来るが兼兄達を

守らなければならな以上、出来る限り減らすのが最善。


『両方やるしかないぞ。』


ここまで来たら迷っている暇はないとハスターは言う。


「・・・・・いや。」


ここは一つずつ対応する。俺には・・・いや、俺達にはそれが出来る。

再び荒立つ波。そして上には攻撃態勢を整え今すぐにでもこちらに攻勢を仕掛けられる

忠行の姿。


「取るぞ。その首を。」


得物を前にして冷静を取り戻し、確実に首を取る姿。ここまでの失敗、同じ轍を

何度も踏んで溜まるかと言わんばかりに。だが、奴はもう一度踏むことになる。


「・・お前の相手は俺達じゃないよ。」


此方に向かおうとする海に対し、広範囲の空気操作で壁を作り上げる。

このままでは奴の一撃を受け入れることになるが・・・俺の耳には確かに聞こえてきている。


「これで・・・・!?」


奴の動きが止まる。ここまで来て奴も気が付いた。後方からいくつもの援護が飛び出して

来ている事を。ここから岸からはかなり離れている。情報を送り、打ち放ったとしても

着くころにはすでに交わされているなんてことも十分にあり得る。

なら今は動くべきではないとあえて情報を送っていなかったが、俺の中にある

式神契約の数が元に戻っていた事にすでに気づいており、契約を通じて俺の視点を

眺めていた事も知っていた。


(流石だな・・・・・。)


猛達を護った後、意識を失った青さん達だったが何とか体を動かし純恋達と合流を

果たしてくれた。動かない体でもやれることはあると精一杯の事をしてくれる。

歴戦の勘か、打ち放つ位置も正確であり、強力な一撃達の束を前にした忠行は

攻勢に使うつもりだった触手達で防御を固める。

量が少ない海水で防御をしてしまえばその隙をついて俺が仕掛けてくる光景が

奴の脳裏にしっかりと浮かんでいた証拠。それだけ空という領域を俺が支配している証であり、

海に戻らない限り奴は何もできない。


「遅れました・・・!!」


一度俺の領域に踏み込んだんだ。唯で返すつもりも毛頭ない。

逃げ道を無くすため、今度は奴の周りに流星領域を浮かばせ楓を攻め込ませる。

そして再び向かってくる後方支援。ここが攻め時。兼兄達を護るため、動いた戦場で

奴を倒してしまっても何も構わない。

動く戦場。今までは首元に刃を突きつけようとすれば上手く躱されたが、今度はそうはいかない。存分に攻め込んでいる中、奴にとって死神が俺達の後ろから着々を歩みを進めていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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