第五百八十一話 最後の戦場
ここまで隠し続けている切り札。奴が使う術式の一つ一つが強力である事で
気が付かなかったが、長期戦を見据えている。
それを示すのが子孫達の力。体に縛り付けた魂の力を使い打ち放つ曼荼羅で消費するのは
触手を動かすエネルギーのみ。
「竜次先生!!!」
姿を隠すことなく戦場に戻ったが、奴からの攻撃は一切飛んでこない。
イオは形を変えるほどに削られているが、それでも術式は残っており衛星の破壊に
出せる全ての注ぎ込んでいた。
「・・来たか。」
白達と連携を取りながら隙を突き続けていたはずだが、俺が近づいてきたことを察し
距離を取り合流を待ってくれていた。
後方には皇。白達も再び手にした優勢を今度はものにするために襲い掛かり続ける。
だが、そんな白達の攻勢を意に介さずにイオを削り切るために術式を打ち放ち続けていた。
「千仞本地垂迹曼荼羅!!」
俺が合流した事に気が付いた忠行は、子孫達の力に加え吸い上げた深海の水を加えた
新たな曼荼羅を作り上げ、それらを一点に合わせた一撃をイオにぶつける。
既に壊されかけていたイオは限界を迎え、粉々に砕け散る。本来であれば火山の熱で
燃え上がった岩や解けた鉄が降り注ぐはずだが、本来あるべき姿である空気に変わり
仲間達へ襲い掛かる事は無い。
「・・どうしますか。」
色々と聞きたいことはある。だが、悠長に尋ねられるほどの時間を奴が与えてくれるはずがない。
「短期決戦を狙う。そのために場を整えてきたんだろ?」
竜の姿に酷似した竜次先生だが、その周りには未だ血の匂いが漂っている。
やはり十分な治療を受けている暇は無かった様だ。
「そのつもりです。そのために——————————」
簡単でいい。情報交換が必要だと言いかけたその時。俺達の向かって曼荼羅の一撃が
飛び込んでくる。
「やらせるとでも?」
平静を取り戻した忠行は、すでに再生を果たした体をこちらに向けながら口を開く。
皇が作り上げた術式の影響を受けながらもこれだけの再生力。先ほどの大津波と言い、
やはり影響を受けない深海の力は衰えていない。
(誘ってやがるな・・・。)
頭が冷えた忠行は再び俺達を懐へと誘おうとしているに違いないと、深く踏み込むことはしない。見ると付近の海水が動くための波立っており、俺達が接近戦を仕掛けた瞬間、
今度は俺の事を波の中で仕留める気だったのだろう。
「来ないか。弱腰だな。」
やられた竜次先生も当然警戒しており、狙いを外した忠行だが構う事は無いと
海を動かしいくつもの壁を作り上げる。陽の日差しを阻むつもりなのか、それとも
突破して見ろと挑発しているのか。だが、奴は一つ勘違いをしている。
仲間と力を取り戻した俺に同じ手は通用しない。
「・・先生。」
回避の後、何かを言いかけた俺の元へ戻ってきた竜次先生に声をかける。
「なんだ?」
「白達を一度退かせてください。多勢での攻勢はもう意味を持ちません。
時間稼ぎではなく、忠行の骨を砕くほどの一撃を打ち放つように指示を送って欲しいんです。」
一人一人ではなく、一点集中。人数も時間もかかっていい。これまでとは違う事を
奴に示すことで俺達は一歩踏み出せる。
「・・お前はどうするんだ?」
「俺は・・・残ります。」
上には純恋達がいる。決して一人ではない。奴は兼兄達を追い込んだ壁を見て
俺が踏みこんで来ないとでも思っているのだろう。もし、仮に突っ込んで来たとしても
同じ様に切り札を切れば俺を討ち取れる。そう安易に考えているはず。
ここまでの劣勢がその安易な発想を引き出したのなら、ここまでの戦いは決して無駄では
無かった。
「そうか・・・・・。」
俺の願いを聞いた竜次先生だが、この場から動く気配を見せずにむしろ得物を握りしめる。
「そりゃ、ちー達の仕事だ。俺がするべきことじゃない。
兼定や春、そんでノエルやアルを置いてここまで来たのはお前達と共に戦うため。
力を取り戻した龍穂なら必ず攻勢を仕掛ける。しかも、無茶をしてでもだ。」
兼兄はわざわざ煽りに来ただけではなく、俺達の様子を見て竜次先生に指示を送ったのだろう。
力を取り戻した途端、俺達が突っ込むことを防ぐ考えもあったのかもしれない。
「だから俺も行く。それでいいな?」
異論などない。この人がいれば俺がドジを踏まなければ確実に生きて帰ってこれる。
「ええ。まずはあの壁を破壊しましょう。」
あの壁は奴の海から生まれている。生看過な一撃ではすぐさま再展開されるだろう。
求められるのは壁どころか奴もろともダメージを与える強力な術式。
「愛しき女王。」
木星を漂う惑星の内、ユーピテルが愛した女王を冠した衛星であるエウロペを作り上げる。
過去の偉人が名づけた名だが、ギリシャ神話に登場する主神であるゼウスが愛した
女性達の名をつけており、ユーピテルと同一視されるゼウスに逸話であるなら転用は可能。
氷の殻を持ち、核は金属で作られている衛星であり、近づくだけで凍てつくような
エウロペは忠行が作り出した水の壁を凍らせ、ゆっくりと迫っていく。
これで壁は壊れる。今から衛星の背後に付けば安全に奴に近づける。
竜次先生はタイミングを見計らうかのように俺を見つめてくる。本来ならここで
突っ込むが・・・空気操作に違和感を感じる。
「・・待ってください。」
奴が切り札の内容について俺が知らない理由。それは俺の空気操作は奪うほどの力と
相性によって詳細な情報が入ってこなかったからだ。皇の術式によって力の弱まった忠行は
俺の空気操作を奪えなくなった様だが・・・・・。
「・・・・・作戦変更です。」
ここに来てそんなことは無いと思っていたが、奴は深海へとパイプを繋いでいた。
あり得ない事などなく、むしろ本命。
「どうした?」
「忠行は姿を消しました。あの壁は俺達を殺すために誘い込んでいる様に思えましたが、
逃げる姿を見られない様に張ったようです。」
兼兄達がやられた印象を利用し、大胆に姿を貸した。恐らく、パイプを繋げていた
穴から深海へと姿を消したのだろう。
広大な海に逃げられては奴の姿など追えない。深海は奴のテリトリーであり、
魔術はおろか、神術であっても追尾は出来やしない。
「面倒だな・・・・。」
ここに来て奴の姿を追う事になるとは思わなかったと呟く竜次先生。当然だ。
皇の人としての生を犠牲にし、打ち放った術式で押し込み決着は間違いなく狙えた。
だがそれは奴がここに留まってくれている状況が続いた時のみ。
(・・奴がここにいる意味が無くなったという事か。)
皇を打ち倒すのが第一目標。その後に何かするつもりだったのかもしれないが、
それを成した末の結末が自らの思惑外だったことからここにいる意味を無くし、
不利な状況を打破するために移動を計ったのだろう。
『・・青さん。』
となると津波を抑え込みに当たった猛達が一気に危なくなる。
クトゥルフには劣るとはいえ猛は海の支配者を従えており、忠行からすれば
厄介な存在だろう。青さんからの返答はなく、もしかすると奴は既に海に移動を
完了しているのかもしれない。
「龍穂。どう動くんだ?」
指示を待っていたちーさんが催促して来る。奴が敷いた海の中には通り道があるのなら
ここに戻ってくることも考えられる。仕留め損ない、ここに逃げ戻ってくる選択肢を
残しておくのは危険だ。神となった皇は本来現世に居なければならない存在。
誰かが式神契約などで引き留める事も出来るが、この国の王とそのような契約を結ぶのは
あまりに無礼。そもそもそのような事をあの人が望むだろうか?何にせよ、
皇の術式が無ければ先ほどのような劣勢にいずれは追い込まれてしまう。
「・・全体、海に向かいます。」
奴も力を消費している。深海の力があるとはいえ、時間稼ぎは命取りだ。
決戦を望んでいる。捨て身で俺達を殺しに来るだろう。それにはそれ相応の人数で
挑まなければならない。戦力を残している暇などない。
「了解だよ。」
俺の指示を受けたちーさんと竜次先生は全体に指示を送り、俺も千夏さん達と合流し
すぐさま海へと移動を行う。長い、あまりに長い戦いはこれで終わり。
今度こそ、終わる。それだけを信じ、新たな戦場へ向かった。
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