第五百七十九話 託す希望
まず初めに動き出したのは当然俺。奴の意識をこちらに向けるためにも、
俺が前に出る必要がある。
「調子に乗るなよ・・・・・!!!」
怒りのまま曼荼羅を広げ、子孫達の術式をこちらに打ち放ってくる。
だが、力を落とした且つ、力を取り戻した俺の前では無意味。
「冥界との隔たり(なげきのかべ)!」
黒い壁を張り、全てを受け止める。まずは皇を安全圏へ。今あの人を失う事は出来ない。
命を俺達に捧げてくれた結末を、最後まで見届けもらう必要がある。
そしてそれは・・・明るい未来へ入り口でなければならない。
「退きましょう。」
再び戦いが始まったことを理解した定兄は皇を導くため、乗せていた烏に指示を出す。
これ以上、太陽を汚されるわけにはいかない。
『さて、一つ考えなければならないな。』
全てを阻んだのち、ハスターが声をかけてくる。
「あいつが隠していた奥の手の事か?」
皇を仕留めるために隠していた秘策があると俺達は踏んでいた。
その奥の寺敷何かを見ることは無かったが、それがもし本当にあるのなら俺達に
向けてくるはず。
『俺には見当が掴ん。あらかじめ対策を打つのは困難だ。』
「分かっている。もちろん警戒するが・・・目に見えている脅威への対策が先だ。」
目に見えない何かに対して怯えていては後手に回る。それは先ほどまで戦いで痛いほど
学んだ。それを抜きにしても、奴が持っている力は脅威。まずはそれへの対処が必要に
なってくる。
「・・千夏さん。」
兼兄が潜っていった影には一つの書物が置かれていた。それは俺達への置き土産。
奴への対応策の一つとしてあげられる賀茂家の家系図。それを兼兄は残してくれた。
「確認が取れました。ですが・・・まだ情報が欲しいですね。」
子孫達の力が発揮されたその時。特殊なインクで描かれた名が光出す。
俺のご先祖の誰が力を発揮したかを読み取る事で、奴の体の中にある脳を破壊できたかどうかが
確認が取れると踏み、千夏さんにその解読をお願いしていた。
「情報ですか・・・。では、奴の気を引き続けます。」
兼兄は戦えずとも、意識がある確認は取れた。後方で治療を受ける四人も同じような
状況なのだろう。俺達しかいない状況か後方に戦力を蓄えている余裕が出来たこの場で
全力で押し込むことも考えたが、そうできない理由がある。
「いえ、此方は大丈夫です。」
出来る限り気を引き、別行動を指示していた味方達が自由に動けるように立ち回ろうと
考えたが、千夏さんの言葉の後、すさまじい咆哮が辺りを包む。
「行くぞ!!!」
ちーさんの号令が飛んだ後、辺りを囲んでいた白達が一斉に飛び出すが
その姿は人ではなく、獣の姿を残した半人半獣達。自らの体に有している武器や近代的な
得物を手に持ちながら、統率の取れた動きを忠行に迫っていく。
「龍穂。とりあえずこっちは任せな。」
指揮を執っているちーさんから報告を受けるが、奴は全ての手札を晒していない。
もう一つの懸念を追うにはこの戦場を一度離れる必要があり、援護の出来ない状況を
奴が理解していない訳がない。時間稼ぎという理由で離れるにはあまりに悠長だが、
それ以外に離れる理由を見つけられないでいると、千夏さんから通信が入る。
「・・悪い癖ですよ?そんなに頼りないですか?」
・・そうだ。悩みすぎて立ち止まるのは俺の悪い癖。俺達が来るまで必死に耐えていた
白達が大丈夫と言っているんだ。
「すぐに戻ってきます。」
それに・・・純恋達もいる。力を取り戻した後、千夏さんからの回復を受けていたので
十分に体を動かせるだろう。
『・・青さん。』
俺が対処しても根本的な解決にはならないと、青さんを連れて空を飛び立つ。
「何か策でもあるのか?」
「・・ええ。」
奴が起こせる俺達への脅威と言えばあの大津波。奴が力を取り戻せば確実にまた
打ってくるだろう。あれが通ってしまえば東京は終わり。第一に警戒しなければならないが、
既に海面が干上がっていると思わせるほどに退いている光景が目に映った。
「奴め。東京どころか日ノ本全土を覆う津波でも起こすつもりか?」
もはや青さんの冗談も通用しない。怒りに満ちた奴の本気でこの日ノ本を沈める気だ。
「さて・・・・・。」
これだけ海面が退いていれば、今までの様に止められはしない。これを防ぐには
日ノ本全土を覆うほどの壁が必要だ。だが一つ、不思議に思うのは奴の身に降り注ぐ
皇の術式。俺の陣を上書きするほどの術式は強大な奴であってもそれなりの弱体化を
受けているはず。それなのにこれだけの力を見せているのは確実に訳がある。
「・・深海か。」
皇の術式の範囲がどの程度かを詳細に把握してはいない。それでも分かることは一つ。
あの人は太陽であり、その光が届く範囲に術式が展開されている。
陣の縛りから解放された奴が足元の海水を自身の力に変えているとすれば、
深海に繋がるパイプを再生させているのは容易に想像できる。
脳の一つを残した奴の体は皇の術式の影響を受けていないと考えれば、
深海を動かしこの状況を作り上げることはできるだろう。
「そうじゃろうな。深き海の底は奴の領域。今のお前であっても早急な対処は
難しいだろうな。」
急がなければならない。この退いた反動で押し寄せる津波は日ノ本を破壊する。
根元を抑えられている以上、津波を防ぐことはできない。だが、威力を抑えることはできる。
「・・イタカ。」
上っ面だけを抑えるだけでも、多少は波を抑えられる。広大なこの海でそれが出来るのは
イタカしかいない。イタカのみの神融和を解除し、出来る限りこの海を凍らせてくれと
指示を送るがその表情はあまりに渋い。
「この期に及んで俺を引き離すか。勝利の瞬間に主と隣に立てない事が従者にとって
どれだけの苦痛かお前は分かっているのか?」
イタカが指す主とは俺の事か、それともハスターか。どちらにせよ、今はその苦痛を
飲み込んでもらうしかない。
「そう言わないでくれ。お前がやってくれなきゃ、俺達は安心して奴と戦えない。」
イタカは返事を返さず、不貞腐れる様に引いた海を見つめて術式を唱え始める。
「・・大いなる白き沈黙。」
遠方に見える地平線。これから向かってくるであろう海水がイタカの術式によって
全て凍り付く。今まであればこれほどの力は使えなかった。だが俺とハスターとの神融和は
イタカとの繋がりをより強く固め、その力を十分に発揮させる要因となったらしい。
「これでいいんだな?」
満足かと嫌みをむけてくるが、文句のつけようのない仕事に静かにうなずく。
この状況でこれだけの態度が取れるのは幸いか、それとも愚行か。どちらにせよ、
第一段階はこれで十分。
「青さん。」
「分かっておる。出来る限り、津波を一点に固めろと言いたいのだろう?」
大津波の厄介な点はその範囲。威力も十分だが、少なくとも東京湾に面している陸地に
甚大な影響を与える。
「ええ。出来る限りで大丈夫です。」
イタカにも協力を仰ぐが、不貞腐れたこいつは聞く耳を持たない。だが、言えば
やってくれる奴だ。ここは信じるしかない。
「後は・・・あの二人次第。何とかやってくれると信じています。」
視線を下におろすと、そこには指示通り動いていた猛と真奈美の姿がある。
あの二人、そして二柱の力があればその全ては難しいが青さん達の力を借りれば
大津波から日ノ本を守ってくれるはずだ。
「任せますよ。お願いします。」
俺が風の壁を全域に作り上げれば被害は最低限に抑えられるだろう。だが、
奴を叩くことが出来なければ津波の影響は無くならず、先ほどまでの様に俺が
力を吐き続けることになってしまう。頼れる仲間達がいる今、任せる事で力の消費を
抑える事で正真正銘、忠行とぶつかれる。ここで対処されるにはもったいないほどの
四柱に声をかけ、戦場に戻ろうとするが進もうとした先からすさまじい突風が俺を襲う。
「・・・・・!!」
遅れてやってきた爆発的な衝撃音に耳を塞ぎながら戦場に戻る。
嫌な予感。いや、もはや予感では済まないだろう。ヘッドセットのマイクに安否の確認を
送りながら戦場に戻るために空を駆けるが、声が返ってくることは無かった。
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