第五百七十六話 王と化け物
とうとう、戦場に姿を現してしまった皇。もう・・・終わり、なのか。
着衣しているのは儀式の際に着衣する厚手の黄櫨染御袍。どう見ても戦闘には不向きであり、
このままでは俺が想像した結末がすぐに訪れてしまう。
「くっ・・・!!!」
すぐにでも駆け付けたいが、どうしても体が動かない。切れた力と傷つく体の
両方が俺の精神まで響き、限界だと必死に伝えてきている。
「・・初めてと、言っておこうか。」
対面した二人の内、先に口を開いたのは皇。どうやら、時間を稼ぐつもりだ。
「そうだな!追い求めていた者とすぐに別れを告げるのは辛いが、これもまた運命だ!!」
だが、忠行がそれを許そうとしていない。こうして言葉を交わしているのは
歓喜の瞬間を租借し何度も味わうためだろう。満足すれば、太陽が散る。
「運命か・・・。そうさな、いずれこの時が来るとは思っていた。
だが、話しに聞いていたほどの化け物ではないのだな。」
忠行を前にして、強気に出る所かなんと煽りにきている。強がりはもう効かない。
何故なら奴は少し手を伸ばせば太陽を海に沈めることができるからだ。
「期待には答えられなくて残念だが、私の名声が届いていて何よりだ!!
もう少し語っていたい所だが、そうは言っていられないのでな!!!」
幾年の末にたどり着いた相手だ。今度こそは仕留め損ねない。こいつが歴代の皇の
目の前に立ったことがあるかは分からないが、その執念深さを見るに首が手から零れ落ちた
回数は幾度となくある様だ。だが、もしそうであったとしたらこいつの存在が公に
なっていない事実が一つ浮かび上がる。これだけの化け物を歴代の皇が認識し上で
放置していたのだとすると・・・皇が前に出てきた理由も分かる。
単に放置していたのではないのは分かるが・・・・・。少なくとも、当時の徳川幕府に
その存在が伝わったのは江戸時代初期。もしかすると皇の座に座るときに
密かに伝えられた・・・いや、これ以上は考えても意味がない。
「・・・・・!!!」
得物すら持たない皇が触手を対処できるのはずがない。このままでは簡単に太陽が
落ちるが、近くにいた定兄と風太さんがすぐさま守りにかかる。
「また、そうして配下達を使い逃げるつもりか!?たった一人でやってきた勇ましさだけは
褒めてやりたかったが、結局はそれだ!!」
怒りを見せる忠行。に多様な光景の末、逃がした記憶が多くあるのだろう。
「・・定明。」
「何だよ・・・!!!」
「護り切れると思うか?」
苦い顔を浮かべる定兄とは対照的に涼しく忠秋を見つめる風太さん。
状況からすれば定兄の表情の方が正解であり、守り切るのは難しい。
「・・貴様は何時までも死者を頼りにしているのだな。」
これ以上は危ない。額に銃口を突きつけられていると同義の状況でこれ以上の煽りは
引き金を引かせてしまう。動かない体を何とか動かして少しでも気を引こうとするが、
俺の体を支えている楓に押さえられてしまい動く事さえ出来ない。
「ダメです!ここで出たら・・・!!」
「分かってる・・・!!でもな・・・!!!」
ここまで来てむざむざと負けるを突きつけられるのは御免だ。何と楓を振り切ろうと
力の入らない足を体勢を変えながら前に出そうとするが、その前に
親父の手が俺の肩を優しく押さえつける。
「動くな。」
「でも・・・!!」
「静かにしろ。”ここから始まる”。」
始まる・・・?一体何が始まると言うんだ。始まるとしたら日ノ本の終わり。
皇がいなくなればこの国は終わる。
「・・頭を冷やしてください。」
それを防ごうとして何が悪いと、親父の手を祓おうとしたその時。
千夏さんが俺を止めるため、後から頭に抱き着いてくる。
「思考を止めないのは良い。だが、回りすぎて熱くなるのはお前の悪い癖じゃ。」
「ですが・・・!!」
諦めきれない俺に対し、青さんは残された力で頭に水をかけてくる。
顔を上げ、言い返してたいた俺の口の名に水が入ってくると目の前に何かが現れ
俺の口を塞いでくる。
「・・!?」
何が起きたのか分からず、口に入った水を飲み込んでしまう。喉を通る異物感。
一体何が起きたのかと、すぐさま視界を防ぐ水を払うとそこには楓の姿があった。
「本当はここに来る前に使いたかったのですが・・・中途半端な力は
龍穂さんに余計な選択肢を与えると思い、控えていました。」
胃の中に入った何が突然熱を持ち出し、体全体に広がっていく。
これは・・・忍びが作る丸薬を飲み込んだ各核と似ているが、胃の炎を突っ込まれたような
感覚に自力で体を動かすことができない。
「始祖の力の練習で作った丸薬ですが、サキュバスの催淫の力があまりに強く
作った私がさえも催淫にかけられてしまう物です。」
楓の力が体全体に広がり、空になっていた力が補充されていく。
傷ついた体の傷も炎症を起こすが、徐々に塞がっていく感覚が体を襲う。
「龍穂さんであれば催淫に掛からないだろうと思っていましたが、
それでも今の様に回復の際の体の熱で動けない。
一番良い使い所を模索していましたが、何とか使う事が出来ました。」
意識が朦朧とするが、倒れれば陣と式盤を失ってしまう。服が濡れる事を
一切気にしない千夏さんは熱い俺の頭を冷やしてくれる。
「・・皇太子様がいらっしゃいます。だからこそ皇が出てくるとあなたであれば
分かっていたでしょう?」
冷める熱に心地よさを感じていると、千夏さんが耳元でささやいてくる。
確かに・・・まだ皇太子様がいる。だがそれでは・・・・・。
「そういう事じゃ。黙ってみていろ。」
本当に・・・命を賭すつもりだ。日ノ本の王として、あの人はその役目を果たそうとしている。
それだけの状況なのは確かだが、本当に前に立つとは思わなかった。
「・・・・・何?」
「王たるもの、後を振り返ってはならん。犠牲になった者達への敬意こそあれど、
共に歩む民たちは多くいる。彼らと共に歩んで来たからこそ日ノ本は国家として
歴史を紡いで来た。貴様が王に成れずにいた理由はそれだ。」
熱を持っているからなのか、離れているはずの皇の言葉が頭の中に鮮明に入ってくる。
今までの煽りとは違う、王としての矜持を忠行に教え込んでいる様に見える。
「たった一人で頂点に立ちたいのならなればいい。だがそれは王ではなく、ただの化け物だ。
屍の上に立つ化け物。王として、人間として認識される者すらいない。
今のお前がまさにそれではないか。」
・・何故、こうも頭の中に入ってくるのか。響くのではなく、無理やり入ってくるのではない。
心地よく、一つ一つの単語が体の染み渡っていく。
「・・それで頂点に立つことができるのなら、それでいい。」
「透けたな。それが貴様の限界だ。そもそも人の上に立つ資格がない上に、この国は
誰も頂点など立っていない。我らの先祖は神だ。そもそも人間とは次元の違う存在であり、
その存在さえも次元を隔たれている。だが、我らは民共にいる。
我らは共に歩むため、次元を超えたのだ。導き、そして共に未来を目指す。
だからこそ、民もこの背中を見てここまで歩んで来れたのだ。
この日ノ本の王に成るお前はどうだ?無理やり魂を縛り付け、配下の真似事をしているだけだ。」
忠行に従った子孫達が一体どんな結末を追ったのかは分からない。
だが、まともな最期を送れた者は果たしていたのだろうか?
皇の言う通り、奴は屍の上に立っている。そんな者が王に立っていいはずがない。
「貴様・・・・・!!!」
「図星だな。貴様は王にはなれない。我は日ノ本の王。日でづる国の太陽であり、
彼らを照らす者だ。お前のチンケな野望など、この手で断ち切って見せる。」
大胆な宣戦布告。王として、そして日ノ本を紡いで来た一人として。
俺達と同じく、あの人も戦うつもりだ。
それを聞いた忠行は怒りのまま、皇に触手を打ち放つ。死者を使うと言われた曼荼羅は
一切使わず、自らの体での攻撃にはわずかなプライドが込められていた。
「皇!!!」
向けられた触手を見た定兄と風太さんはすぐさま前に出ようとするが、
腕を伸ばした皇は二人を護るように体を押さえつける。あの細い体で二人を完璧に阻むと、
無防備な胸に触手が突き刺さった。
「・・これで終わりだ。呆気ない。」
肉を割いた感触は忠行に勝利を確信させる。だが、俺の体は動かない。
それは決して熱のせいではなく、この展開を望んでいたかのように心が焦りを生まなかった。
そして・・・”そうなる事こそが、最も最善”だと、心が安堵していたからだ。
「はは・・・。は、ははははははははははは!!!!」
これで日ノ本は終わり。勝利の笑いを忠行は上げる。
「やるべきことは果たした!!後は残り者を排除するのみ!!!」
ゆっくりと触手を引き抜き、忠行は俺の方を向く。このままではマズイと周りは警戒するが、
俺達の視線は忠行ではなく倒れることの無い皇の姿を捉えており、
浮かべるのは苦悶の表情ではなく、全て思い通りだと言った風に口角を上げている姿を
視界にとらえていた。
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