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第五百八十五話 超えられない壁

人間は神に成れない。そんな事、分かっている。


『怯むなよ。』


衝撃で広がった水蒸気の中、奴の姿を捉えるため踏み込む。水蒸気に含まれた空気が

奴の姿をはっきりと捉えると六華を手に持ちながら奴に迫る。


「奴の姿を見てはっきりと分かった。王とは、神と同義ではないと言う事を。」


衝撃を放ちながらも二つの術式は決して崩れることなく、鍔迫り合いを行っている。

その脇をかけ、忠行へと迫る。


「その絶対的な存在からわしは皇を神同然だと思っていた。だが、それは

日ノ本という環境が勘違いをさせていたからだ。」


奴も俺に向けて子孫達の攻撃を一斉に向けるが、瞬時に空気と共に動きを止める。


「見ろ。奴が放った術式は既に効力を失っている。傾きかけている太陽がその証拠だ。

奴は神などではなく、そして皇でもない。理を無視し、あそこまでの力を発揮したことは

褒めてやってもいいがな。」


・・そうか。竜次先生が言っていた意味を理解する。皇があの太陽で俺達の力を満たしたのは

一瞬の事だった様で、その効力は既に失われていた。


「・・化け物が。」


不遜。ただ一言、奴の言葉を受けて出た感想がそれだ。俺達・・・化け物が

人間の王を語ってはならない。


「お前もそうだろう。我が子孫よ。化け物は化け物らしく振る舞うのが筋とでも言うまいな?」


奴の肉を断つ得物を持って迫っても忠行は動揺を見せない。奴も腹を括ったという事なのだろう。自らの領地内で俺と戦う圧倒的優位を手にして初めてまともにぶつかれると

判断したのだろう。なぜそこまでしてぶつかってこなかったかが今まで疑問だったが、

俺の力が奴と拮抗したことでその理由がよく分かる。


「・・お前は間違っているよ。」


子孫達の攻撃がまともに通らない事を理解した忠行は俺の触手を向けてくる。

魔術、神術が効かないのであれば物理。一本ではなく複数の触手で俺を取り囲むように

放ってくるが、六華の刀身で全て断ち切っていく。


「おまえじゃ敵わないよ。この”空”で。」


こいつが明確に恐れていた理由はこの力。大気の支配者の力を恐れていた。

地球の七割が海であり、この惑星が奴の支配下の様に見えるが少し視点を変えれば

海の上にも大地の上にも大気がある。奴は皇を討ち果たすことを優先し、

俺を殺すことの順位を下げていた様だがそれは間違いだった。


「それにだ。俺は化け物じゃない。」


そして大きな間違いは・・・俺は化け物じゃないと言う事だ。

竜次先生は俺の力が増したことでみんなが距離を置いたなんて言っていたが・・・

それは大きな間違い。


「・・”頼むぞ”。」


俺が呟いたその時。後方からすさまじい炎の一撃が飛んでくる。

青、そして白く輝く炎が一直線に忠行に向かう。距離が離れている上に速度も無く、

海を操作した奴によって壁が引かれ簡単に防がれ水蒸気へと変わっていく。


「俺は一人じゃない。お前みたいに腹を割れない仲間達はいない。」


道満にも同じことを言われたが、その時も今も変わらない。俺には仲間がいる。

どれだけの悪人でも、見る者が変われば正義のヒーローに見えるものであり

腹を割れるほどの仲間が付いている。それが人間であり、知能ある生物が作り上げる群れ。


「同じにするなよ。迷惑だ。」


だがその中には群れる事さえ出来ず、その上暴れ出す者がいる。他人など関係なし、

自らの野望のため動き者を化け物と呼ぶ。俺には仲間がおり、その仲間達が俺を人間である

事を証明してくれている。


「・・それはこっちのセリフだ。」


水蒸気の中、奴は怒りや焦りなどの感情を一切見せず俺に向けて海を操作し打ち放つ。


「滄海一粟(そうかいいちぞく)。」


大海原が意志を持つようにうねりを上げると、巨大な波が連続で俺に襲い掛かる。

広い海が奴の手によって全て操作され、広大な海が俺に明らかな敵意を向けている事を

教えるかのように全てを包み込もうとする。


「主神を護る神々(アマルテア群)。」


だが、空気を支配する神を連れている者として簡単に倒れる訳にはいかない。

木星の衛星の中でも最も内側を回る衛星達。メティス、アドラステア、アマルテア、そして

テーベの名をつけられた衛星を四方に作り上げる。

それぞれがユピテルと同一視されるゼウスに関連づいた神の名が付けられており、

初めての妻や娘、育ての親や息子の妻の名が付けられている。

俺を護るように布陣された衛星達はそれぞれが異なる属性を有しており、その中心にいる俺が

両手を叩くと四方を囲む結界が作り上げられる。


「皇の術式がないってことは、結界が作れるってことだよな?」


それは再び五芒陣や式盤を作り上げられる事を示しており、奴と同等の力持った今であれば

この海を操る術式に制限をかけられる。それすなわち、いつでも優位が取れる状況だ。

だがそれでは奴に俺を倒す以外の選択を与えることになる。これ以上長引くのは

奴としても避けたい行動ではあるが、万が一という事も十分に考えられる。

作り上げた結界に奴が起こした津波がぶつかるが、主神を護る神々が作り出した結界には

日々一つはいる事は無く、俺を完全に守ってくれる。

ここで奴を倒すには、奴に選択肢を与えることなく俺に向かわせる事が肝心だ。


「調子に乗るなよ。お前の自由にはさせん。」


結界にぶつかった津波は離れていくのが道理だが、どういうことか結界にピタリと

くっ付いて離れることは無い。当然、奴の仕業であり俺を窒息させる事を狙っているのだろうか?


「確かにお前の大気の力は厄介だ。だが、結界とわしの海を挟んだ奥の大気をお前は

操ることができるのか?」


窒息させるのではなく、俺の空気操作の範囲を狭めるために結界に海を張り付けた。

結界と海をはさめば内と外で完全に仕切られた状況になり、俺の力をもってしても操作を

範囲を超えてしまう。初めから待機操作の対象を地球上の大気として操作を行えば

海を挟んだ大気を操作する事は出来るだろうが、そんな力を俺は持っておらず

例え持っていたとしても戦いに関係ない操作は無駄な力の消費となってしまう。


「・・・・・なら。」


数少ないだろう大気と俺の弱点を突いた奴の策。このままではまともに身動きが取れず

反撃の狼煙を上げることができる強大な一撃を準備時間を奴に与えることになる。

そんな隙を与えるほど俺に余裕はなく、内側からの海の壁の破壊を試みるために

衛星達を動かそうとするが、俺の予想と反して外側から奴の海が剥がれ落ちる姿を

結界内から眺める事が出来た。


「やら・・・せるかよ・・・・・!!!」


必死に搾り上げられた声が耳に届く。これは・・・・・行方を暗ませていた猛の声。

どうやら俺を包む結界の足元からその声が聞こえてきている様であり、

下から俺の結界を何かが包み込む。猛が津波を引きはがそうと太い腕で海水を掴み、

そして真奈美がその細い体で結界に巻き付く。

二人なりに俺を助けようとしてくれているのだろう。だが、その必要はないと

結界の一部を開き空気で海水を押さえつけながら二人の体だけを内部に引きずり込む。


「なっ・・・・!!!」


落ち着けと諭しながら二人の横を歩き、四つの衛星に向けて指示を出す。


「主神を護る環(アマルテア・ゴサマ)。」


結界を形成していた衛星達が動き出し、俺の周りを円を描く様に回り始める。

動きにばらつきがあり、ぶつかり合いながら回っていくとその体が徐々に削られ塵と化し

高速に至った時にはすさまじい勢いを持つ環に姿を変えていた。


「行け。」


四つの衛星が無くなり結界が維持できなくなった瞬間海がこちらに飛び込んでくるが、

高速に回転した環の操作を開放し回っていた塵が海を全て吹き飛ばしていく。

荒れ狂った海を全て薙ぎ払う衝撃波は再度地平線を形成し、穏やかな海を取り戻す。

仕切り直し。五分の戦いをこの一瞬で繰り広げた経験は俺に自信を与えてくれた。


「・・・・・・・・・・・・・。」


俺の環を回避するため海に潜っていた忠行。今頃、俺を仕留めておかなかった事を

後悔している事だろう。そう思っていた俺をじっと見つめていた忠行の目は一切の怯みを見せず、むしろ次なる一手を企てる熟練の戦士の目をしていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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