第五百七十三話 崖っぷち
追い込まれた末に見出した蜘蛛の糸。多くの支援を受けて必死に登ったが、
目の前で断ち切られた。決して頂上付近ではない。まだまだ先が残されているにも関わらず
いとも簡単に、呆気なく切れてしまった。
「くっ・・・・・!!」
楓が出口として選択したのは千夏さんの影。俺達が戦っている間に岩の影に
姿を隠していた様であり、辺りには結界が張られている。
「・・まず、よくご無事で。」
俺達の帰りを待っていた千夏さんと陽菜、そして純恋。その頬や体には血が滲んでおり、
深く聞かずにただ無事を祝ってくれる。だが続く言葉は無く、流れるのは沈黙。
俺の残された力は式神契約によって分かっていた上で何も発さない。
これ以上、打つ手はない。二人が見つめる瞳や悲壮感溢れる表情がそう言っている。
体は動かない訳ではない。ここから行動を起こしたとして、その先は本当の絶望。
何もできずにただ殺されるのだと賢い四人はよく理解している。
「・・動きますよ。」
ただそれでも、動かない選択肢は無い。兼兄達がこちらにやってきているという
報告は無く、この危機的状況を察した皇が無理やりにでも戦場に姿を現すかもしれない。
「冷静に。現状を報告します。」
立ち上がろうとした俺の腕を楓が抑え、千夏さんがその肩を叩いて座るように促す。
長く話すつもりもなく、否定するつもりもないと前置きをし、口を開いた。
「桃子さんを避難させたちーからは連絡はありません。当然、白の現状を知る術は今の所無い。
そしてもう一つ。皇が姿を現すという報告もなく、退くなら今しかない。」
情報が無いと言う事は、彼らが姿を現さないと言う意味ではないことぐらい千夏さんは
分かっている。肝心なのはその不確定な情報を使ってでも俺を引き留めようとする意味。
「本当の地獄や。ここから先は。さっきまではまだわずかに戦う意味はあった。
それもこじつけに近かったけどな。」
「それでもだ。俺が前線にいれば後方のみんなは希望を与える。踏ん張り所だよ。」
一体どこまで耐えれば良いのか。そう言われてもおかしくはない。
これだけの長期戦は無く、その上こうも追い込まれ続けては精神が参ってしまうのは
当然の事だ。
「・・貴方の存在が希望と言うのであれば、それを失った時の事を考えてください。
前線を維持する必要性とあなたの存在を天秤にかけた時、私は後者を取る。
一個人的な感情もありますが、それを抜きにしても天秤は傾く。
それだけの価値があると言う意見を持っていただきたいです。」
・・ずるい人だ。戦況に合わせて俺への思いを乗せて選択肢を与えてきた。
「・・・・・それでも、俺は前者を選びますよ。ここで大人しく退くのは負けに等しい
愚行です。ここまで戦ってきた仲間達の汗や血、その末に倒れた彼らの魂が残る戦場から
離れれば奴は勢いを増す。そしてこのまま奴を放っておけばさらなる策を敷いてくるに違いない。それを証拠に奴は単に実力だけではなく、言葉を使って俺を退かせようと仕組んで来た。
マズい状況だと思わせたかったんです。」
「その決断を龍穂さんから引き出したかったと考えれる事は出来ませんか?」
飛び出してくるのは否定的な言葉。これほどまでの劣勢であれば必然だ。
だが、ここから一歩踏み出せばそんな弱音を吐いている暇はない。
ここで全て吐き出せるだけ吐きだしてしまった方がいい。
「そうかもな。だが、ここまでの戦いで俺は一つ確信している。あいつは何か隠している。
ここまで来て、奴は全力を出していない。そう感じるんだ。
単に退かせたいのなら、もっと早く純恋達を狙ったはず。俺を殺したいのなら、
隠している何かで俺を仕留めればいい。その二つが出来る状況でなお、奴は状況を
整えようとしている。それを崩し続けるのが俺の役目だ。」
ここまで来ると確信できる。奴は考えうる俺達の劣勢を作り上げたいらしい。
絶望を演出し、希望を引き出す。
「耐えるのが俺の役目。そんで、兼兄達が来るのを待つ。」
引き下がる訳にはいかない。この国の希望が姿を現さないのなら、俺がその代わりになる。
得物を腰に差し、立ち上がって足を踏み出す。みんなの視線は俺を追うが引き留める様子はない。
「・・・まあ、ええんちゃう?」
その姿を見た純恋はため息をつきながら立ち上がる。。
「アンタがそう思うんならやればええ。むしろそうやって前を歩いてくれるだけで
何も考えずに済むから楽でええわ。」
文句や悪態一つ付いてくると思ったが、どうやら腹を括ったようで
歩き出す俺の背中を追うために足を踏み出す。
「・・行けば最期ですよ。」
「ええやん。どうせ退いた所でええことないやろ。これだけぐちゃぐちゃにかき乱されたんや。
これからの展開は誰にも読めん。それに私達がどれだけ考えても、直にあのバケモンと戦った
龍穂が言った言葉の方が信憑性がある。口車に乗せられたのはイラつくけどな。」
足を緩めた俺の頭に固い何かがぶつかる。何回もきた所を察するに、純恋が杖で叩いているのだろう。
「それに・・・もし龍穂の言う通りになれば、文字通りこの国の希望になるやろ。
これだけの騒ぎや。公になった日ノ本の根を張った悪党を倒した英雄。
ぐしゃぐしゃになった神道省の立て直しにばっちりやんか。」
まあ・・・これ以上の適任はいないだろう。陰陽師の中でも若手であり、家柄もある程度ある。
悪党の血を引いているのが難点であるが、ぐらつく神道省に立てる大黒柱は
長く持てば持つほど立て直しは安定する。
「・・・・・そうですね。」
純恋の言葉に同意した楓も立ち上がり、俺の隣に立って体を寄せてくる。
「私は龍穂さんの従者ですから地位なんてものには興味はありません。
ただ傍に仕える。主が死にゆくと言うのなら、従うほかない。」
死にゆく・・・か。こうして絶望が漂う中、改めて言われるとその重みを感じる。
この状況になったその時、死ぬと決めて戦ってきた。そう、思ってきた。
だが振り返ってみると、本能が死を避けていた。情けないとも思わないが、ここまでくれば
本能でさえも落ち着いてくる。
「・・どうしますか?」
背中から聞こえきたのは楓の問い。ここまで口を開かない陽菜と千夏さんへ投げかけられた。
「・・・・・幾度となく、賽は投げられていた。いや、そう思わされていたという事か。」
先に口を開いたの陽菜。巡りに廻った状況の中、ここが終着点だと言いたいのだろう。
「押し、そして退いた。幾度となくだ。だがそれも最後だな。
龍穂の言う通り、退けば敗北するだろう。であるのなら押すしかない。」
立ち上がり、俺達の元へやってくる。後ろは崖、もう退くことはできない。
「優勢でも、劣勢でもやることは変わらん。勝利を手繰り寄せる。なあに、しくじれば
死ぬだけだ。なら・・・前のめりで死んでやるのが残した配下達への示しになる。」
陽菜は配下達を残してきた。慣れない地で戦うのはひどく心細かっただろう。
それでも俺達に付いてきた意味を与えてやれるのは俺だけ。なら、陽菜の言う通り
前のめりで戦い、死ぬときも前のめりで死ぬだけ。
「・・・・・・そうですね。」
陽菜の様子を最後まで見た千夏さんも、俺達に同意しながら立ち上がる。
「私には徳川の血を残す使命がありますが、忠行が治めた国で長らえるのは御免被ります。
貴方たちがいて、皇が治める地でこそ徳川の名声は価値がある。
それに・・・・・私自身、あなた達と未来を歩みたいですからね。」
そういうと、千夏さんは杖の柄を地面に叩きつけてゆっくりと立ち上がる。
残された未来への道はあまりに細い。だが、それでも進む価値のある輝く道だ。
「・・行きましょう。」
何度こうしてみんなに声をかけた事か。それだけ重要な所を乗り越えてきた証だろう。
「・・・・・時が来てしまいました。」
再び戦場に繰り出す。確かな足取りで進む途中、誰かが呟いた気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも興味を持っていただけたのなら評価やブックマーク等を付けていただけると
励みになりますのでよろしくお願いします!




