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第五百八十三話 最後の開戦

瓦礫の山。猛達だけでは・・・海辺を護るのは無理だったか。

岸を舗装するコンクリートや建物がボロボロになっている所を見ると、

相当な衝撃が飛び込んできたことが分かる。イタカが作り出した氷が機能しなかったように

見えるが、青さんと共にいたことで奴が使う複合魔術の負担が減り、相当分厚い

氷を張ったはず。そしてあいつことだ。それだけで津波を抑えられないと踏んで

ずっと凍てつく風を吹かせ続けるはずだ。

そして威力を弱めた津波を猛と真奈美で押さえる姿は容易に想像できる。

もし、不測の事態が起きた時は青さんがすかさずフォロー入れてくれるだろう。

完璧とまでは言えないが、ある程度は対処が可能な布陣だった。

だが、結果が示したのは無残と言っていいほどの完全なる崩壊。


(・・・・・いや。)


忠行がこの海に姿を現したと考えれば、むしろ善戦したと言っていいのだろう。

奴が起こした津波は日ノ本への大打撃を狙った強大で、範囲も広い一撃だ。

あの四柱でなければここまで抑えきれなかった。

だからこそ、姿が見えない事が気にかかる。必死に抑えようとした末、瓦礫の山に

埋もれてしまったのかもしれないが、巨大な姿へと変えることができる猛達の姿が

見えない事はあり得ない。

どこかへ移動したか、それともやってきた忠行によって海へと引きずりこまれたか。


「・・・・・・・・・。」


念話が絶たれているのではなく、青さんが受け取れない状況に陥っている。

式神契約から伝わってくる情報を必死にかき集めていると、瓦礫に迫る大きな影が

海に浮かんでいる事を確認した。


「・・大きな影が海に現れた。恐らく忠行だ。」


奴がわざわざ岸に来るなどとは考えにくいが、あれほどの大きな生物がこんな浅瀬に

姿を現すはずがない。そしてクトゥルフは宇宙の神。深海を支配しているとはいっても、

海中の生物達が奴の化け物に忠誠を誓うとは考えにくい。その上封印が解かれたばかりだ。

様々な可能性を踏まえても、忠行である事は間違いない。


「・・このような浅き場所に来たのは何時振りか。」


警戒なく海から姿を現そうとする忠行。だが、このような高所且つ無防備の姿を

ただ眺めているなんてことはしない。奴の支配下とはいえ、未だ皇の術式は健在だ。

海水も深海の光が届かない漆黒に染まってはおらず、例え空気操作を行っても

操作を奪われることは無い。


「長きに渡る旅路(カリスト)。」


木星の衛星の一つ。その表面は太陽系の中で最も古いとされているカリスト。

名の由来であるカリストはニュンペーと呼ばれる下級精霊であり、ディアーナに使えていた。

最も美しいの意を持つ名であり、ディアーナの分身的な性格を有していたとされており

その姿を見たユピテルは見とれてしまうが、処女神と呼ばれるディアーナに仕えるカリストは

色恋に疎く、簡単には近づけなかった。策をめぐらせたユピテルはディアーナの姿を借りる事で

カリストに接近。そして子を孕むことになったが、純潔を尊ぶディアーナにばれ

巨大な熊に姿を変えられたという逸話が残されている。

巨大な惑星である木星に付き従う衛星だけあり、太陽系の中でも水星に次ぐ十二番目の

大きさを誇る。


「凍れ。」


その表面は岩と氷で構成されており、エウロペ同様近づくだけで凍てつくほど。

この二つが異なるのやはりその大きさ。人間である俺が作り上げているので本来の

大きさには当然劣るが、忠行をゆうに超える大きさの惑星はゆっくりと奴に近づいていく。


「待っていたか。まあ、当然か。」


視界の悪い海中から姿を現した忠行だったが、一切動揺することなくカリストを見つめる。

触手を向けただけでも凍ってしまうほどの惑星を前にただ立ち尽くしては既に手遅れ。

だが、それだけで終わるのならここまでの戦いで決着はついているはず。

何かしらの手は打ってくるだろうと次なる一手を練っていると、まさかの姿が視線の先に

写し出される。


「・・・・・!」


奴は触手を向ける所か、カリストの冷気を全身で受け止める。奴の皮膚、そして周りの

海も全て固まり、その全てを氷へと変えていく。


『・・罠だぞ?』


そうだ。これだけ分かりやすい視点操作はない。


「分かってるよ。」


これはブラフ。こんな簡単に奴が終わる訳がない。奴は別の場所に姿を隠し、俺達を

分断させる気に違いない。そう予想し、辺りの空気操作を強めるが奴の姿は一切ない。

広い海。ひとたび漕ぎ出せばどこまでも広がる世界の中、忠行を見つけ出すのは至難の業。


「・・罠を仕掛けられました。奴はどこかに姿を隠しています。」


俺は無事であるが、奴は姿を見せない。これだけの広い戦場で時間稼ぎをされては

いずれ陽が地平線をくぐってしまう。皇の力があれば太陽を引き留めるぐらいは

出来るのかもしれないが、そんなことをしている暇はない。


『・・青さん、イタカ。』


こうも時間稼ぎの姿勢を取ってくるのであれば、俺は俺が出来る役目を果たそう。

戦ってくれた猛達や青さんの姿を見つけるため、念話を送るとようやく返事が返ってくる。


『・・・・・無事だ。』


返ってきたのは短く、簡潔にまとめられ過ぎた一言。直接声を出すわけではないので

確実に伝わることを考慮するならそれなりの理由があるはず。


『何があったのか———————————————————』


伝えて欲しい。そう言おうとした瞬間。一切の予備動作の無い水柱が俺を囲むように

打ちあがる。その数は五本。等間隔に配置された水柱に込められたのは水の力だけではなく、

陰陽の教えにあるほかそれぞれが異なる四属性が・・・・・。


(・・・・・マズいな。)


頭より先に体が動き出す。奴が作り上げようとしていたのは俺が天空に作り出した様な

五行陣なのだろう。天空より範囲が狭いが、あの水柱に込められていた術式が完成し、

その内部にいてしまえば五つのいずれかの属性を封じられてしまう。

そうなれば追い込まれるのは俺。そんな術式を簡単に受けられるほど鈍感ではなく、

余裕もない。


「面倒だな・・・!!!」


俺が作り出した陣を見ただけで再現するのは流石と言わざるおえない。だが、

五行陣より範囲は狭く、これなら簡単に逃げ回ることができる。だが一つ、厄介なのは

これが皇を囲んだ時、俺達の勝機はかなり薄くなる。あの力が一体どの属性に

属しているのかは分からないが、皇の術式を守らなければならない。

だがそれでも・・・簡単には退けない。やつとのこれ前の行動が俺を一時退かせるように

しか見えず、今で戦場に姿を見せない白達を安全に展開させる方が優先順位は高かった。


「退かんか。それもまた、一興だ。」


声は聞こえるが、奴の姿は見えない。まるで海そのものがしゃべったように聞こえるほどに

その声が放たれた方向すら分からない。あまりに厄介。この程度であれば

何時でも対処は可能だが、決定打も打てない。

そんな中、やれる事と言えばただ一つ。作り上げたカリストを海に沈め、

奴の出方を再度伺う事しか出来ない。

忠行に似た氷の塊を破壊しつつ、まだ平らげ足りないと言わんばかりに今度は海中に沈んでいく。触れるもの全てを凍てつかせるこれは奴にとっても有効なはず。


「・・配置、完了したよ。」


俺が作り出した時間を使い、白達は姿を潜めながら海辺近くに待機を完了したと

報告が入った。だが、肝心の忠行は姿を見せずに隙を生む事さえ出来ない。


「・・・・・一つ、良いことを教えてやろう。」


どうやって攻め込めばいいのか。五行陣に似た水柱が凍てつく姿を確認した後、

すぐ近くから忠行の声が響く。


「決して手を抜いていた訳ではない。だが、本気を出せずにいた。

それは単にわしの力不足だが・・・ここまでくればもはや関係ない。」


気付かぬ間に出来た影。それは同じ様に海に敷かれており、嫌な予感を感じさせる。


「我らの領域だ。摘んでやろう。」


姿を現した忠行は予想通り、海からその身をのぞかせる。ブラフなどではない。

本物がそこにいると感じさせる圧倒的な存在感。陸にいた時がまるで嘘のように感じさせる

程の強大な力は、皇の術式を弾いているのではないかと錯覚されるほど。

だが、此方も万全。真正面から戦えば勝てるはず。


「・・美しき給仕(ガニメデ)。」


木星の主な衛星の一つであるガニメデを作り上げ、奴に向ける。そして海に沈んでいた

カリストの軌道を変え、逃げ場を無くすように進む二つの惑星は海の中にいる

忠行へとぶつかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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