第五百九十一話 茜色の空、伸びる影
姿を現した兼兄達。恐らく・・・勝負を決めに来たのだろう。
「さて・・・・・。」
優位を取り続けても勝機を深海にからめとられてしまう。その状況を打破するには
俺達の力だけでは難しい。
「・・今度こそ死にに来たか。」
どこからか聞こえてくる忠行の声。一度倒した相手に強気な発言だが姿は見せない。
それほどまでに兼兄達への警戒をしている証であり、俺の様に決して対等に戦える相手では
ないと思っているのだろう。
「どうだろうな。俺にも分からない。だが、一つだけ確信しているのは
面白い光景が見れるという事だけだ。」
宙ぶらりんな言葉だ。面白いと言う言葉の真意は一体なんなのか。
だが、俺も一つだけ確信している。これから兼兄が取る行動は決して俺達を裏切らない。
勝負を決める一手なのだけは違いない。水平線の先に見える傾きかける太陽が伸ばす影。
夜は視界を防ぎ、行動を制限する。勝負を決めるには・・・今この時しかない。
体、そして心の高ぶりは十分。同じ感覚を共有できる相棒も隣にいる。
後方には頼れる仲間達もいる。
「・・いつでも行けるぞ。」
やるのなら余すことなくやってくれ。手加減などという無粋は許されないと
案に伝えるが、そんな俺の言葉を聞いた兼兄は視線だけ向けると小さく微笑み、
まるで肩の力を抜けと言わんばかりに頭に手を乗せる。
「エルフとドワーフの里に行った時の話しだ。神が人間と共にいた時代。
太古に行われた古き英雄達との戦いは三日三晩所か、一か月間続いたと聞かされたよ。
現代と比べ物にならない神力と魔力が溢れていたこの地球上で行われたからこそ
出来た芸当なんだろうが、俺達には到底無理な話だ。」
「だからこそお前達は短期決戦を仕掛けた。わしを討ち果たせる隙を作り出したつもり
だっただろうが、それこそがわしが仕掛けた罠。
まんまと引っかかった末の結末を忘れて訳があるまいて。」
全ては自らの手のひらの上と言わんばかりだが、恐らく兼兄達の企みに気づいたのは
戦いの最中であり、肉の塊のような子孫を作り上げた時なのだろう。
兼兄達の狙いに気付いた忠行は自らの企みのシナリオに上手く取り入れようと
頭の中ですり合わせた結果、あの狭い空間での決着を手に入れた。
見事兼兄達をボロボロの絶命寸前まで追い込み、その結果俺達を焦らせる事に成功した。
臨機応変な対応の末、俺達を手のひらの上に乗せることが出来た。
皇までも引きずり出すことが出来、後はとどめを刺すまで。誤算だったのはまさに
皇の存在であり、必死の術式で振出しまで戻された。
「忘れるはずがないだろ。俺はお前達のとの戦いの全てを心の臓が止まるまで忘れることは無い。この体に刻まれた傷を見るたびにその時の景色が鮮明に広がる。
特に・・・”これ”を見るたびにな。」
兼兄が自らの右腕を軽く叩く。スーツの輪郭から伝わる肉質が右手が触れた瞬間
一瞬にして無くなり重力に負けてただの布としてだらりと下を向く。
「全ての借りを返しにもらいに来た。お前には地獄を見てもらう。」
やはり・・・目の前にするとすぐさま受け入れられない自分がいる。
仙蔵さんとの戦いの前に扉を開けた時から始まった違和感。右手に何かしらの細工を
しているとは思っていたが、あれはあの人が使う水銀の高度な操作の結晶。
恐らく、あれが義手である事や水銀であることを周りに感じさせない認識阻害が
掛けられていたのだろう。水銀という特殊な物質な上、動かす度に力を消費する所を
俺達が探知できないはずがない。
「・・地獄?」
兼兄の宣言の中の言葉の一つ。地獄という言葉に忠行は引っかかる。
「お前に何が分かる。何を語ろうとしている。貴様のような若造が地獄の何を知っている。
そもそもだ。地獄なんて言うのは貴様ら人間が勝手に作り出した想像に過ぎん。
誰が地獄などに足を踏み入れた?あの地獄から誰かが帰ってきたのか?
神々からの情報を鵜呑みにし、ただ死後の世界として存在しているとだけ信じ込んでいる。
何も分からん奴がただの言葉を言っているに過ぎん。それでは脅しにならん。」
・・一見まともな指摘に聞こえるが、このような状況で言うにはあまりに弱い。
兼兄の言葉を否定し牽制しているように見えるが、一体何を指摘しているの分からない。
言葉で兼兄の行動を制限しているようにも思えず、傍から聞けば警戒のあまりうまく言葉を
選べていないように思える。
「脅しね。俺の言葉が脅しかどうか、お前なら分かるはずだ。」
中途半端な言葉を飲み込むほど、兼兄も優しくはない。だが、これまでの戦いで見せた
兼兄の実力は忠行を超えているとは到底思えないのも事実。それでも奴が怯えるほどの
ここまで隠していた理由が気になる。
「龍穂。奴がなぜこの日の当たる時間帯での勝負を選んだか。姿が見えず、闇夜に紛れての
奇襲を行えば皇を倒せる可能性が上がったはずだ。日ノ本の王に成る事を考えれば
民達への示しを大胆に行う理由もあるが・・・そんな事、王の座を開けておけば
時間を使う事でいくらでも座ることができる。」
兼兄が語っているのは忠行の行動の真意。そもそもなぜこの時間帯を選んだのか。
確かに・・・自らの目的を果たすにはあまりに適していない時間帯での襲撃の意味はない。
むしろ夜に行動したほうが皇を討ち果たす確率は固く、俺達を全滅に追い込める可能性も高い。
「答えを言おう。奴は闇を怖がった。お前と対等に戦えることができる海という
領地を獲得して起きながらなお、明かりの無い時間帯を拒んだんだ。」
・・今思い返せば夜の襲撃は無かった。闇に包まれた中での戦いこそ場面を考えれば
あったかもしれないが、その場に兼兄がいる事は無かった。
闇と兼兄。この二つは奴は恐れていた。その謎こそ、奴を最も追い込める鍵。
「俺達はな。古き英雄の集結に失敗した。クトゥルフを追い詰めた英雄の末裔を
三人集める事は出来たが、伝承に残された戦いで最も重要な水を得意とする英雄を
見つけ出すことが出来なかった。いや、見つけること自体は出来たがあまりに幼く
戦いだせるだけの技量を持たせる事が出来なかったと言った方が正しい。
だがな、その”代わり”となる力を見つけ出す鍵はこの身に宿していた。
俺と・・・”春”の中にはその鍵が芽生えており、それを成長させる事に全てを注いだ。」
後少しで・・・地平線に太陽が沈み切る。夜の訪れを告げる茜色の空が深紅に近づこうと
したその時。近くからすさまじい神力が現れる。
「・・・!?」
前兆すらなかった。これだけの力を人間が使うには必ず何かしらの代償が必要。
式神や儀式など、行動を起こす必要があるはずだが・・・それすら感じさせなかった。
「条件が満ちた。ここからは俺達の世界だ。」
その正体を確かめるため、俺はゆっくりと視線を動かす。
俺の近くにあるすさまじい力の正体は・・・毛利先生が体に秘めた力。
「・・”月”と太陽は共にある。これだけ輝いていれば天に浮かぶ星々を隠すほどに
光り輝く事でしょうね。」
呟いたのは月。夜を象徴する地球の衛星であり、太陽の輝きが増すほどその身を
純白に輝かせる。
「兼定・・・・・。」
「分かっている。」
影に乗る毛利先生はゆっくりと歩みを進めると、兼兄の右側に身を寄せる。
失った右腕。それを補うのは自らだと言わんばかりに収まるが、これまでの行動を知っている分、むしろそこに居なければならないとさえ思ってしまう。
「あの太陽が沈んだ時。それは日ノ本の終わりを示しているのではない。
そこからはまた別。”俺達”の世界が始まる。」
未だ姿を現さない忠行に対し、兼兄は宣言する。太陽が落ちたとしても、それは
お前の勝利ではなく、むしろ敗北への道を歩むことになるんだと示している。
「・・月詠。」
毛利先生が小さく呟くと、背後から何かの気配が生まれる。そして荒々しく揺れる
波の束の隙間にも同じような気配を感じ取っていた。
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