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第五百七十八話 王の矜持

日、出づる国。古代中国の歴史書に刻まれる日ノ本を指す言葉であり、

太陽が昇る位置にある国だと言う意味の言葉だとばかり俺は思っていた。

それ以上でも以下でもない。皇を太陽と言っていたのも比喩であり、本気でそう思って

いたわけではない。


「さあ!!我が民よ!!!」


だが、目の前で起きている事実がこの国には本当の太陽があったのだと思い報せれる。

太陽とは恵。その恵みを司る王と共に歩んで来た我らはその恩恵を十分に得ることができる。


「これは・・・・・!」


絶望という心の中の闇に太陽の光が差し込まれ、希望の芽が出し始める。

これならまだ戦える。体は痛むが、失った力があれば奴に対抗できる。

集まった白や業の中には俺達の仲間達の姿があり、全員が無事であることを確認できる。


「どうするよ。深海の王。」


胸を貫かれた皇だが先ほどまでの血の引いた表情ではなく、生気を取り戻した

自信満々の顔つきに変わっている。見ると空いていた穴が完全に失われている。

もしかすると術式の条件の中に日ノ本の危機という項目があるのかもしれない。

術式の中には縛りが多ければ多いほど強力な効果を生む者が多い。

汎用性が高い現代の術式には見られない傾向だが、あまり研究が進んでおらず、

効率化された術式を生むことが出来なかった古い術式に多く見られる。

それが呪い。術式に関して資料が残されていない事が多く、そのため封印指定にされている。

術式の詳細が無ければ解呪が不可能であり、その場しのぎの楔を打つ事でしかその効果を

抑える事しか出来ない。だが楔は術式の核を捉えなければ完全な機能停止を行えず、

呪いほどの複雑な術式は下手に楔を打ってしまうと厄介な効果だけ残ってしまい

むしろ悪化を辿る可能性がある。


「・・・・・・・・。」


先ほどまでの余裕のある表情は一体どこに行ったのか。忠行は恨めしそうに皇を睨みつけるが

先程の様に触手を向けることはできない。

呪い全盛期に生まれ、神術の進化を見てきた忠行であっても皇が使う神代の術式の

解読はもちろん、楔を打つ事など出来やしない。

たった一手。本当にたった一手で忠行を追い込んでしまった。


「・・少し勘違いをしている様だな。」


圧倒的な状況。全てをひっくり返された忠行だが、静かに皇に言い返しにかかる。


「お前の様な愚かな王はこれまで初めてだ。民を助けると意気揚々と踏み込んだはいいが、

その民が大切にしていた陣を全て消し去った。自らの術式を展開するためにな。」


皇の術式は確かに俺を陣を塗り替えた。俺達の力を全快にした結果、奴への属性の縛りが

一切消えてしまった。これまで押さえつけていた奴の水と禁を全て解放してしまっている。

力は取り戻したが、手負いの状態で全力の奴相手に勝てるかどうかは分からない。

だが・・・・・それでも、この窮地を乗り越えられるなら仕方がない。

奴の煽りを返せるのは俺達の行動のみ。それを証明しなければならない。


「・・木星、聞いてくれ。」


まだ体は熱く、完全な制御下に置くことは敵わないが、舌は回るようになった。


「指示を出す。主軸は俺達だ。」


見るとひどく傷ついていた兼兄達の姿は見えない。力を取り戻したとはいえ、

あれほどの傷の治療にはまだ時間がかかる。俺たち以外に奴への突破口を持つ部隊はいない。

変わらず、俺達がこの戦場を支配する必要がある。


「神となった様だが・・・貴様は民の足を引っ張っている。王にふさわしくはない。」


あの傷の塞がりは確かに人間ではできない。だが、皇は王だ。奴みたいな化け物とは違う。


「お前らのような輩がこの日ノ本を収め続けてきたから、他国から遅れを取る。

過去の大戦で敗北し、この歴史ある国に泥を塗った。いずれ同じようなことが起こるだろう。

そのような事、民達は望んではいない。わしのような高貴で、強大で、圧倒的な存在が

この国を治めれば・・・・・世界を取れる。それだけの力を、この国・・・いや、

この場所は有している。」


世界・・・か。これは果たして忠行の野望か、それともクトゥルフの野望か。

いや、どちらも同じ野望を持っていたとしてもおかしくはない。


「・・・・・野蛮だな。」


かすれたような声と、鼻に入ってきた煙の匂い。近くで聞こえてきた声の主は決して

親父ではない。


「・・・・・・・・!!!」


そして・・・その中に隠しきれない深い血の匂い。その正体が俺の影から現れる。


「純潔な精神と美しさ。そんで・・・強かじゃねぇ。お前にゃ、この国に王は務まらねぇよ。」


体の半分以上を包帯で覆い、見える肌には多くの糸の跡を残す人物。

滲ませた大量の血が、傷の深さを物語っている。


「貴様・・・・・!!!」


「何故、あのお方がこの国を治めているのか。この国が長く続いているのか。

わが王が、他国で尊敬を集めているのか。お前には分らんだろう。

お前のような暴君、誰がその背中を追うのか。背中で後ろを振り返って護るのか。

王たるものに必要なのは圧倒的な力ではない事を知らんお前に、王座は似合わない。」


兼兄だ。竜次先生達は連れてきていない。当然だ。誰でも分かる。この人は善戦出て来れるほど

十分な治療を受けていない。それでも前に出てきたのは業の長としての使命か、

それとも失った仲間達への償いか。どちらにせよ、このまま戦えば命を落とす。


「その点、皇の御子息は民を照らす太陽としては十分。あれなら民達も王座に座る事を

望むだろうさ。」


皇は神となった。次元の違う俺達と共に歩むことは出来ない。


「這い寄る混沌・・・ニャルラトホテプ・・・!!貴様、この期に及んで下等生物に

何故手を貸す・・・!!主の命、忘れたとは言わせんぞ!!!」


雄たけびを上げる忠行。いや、これはクトゥルフだろう。

ハスターも同様だが、兼兄が従えるニャルラトホテプも宇宙の神だ。彼らは太陽系の

支配を目論んでおり、自身が窮地に陥るこの状況で敵対する姿勢を見せないニャルラトホテプを

許せなくなったのだろう。


「フフッ・・・。無様ですねぇ・・・・・。」


下を向きながら煙を吐く兼兄の影が立ち上がり、口を開く。


「あなたこそ、勘違いをしていませんか?私はあなた方とは違う。”外なる者”。

私にはあなた方とは違い、命が下っていない。ただあなた方を見守れと言われているのみ。」


クトゥルフの伸ばした手を、ニャルラトホテプは振り払う。

以前呼んだ資料の中にはクトゥルフの企みに手を貸した内容が書かれていた。

こいつの行動は読めない。だが、そんな奴を兼兄が従えている事実は俺達にとって大きい。

裏切らないと確信は出来ないが・・・・・それでも、兼兄には信頼を置ける。


「・・龍穂。」


親父の後ろに立っていた兼兄は、小さく俺に呟く。


「俺に出来る事はこれだけだ。まだ、体が上手く動かないんでな。」


兼兄の目的はクトゥルフ、そして忠行への精神的負担を増やす事。

ひっくり返った絶望を重さを奴に報せる事。


「・・ありがとう。」


そしてもう一つは時間稼ぎ。楓がくれた丸薬の火照りを抜くための時間を稼いでくれた。

僅かな時間だが・・・・・体は動くようになった。そして、仲間達への指示も終える事が

出来た。役目を終えた兼兄は影の中に沈み、この場を去っていく。

その姿を見たクトゥルフと忠行は、激しい怒りを見せた。


「あやつ・・・!!たったそれだけを伝えるためにここまでやってきたのか・・・!!!」


自分達はあくまで蚊帳の外。この戦いの結末を外で見届けさせてもらう。

ただ煽りに来ただけとなった兼兄達の訪問は、忠行達の感情を逆なでる。


「許さん・・・!!!このような事があってはならんのだ・・・!!!!」


王たるもの、舐められてはならない。虚勢を吐いてでも、下に見られてはならない。

そんな中、あのような煽りや侮辱は奴の王としての矜持を粉々に粉砕した。

激怒は道理。だが、それが俺達にとって優位となって動く。


「ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」


激怒の末、皇の術式によって抑え込まれていた曼荼羅が再び展開される。

そして起こる地ならし。恐らく、依然見せた大津波を起こしているのだろう。


「・・行くぞ。」


対処は難しい。だが、力を取り戻した俺達なら出来ない事じゃない。

マイクから指示を出し、日ノ本を守るために踏み出した。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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