第五百七十一話 見えない活路
奴にとってしてみれば簡単だったのかもしれない。少しずつ、確実に追い込まれていた。
(クソッ・・・・・!!)
奴は初めから国取りを狙っていたのだとここで理解する。
国を取るとは、決してただ勝利を収めるだけでは成し得ない。
「ぐっ・・・!!!」
奴の全てを受け止めている鎧はもう限界が近い。鎧にめり込む術式の痛みに耐えながら
六壬式盤に墨をつけ、奴の目の前に壁を作り上げるが大量の術式の前に時間稼ぎにさえならない。
残るは後衛。純恋達は・・・ほぼ無理だ。ミネルウァ達を近くに添えているため
死にはしないだろうが援護などもらえる可能性は無い。
「ちー・・・さん・・・・・!!!」
後は火嶽達だが、あいつらに託せるほどの盤面を残せなかった。
強いて良いと言えるのは俺が作り出した風で奴を元の位置まで押し込めたという所だけだろう。
「火嶽・・・達を・・・・・!!!」
俺は・・・ここで死ぬかもしれない。だが、俺がたとえ食われたとしても
奴の寿命が延びるだけ。決して国を治めたことにはならない。
だが、ここで俺を失えば奴を縛っている陣と式盤が消えてしまう。
そうなれば奴は水と禁の力を完全に取り戻し、流れは向こう側だ。
「分かってる。あそこまで押し込んだんだ。何とか助け出すよ。」
押し込まれた奴は俺への集中砲火のみに留まっている。再び攻め込むにしても
奴の巨体ではどうしても時間がかかってしまう。
「後・・・一筆なら風の壁を敷けます・・・・・。それ以上は維持が難しくなる・・・・・。」
「それが鍵だな。千夏達は放っておくよ。今はお前が大事だ。」
利点は二つ。一つは距離が取れた事。皇の出現を抑えるため、一度押し返すことに
成功した事が功を奏した。奴の脅威である水の力を抑えている今、着弾には
どうしてもわずかな時間が生まれる。これならある程度対応が可能。
そして二つ目。これは奴への一つの対抗策。一つ目の距離を奴は物量で埋めようとして来る
だろう。だがそれをすれば俺を開放する事になる。俺を抑える事で優位に立っている現状を
手放せば再び俺が動き出す。ここにいるだけ奴は俺に攻撃を向けなければならない。
『だがそれはお前の陣と式盤がそれだけ厄介な事を証明している。
俺が奴ならお前を確実に仕留めてから周りを片づけるだろうな。』
結局は・・・俺次第。体への痛みは徐々に増している。致命傷は避けているが、
奴の一撃は皮膚を貫き肉まで到達している。
『・・みんな。』
奴に察しられてもいい覚悟で千夏さんに念話を送る。この連絡だけは通さなければならない。
『用件だけ伝える。梟をこちらに向かわせるぞ。』
・・契約は断ち切られていないが、一人受け取っていない。
探るとどうやら桃子は意識を失っている。恐らくみんなを護るために体を張ってくれたのだろう。
『こちらは大丈夫。桃子さんはちーに回収してもらいます。ご武運を。』
桃子を失ったとなると前衛が足りないが、ミネルウァが残っているとなるとまだ大丈夫だ。
『知恵の梟か・・・。贅沢は言えないが、心もとないな。』
痛む体を動かし、耐えに徹するために梟の風を鎧に加える。まだ・・・絶望するには早い。
俺がまだ生きている。奴にとってどれだけ厄介な存在なのか、ここまで来てようやく理解する。
「・・やるぞ。」
風に紛れたとしてもこの物量であればいずれ捕らえられる。なら堂々と前に出た方がいい。
強化した鎧によってこれ以上の痛みが体に襲わない事を確認し、動き始める。
「まだ動くか・・・。このまま命運に体を託したほうが楽に死ねると言うのにな。」
距離を取った奴は予想通り物量で俺を仕留めにやってくる。
強化した風は子孫達の術式を阻んでくれるが、これもいずれは削り切られてしまう。
あの触手達を何とかしたい所だが、それをまとめて出来るほどの力は残されていない。
何とか立ち回り、少しずつ触手を削り取れればいいが奴の脳の位置は俺には分からない。
「楽に死ぬなんて・・・ごめんだ。」
全てを投げ捨てることが楽なんて事は無い。その上死を選ぶなど、無責任にもほどがある。
俺の命がある限り勝負が分からない事を理解した今、何とかして先を見るために
足掻かなければならない。
「そうか。なら、死ね。」
忠行は触手の術式を一点に集め、俺に打ち放とうと準備を行う。
ここで・・・兼兄の言葉が頭の中に引っかかった。あの人はいっていた。全てを引き出す必要はない。好機をものにしろと。恐らく・・・奴は未だに全力を出していない。
俺を仕留められる絶好の機会であるにもかかわらず、まだ手札を隠し今あるもので戦っている。
そここそが好機。まだ付け入るスキはある。
空を駆けながら奴の術式を翻弄する。体すれすれで避け、鎧の消費を抑えつつ奴の様子を伺う。
やはり距離を置けば攻撃は避けれる。打ち放つ速度は確かに早いが、避けられない程ではない。
そして操作も最低限。動く俺を最後まで追尾できない所を見ると、
やはり一つの脳に結ばれた魂達の全てを引き出すことはできない様だ。
「・・なんだ。死ぬのは御免だと言ったのはいいが、結局は近づく事さえ出来んのか。」
煽ってくるが、もうその手には食わない。俺がユピテルを使い、奴へ一撃加える前の事だ。
奴は俺に陣と式盤を解く様に煽ってきていた。恐らく、あれは奴の本音なのだろう。
やはりあれが厄介。見るに陣と式盤を破壊する手は無いのか、それとも出したくないのか。
自ら手を下さず、俺を操作し向けようとしたが・・・俺はそうしなかった。
そして今、奴は再び煽ってきている。近づけ、再び勝負を決めに来いと言ってきている。
だが、こうして奴との距離を取り、未だ倒れていない。皇や親父が姿を見せない所を見ると、
俺のあがきは功を奏したという事なのだろう。
これ以上踏み込む理由はなく、押し返す必要もない。後は時間を稼ぐだけ。
「・・・・・・・・・・・。」
それは分かっている。だが、時間を稼ぐしかできないのは俺達に打開できる策は無いと同義。
残された力は残り少ない。それでも、何かを見出す必要がある。
「・・・・・・!!!」
奴の術式を躱していると、ヘッドセットから何かを突くような音が聞こえてくる。
千夏さんやちーさんであれば俺への指示や方向をするはず。
(どこだ・・・・・?)
奴にばれない様に辺りを見渡す。突くと言う事は声すら出せない状況と言う事だ。
俺の予想が正しければ、忠行の近くにあの二人がいるはず。
『・・岩の影だ。』
ハスターの声が指す方を目だけで確認すると、岩の木陰に火嶽達が身を潜めている。
俺からの指示が出なかった二人は単独で動いたのだろう。
だが、それ以上に俺が二人の存在に気が付いていなかった事実は
空気の操作がおろそかになっていた事を知らせてくれる。
『この期に及んでそのような事を考えるな。一つの体でそれだけの術式を
同時に発動させれば綻びが出るのは当然だ。』
・・確かに、今は振り返る場面ではない。あの二人のいる位置は奴にかなり近い。
あそこでなら不意打ちを打てるかもしれないが・・・・・あえて気づいた素振りを見せて
いないのかもしれない。
「・・・・・・・・。」
それでも、ギリギリの距離まで詰めたあの二人の努力を無駄にするわけにはいかない。
気付かれているのだとしたら、あの距離で飛び込んでも対応できない程に
奴の意識をこちらに向けるだけ。
「足掻け。蟲よ。」
体を動かし、見えない未来を掴むために奴の回りを飛び回る。
まだ・・・詰みじゃない。活路を開くため、決死のあがきが始まった。
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