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第五百七十五話 死の意義

こういう時、走馬灯が流れるのだろうか?よく言う死ぬ間際に一瞬で人生を振り返るやつだ。

それが一向に来ない。だが、その代わりについ先ほどの純恋達とのやり取りが

頭の中に蘇ってくる。


(希望・・・か。)


俺が戦場にいるだけで後方にいる仲間達の希望になる。だから忠行の前に立たなければならない。

これは正直に言って・・・言いすぎた。こうなることは分かっていた。

何故なら俺に残された力はあとわずか。正確に言えばこの状況を維持しつつ、

戦えるに使える力は残りわずか。これを解けばまだ命は繋げる事は出来る。

だがそれも遅かれ早かれ同じ結末を追う事だろう。であればと、勝ち筋を追った。

決して躍起になったわけじゃない。俺なりに、俺の道理を進み続けた結果だ。

後悔など・・・・・。


『・・・・・本当か?』


無い訳がない。後悔ばかりだ、俺の人生は。いくつもの分かれ道の末にたどり着いたのが

今の自分。その分かれ道で選ばなかった一つ一つが俺の後悔。選ばなかった道が

もしかしたら今歩む道をより良いものへと変えてくれた可能性がある。


『母親似だな。気にしすぎだよ、お前は。』


自分でもそう思う。だが、これは性分だ。気にしすぎて病みそうになる事もあるが、

それでも出来る限り良い方向へ進みたいと思い続ける動力源はこの性分。

だからこそ、希望を追った。その選択だけは・・・後悔はない。

その間にも終わりを告げる風切り音は近づいてきている。このハスターとの会話、

俺自身を振り返る内容の何気ない会話が走馬灯というのかもしれないが・・・

もうどうだっていい。


「・・・・・・・・・・・・。」


目を閉じた。後は受け入れるだけ。無駄に足掻くことはしない。何故なら・・・

足掻いた末、体の一部が残れば奴の寿命を延ばしてしまうからだ。

死が怖くない訳ではない。だが、俺が足掻くことで起こる不利益が残される仲間達の

命を奪うのなら、俺は迷わず死を選ぶ。


『・・希望を追った者だけが、真に正しい道を歩むことができる。』


そう・・・なのかもしれない。俺が死ぬのが正しいのなら、俺が死ぬことが希望と

いうのなら・・・・これが正しい道・・・・・。


「この・・・・・!!!」


生を受けた者の結末が・・・そんな結末であっていいのだろうか・・・・・?

ふと、然も当たり前の疑問が頭の中で通り過ぎたその時。

受け入れるべきであろう風切り音の中に、たった一つの異物が混じる。

その異物は死を告げる音より身近で聞こえてきた。そんな事、あるはずがない。

兼兄達が戦場にいるはずがない。あれだけの傷を負っているんだ。全力で治療に

当たったとしても、そう簡単に出て来れるはずがない。

そして聞こえてきた声はここまで共に戦ってきた仲間達とは違い、かなり大人びた声。

威厳に包まれ、厳しく、そして優しい。体が固まると共に、安堵に包まれるその声は

俺のすぐ近くにまで迫り、落ちる俺の体を支えて移動を始める。


「えっ・・・・・?」


俺を狙う風切り音が通り過ぎる。これは・・・俺に当たるべきなはず。


「山祇様(やまつみさま)!!頼みます!!!」


だがその全てが遮られた訳ではなく、確実に止めを刺そうと向かう音の群れは

新たに出てきた声が響いた後、すぐに聞こえなくなる。


「・・・・・・・・・・・。」


聞いた事のある声。そのどちらも・・・・・安堵する声。

俺はなかなか目を開けられなかった。分かっていたからだ。怒られると。

十八になる歳であまりに子供じみた言い訳。だが、この人の前ではそんな言い訳も

通じてしまう。ゆっくりと目を開くと、そこにあったのは親父の顔。

視界の隅には黒い翼が見える。


「・・・・・親不孝もんが。」


俺の顔をじっと見つめ、小さく呟く。その瞬間、瞳に涙がにじみ出した。


「過去に息子に先立たれてんだ。もう一人持っていかれてたまるかってんだよ。」


親父だ・・・。俺を・・・・・助けに来てくれた。

このまま・・・死ぬと思っていた。死ぬことこそが、みんなのためだと思っていた。


「お・・やじ・・・・・?」


「ああ、そうだ。無事で何よりだよ。」


・・生きている。その事実を親父が伝えてくれる。溢れてくる涙。

冷たい覚悟に安堵という日差しが差し込んでくるが、未だ残っている冷えた心が

無事の歓喜を祝わせてくれない。


「こ、皇が・・・・・。」


この人は太陽を隠し、そして護る雲だ。そんな人が俺の傍にいると言う事は、

この場に出てきてはいけない人が近くにいるはず。


「どく・・だん・・・・・?」


親父はドがつくほどの真面目な人だ。息子である俺を助けるために独断で皇の傍を

離れるとは考えにくい。だが、皇が戦場に降りるという決断を下したとなれば話は別。


「・・・・・・・・・。」


何も言わず、親父はどこかへ顔を向ける。親父の傍には定兄がいる。

この人なら皇が無事に戦場に出て来れるぐらいの下準備はしているはずだ。

だからこそやってきた。だったら・・・・・かなりマズイ。


「親父・・・・・!!!」


腕の中でもがき、烏の背中に落ちる。いくら親父であろうと、定兄であろうと。

勝てる相手ではないのは戦って俺がよく分かっている。


「・・太陽が落ちるってか?」


「そう・・だよ・・・!!!」


護れる者はもうここにはいない。そんな状況で出てくれば、奴の望んだ通りの展開に

なってしまう。


「そんなことを、あの方が分かっていないはずがないだろう。

自ら望んで来たんだ。もう、止められない。」


貫かれた足で何とか立とうとする俺の肩を支え、立ち上がらせる。

烏は碌な移動をせず、ただその場に留まるために翼を振るっている。


(仕留めに・・・来ないか・・・・・。)


俺の命を奪える絶好の機会を逃すほど、忠行の意識は別の方向に向けられている。

ここで少しぐらい動けばその意識を割けるかもしれないが、そんな余裕は残されていない。


「・・龍穂!!!」


動きを止めた奴の視線の先を追おうとすると、後から声が聞こえると同時に

親父より小さな手がいくつも体を支えようといくつもの感触が増える。


「アンタ・・・!!!」


影渡りで純恋達が俺の元へやってきてくれた。怒りと心配、そして悲しみが短い言葉の中に

混ぜられているのがよく分かる。


「何をしているんですか!!!」


「・・ごめん。」


親父から肩を変わった楓も叱りつけてくるが、謝る事しか出来ない。

間違った選択ではなくとも、純恋達からすれば最悪の結末の一歩手前だっただろう。


「・・・・・助かった。」


残された力を使い、俺への回復を行う千夏さんに向けて親父は感謝を述べる。


「君の報告が無ければ、このバカ息子は命を落としていただろう。」


「ええ。ですが私からも感謝を。止めようにも、もう止められない状況でした。

あれを打開するには影定さん達の力を借りる他ない。」


回復の術式はすぐさま打ち止めになる。もう、力は残されていない。

打開は難しい。こんな状況で、俺はただこの景色を眺めているだけなのか・・・・・。


「フフッ・・・。ハハハハハハハハハ!!!」


奴は狂ったように笑い声をあげる。この時を待っていた。奴は勝利を確信している。


「ハハッ!!!ようやくだ!!!貴様ら一族を引き出すのに、千と幾年かだ!!!

もう覚えてすらない!!!だが・・・ようやく掴んだぞ!!!!」


脅威となる俺達を退かせ、後はどうにでもなると思っているのだろう。

そしてそれは、おおよそ間違ってはいない。皇がどれだけ強大な力を持っていたとしても、

奴を倒すほどとは思えない。一撃耐えて、嬲り殺されてしまうだろう。


「さあ、姿を見せよ!!隠す気の無い力の気配は俺との対峙を望んでいるのだろう!?」


高揚を隠さない叫び。皇が・・・姿を現す。傾き、赤く染まる太陽が一瞬光り輝いたと思うと、

その中に小さな影が生まれる。


「・・・・・・・・・・。」


そこには・・・皇の姿。儀式の際に着用する黄櫨染御袍(こうろぜんのぼう)を着用した

皇が太陽を背にして姿を現した。



ここまで読んでいただきありがとうございます!

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