第五百七十二話 足掻いた先の蜘蛛の糸
足掻き。未来の見えない戦いの末の結末。待っているのは一体何か。
これ以上、光の見えない戦いはあっただろうか?
「詰めだ。諦めろ。」
だが、それは俺一個人の視点でしかない。出来るだけ時間を稼ぐことでみんなの合流時間を
稼ぐ。兼兄達にもこの状況が伝わっているはずだ。
「そんなの・・・分かんねぇだろ!!!」
奴は俺がそう思いながら立ち回ると確信している事だろう。だが負の感情は不要。
確かにこれからの戦いは足掻き以外の何物でもない。それでも勝機を追う。
絶望に蓋をされた中、漏れ出した絹糸よりも細い光の筋を手繰ればまだ可能性はある。
俺が粘り、兼兄達が到着すればまだ・・・。最低でもそこまで粘らないといけない。
奴の攻撃を一身に受けながら、立ち回る。
『打つ手なしか?』
そんなことは無い。やろうと思えばいくつかやることはできる。
だが、半端な攻撃は圧倒的な物量を前に意味を成さない。だからこそ今はこうして立ち回る。
そして・・・火嶽達を生かし、そして奴へ一撃を与えるのが一番だろう。
「羽虫が。早く潰れろ。」
これだけ頃津に時間を稼ごうとしても、奴は動く気配を見せない。
これは好機だ。出来る限り時間を稼ぐ。
奴の背後にいる火嶽達もじりじりと距離を詰めていく。触手や意識は完全に俺に向いている。
これであればあの二人の攻撃も奴に届く。肝心なのは・・・無事に帰れるか。
白に職属する火嶽の事だ。影渡りは使えるだろう。ちーさんは戦場にいるが、
他の白の部隊は未だ後方。であれば影に入ることが出来れば退くことはできる。
だが忠行が二人が影に入る一瞬の隙を逃すわけがない。そこに残された一筆を使ってやりたい。
『・・諦めが悪く、そして仲間思い。まったく、血というのはどこからどこまでも
付いて回るものなのだな。』
ハスターは見捨てて逃げれば良いと言うが、事態はそんな簡単じゃない。
『ここまで積み上げてきたからな。短く、あっという間だったけど簡単に投げ捨てられない
ぐらいには大切だ。』
対等な間柄である者達が少ないハスターはそう思うのも仕方がない。
感情とは、時に理性や道理よりも前に出てくる。どれだけ冷静であってもどうしても出てきて
しまう。
『まあ、これも二度目だ。慣れてはいる。だが逃げ道だけは確保しておけよ?』
逃げ道・・・か。退路が作れない訳ではない。千夏さんや純恋、楓を後方に待機させて
置けば影渡りで逃げる事は出来る。だが・・・・・楓達が大人しく引いてくれるとは
思えない。俺が戦場に立てばついてくる。
「・・・・・・・・・・。」
俺が一言いえば千夏さんぐらいは大人しく引いてくれるかもしれない。だが、楓と純恋は無理。
あの二人は意地でも俺に付いてくるだろう。だがそれも忠行は分かっている。
わざとらしく、俺に退けと言っているんだ。それを大人しく飲む気はない。
「・・あいつは焦っているのかもしれない。俺やお前が思っている以上にな。」
奴は俺に認識阻害をかけていると言ってきた。その真偽は分からないが、あれは勝利宣言に
近しい発言なのは俺でも分かる。あの発言は俺に深く考えさせるための一手。
それは・・・奴が俺にかけたかった呪いだったのかもしれない。
「これ以上、俺は深く考えない。俺がやるべきことをやる。それには残っている
純恋達の力が必要だ。」
『重々承知している上で言わせてもらう。負け筋を残すのは得策じゃない。』
「かもな。だがそれじゃあ勝ち筋を失う。ここまで来てリスクを取らないなんてことは
出来ないよ。」
体は傷ついている。圧倒的窮地。だが、だからこそ頭がさえたのかもしれない。
自分の感を信じて突き進む。これしか道はない。
「・・・拓郎。」
「分かってる・・・・・!!」
俺を逃がさまいと奴は俺に威力を上げていくが、その隙を見て火嶽達が仕掛けに行く。
「大蛇の薫蓋樟!!!」
奴の足元に飛び込んだ木下は式神の悟空と共に神術を唱える。
近づいた事にも気が付かなかった忠行は、無抵抗のまま二人が呼び出した大樹に体を
縛り付けられる。
「・・・・・!!!」
薫蓋樟という言葉に聞き覚えは無い。神術であることを考えると関東近辺ではない地方での
伝承を神術として使ったようだが、確か木下の出身は関西の方だと聞いたことがある。
不意を突いたとはいえ、忠行の対応が遅れるほどの速度で展開された術式は
相当な練度を誇る。あいつの才能があってこそだがかなり鍛錬を積んだのだろう。
「悪魔の戦慄!!!」」
足元にいる木下の存在に気が付き俺に向けていた触手を向け振り払おうとしたその時。
傾き始めている太陽に一つの影が現れる。木下に気を取られた奴の隙を突き
炎の羽を羽ばたかせた火嶽が大きく口を開き、人間の喉では考えれられないほどの
大声で辺りの空気を震えさせた。
「ッチ・・・・・!!!」
後手に回った忠行は木下の束縛が囮だと理解すると、触手で払うのをやめ
火嶽に子孫達の術式を浴びせにかかる。
「龍穂さん!!!」
もう姿を隠す必要はないと木下は大声で俺の名を呼ぶ。火嶽の声はその姿から考えられない程に
美しい旋律を奏でているが、どうやらその声自体に術式が込められており
その声が忠行の体に触れた瞬間、醜い皮膚に青い炎が燃え上がる。
「・・分かった。」
火嶽の青い炎の体は大半の攻撃を無効化する。未だ水の力を封じられてる奴には
安易な打開策が無く、距離を取っている火嶽なら多少の攻撃なら避けることができる。
墨を打つための神力は残しておかなければならないが、使ってこなかった魔力は
まだ少し残っている。火嶽の声が振るわせる空気を魔力操作を使い、より広く、そして強く
振るわせてその効果を高めていく。
「悪あがきを・・・!!!」
青い炎は奴の体を燃やしていく。どうやら俺達を誘い込んだ不意打ちで体の中にある
水分をかなり消費してしまったらしい。このまま火嶽を放っておいても体を燃やし尽くされる。
俺に向けていた触手の標的を火嶽に変え退かせようと試みるが、この瞬間こそが
待っていた好機。
「太極!!!」
この瞬間こそ、二人を生かしつつ奴への一撃を加える絶好の好機。
魔力操作で木下の体を浮かせ安全な位置へと飛ばし、式盤の中央に今出せる墨を打つ。
その瞬間、奴を中心に破壊の竜巻が巻き起こり伸ばされた触手に切れ目を入れていく。
「くっ・・・!!!」
二人が意識を向けてくれなければ式盤に墨を打っても意味がなかった。
もし無理やり打ったとしても、風の起こりをあの物量で抑え込まれてしまっただろう。
忠行は触手を動かし何とか対応しようとするが、既に巻き起こった風の勢いを止めるのは
難しく、幾度となく入った切れ目は子孫達のいる触手を次々と断ち切っていく。
「退け!!!」
さらなる追撃を浴びせようと火嶽は声を震わせ続けるが、この先はあいつらを護れる
保証はない。火嶽のみなら声を上げなかったかもしれないが、俺の風によって無防備に
吹き飛ばされた木下が狙われれば命を落としてしまう。
「・・行きましょう。」
火嶽が安全に木下の元へたどり着くため、再び踏み込もうとしたその時。
後ろから楓の声が聞こえてくる。どうやら俺の様子をずっと伺ってくれていた様であり、
傷ついた体でともに踏み込もうと影渡りでこちらに来てくれた。
「・・・・・ああ。」
共に駆けだした楓。甘い匂いの中に濃い地の匂いが混ざってる。俺の体から出た
血の匂いかもしれないが・・・・・これ以上考えるのは野暮だ。
踏み込んだ俺の意図を汲んだ火嶽は触手達の攻撃を避けながら声を上げ続ける。
倒れている木下の元へ移動を続けており、このままいけば二人で影に入ることができる。
だがあからさまな行動は命取り。そしてそれは再び隙となる。
「・・・・・・・・そこか。」
奴も木下の存在に気が付いた。向けられている触手の一つを動かし、
近くにいる悟空もろとも殺そうとしている。俺達の存在に気が突かれないよう、
音を立てずに兎歩で跳ねていく。共に駆けていた楓は邪魔にならないように影に飛び込み
その時を待った。
再度体液で反撃を喰らうかもしれないが、火嶽が残した火傷の跡に断ち切ることで
その可能性を限りなく減らす。
「・・上弦の月。」
一兎流の中でも数少ない対化け物用の型。陰陽師など、人間以外の従者を連れている者への
対象を行うための大振りを一太刀。
新月から満月に移り変わる途中の半月を模した型であり、低い体勢から打ち上げる様に
振り上げた人達は例え巨体であっても一太刀でその体を真っ二つに分けてしまう。
「なっ・・・・・!!!」
両親の魂が入っているが、幾度振るおうとも飛ぶことの無かった斬撃がここに来て
打ち放たれる。中に入っている二人が勝負所だと判断したのかもしれない。
幾度となく撃ち込まれる不意打ち。その隙を突き、火嶽は自らの影に木下を連れ込み
戦場を離脱する。反撃の水も飛んでこず、まともなダメージを与えられたと確信した所で
楓が俺を影に引き込む。これ以上ない一撃だと緩んだ俺の心。だが、影に沈む中で見たのは
断ち切った傷跡が塞がっていく姿だった。
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